あやめと妙



髪の毛は銀色で天然パーマ。背は標準より少し高めで、木刀をぶら下げながら眠たそうな顔をしてる男がいるとする。

それはきっと、ワタシの愛する人だ。








「ねえ猿飛さん、一体こんなところで何をしてるの」

頭上から聞き覚えのある声がした。どうやらわたしに話しかけてるみたいだ。声を聞いた私は散漫していた意識をかき集めて、ただちにすまし顔をつくる。どうしたって彼女には弱みをみせたくないんだもの。

「あらお妙さん。貴女こそスイカなんか持ってどこにいくのかしら」
「…そんな体制でよく何事もなかったかのように喋れるわね」
「ああコレ?もしかして貴女わたしが何かヘマしてこんな事になったと思ってるの?」

偉そうにも私を見下ろす志村妙の顔が上下反対になっている。場所はどうやら河原で、私は斜面に寝っ転がるような体制になっていた。そうだ、思い出した。いつものように銀さんを見つけて抱きついて何だかんだしていたら投げ飛ばされて、今にいたる。あつい。そこらじゅうの木々でセミが鳴いている。けたたましく、休むことなく、狂ったみたいに。

「これはね、愛情表現なのよ」
「愛…ああ、銀さんね」

馴れ馴れしく呼ばないでよ。私は彼女をニラんだ。その視線を無視して涼しげな顔をする。まったくイケ好かない。

「どうせ投げ飛ばされて気絶でもしてたんでしょ」
「ちょっとそんなわけないでしょう。私、忍者よ?着地もロクに出来ないなんて死活問題じゃないの。あえてのこの体制よ」
「まあどっちでもいいけれど、いつまでそうしてるつもりですか」
「…ウルサイわね」

よっ、と上半身を起こすと一瞬めまいがした。太陽のつよい光が私を照らしてる。あつい。くらくらする。セミ、うるさい。あの声は悲しんでるのかしら。それとも喜んでるのかしら。私は彼女のぶら下げてる果物の、緑と黒の毒みたいな模様を見た。

「そのスイカ、なあに?」
「ああ、これ?ご近所さんがくれたんです。うちじゃ食べ切れないから万事屋にあげようと思って。よかったら食べますか?」

ああ、ちがった。

「…いらない。スイカってべたべたするから嫌いなの。種もあるし」
「あらそう」
「ねえ」

あの声は悲しいわけでも、嬉しいわけでもない。

「銀さんが好きなの?」


恋焦がれてる声だ。


「…スイカ、のことですか?」
「…ええ。そう、スイカよ」
「さあ。甘いなら何でも好きなんじゃないですか?銀さんが食べなくても神楽ちゃんが食べるだろうし。っていうか、あの人のことならあなたのほうがよくわかってるでしょう」
「そうね。まったくその通り」
「じゃあどうして聞いたの」
「さあ、どうしてかしら」
「猿飛さん、何だか今日は変ね。調子が狂うわ」

お妙さんは苦笑した。まるで年上の女性に慰められてるみたいだと思った。彼女は確か、私より年下だったはず。じわり、頭皮で汗がにじんだ。だめだ、やっぱりぼうっとする。彼女には隙をみせたくないのに。
頭がくらくらする。どんな恋をすれば、あんな発狂したような鳴き声が出るだろう。

「…せみが」
「蝉?」
「うるさいわ」
「ええ、夏だもの」
「ねえ、こんな詩を知ってる?」
「は?」

お妙さんはまた困ったみたいな顔をした。今日の私は変だろうか。声がする。まるで地響きでも起こすように鳴きつづけてる酷い声。脳みそまで犯されてく気になる。だけど、あれは愛情表現。うるさくたって恋煩い。

「鳴かぬ蛍が身を焦がす」
「ああ…そんなのありましたね」
「でもその前に文があるのよ」
「あら、どんな?」
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも」
「せみ」
「そう。恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」
「…ふうん」

彼女は興味なさげにうなずいた。空は相変わらず雲ひとつなく、太陽光から何も私を守ってくれない。私はうつむいた。まぶしくて暑くて私はうつむいた。

「だけど、卑怯なのよ。蛍なんて。何も言わずに気づいてもらおうとするの。ねえずるいって思わない?」
「…猿飛さん」
「だってそうでしょう?まるで健気に想いを秘めてるようにうたわれてるけれど、ただの臆病者なのよ」
「ねえ、あなた」
「そんなの蝉のほうがマシ。だってきちんと好きだって言うのよ?叫ぶの、何度も。正々堂々としてるじゃない。」
「泣いてるの?」

彼女がわたしの顔を覗き込む。何を見当違いなことを言ってるのだろう。私は悲しいんじゃない。嬉しいんじゃない。恋をしているだけ。うつむいた頬に髪の毛がくっつく。鬱陶しい。泣いてなんか、ないわ。

「よかった。情緒不安定なのかと思った」
「失礼ね」

これからずっと、蝉の身体のどこも光らない。力を入れても、耳障りな声が続くだけ。どうやったって蛍にはなれない。

「光れるなら光ってるわよ。蝉だって」

目をつむったって耳を塞いだって世界がさかさまになったって、私は彼女にはなれない。ならない。なりたくもない。大嫌い。

「そうね。蛍もきっとそうでしょうね」
「…は?なにが、」
「鳴けるなら鳴いてるんじゃないかしら」

志村妙の高く結んだ髪がゆれる。白い日傘の下で、彼女はちゃんと陰を確保していた。

「ないものねだり」

彼女の薄いくちびるがその言葉を紡ぐ。

(でも、だけど、)

(だって、わたしは)

(ただの、ないものねだりなの?)

「それに、もしかすると気づいてないだけかも知れないわ」
「…」
「ほんとうは蝉だって光ってるかもしれない」
「なん、…」
「私たちにはそうは見えないけれど、でもわからないでしょう?だって生きてるのは私たちだけじゃない」
「そんなの」
「蝉の愛を知ってる誰かには、ちゃんと光って見えるかも知れないし、蛍の声だって聞こえるかもしれない」

いつの間にか、わたしもその白い傘の下にいた。彼女がちかい。お妙さん、わたし、貴女をみてると苛々するの。どうしてかしらね。
想いが、せり上がってくる。七日間ずっと、きっと私は鳴きつづける。

「わたし」
「なに?」
「わたし銀さんが好き」
「ええ、知ってる」
「好きよ。愛してる。誰よりも好き」
「ええ」
「ねえ、お妙さん」
「なあに?」

「銀さんが好き?」

白い日傘と涼しげな青の着物。濃い緑色の葉っぱの奥で鳴く蝉と川の近くで焦がれる蛍。ゆるく笑った彼女の瞳が、一度歪んで泣きそうな表情になった、のは、見間違いかもしれない。いいえ、きっとそう。だって彼女が泣いたりするわけない。彼女は泣かないし、鳴けない。だけど、ええそうよ。そのかわり。

「これ、貴女にあげる」

お妙さんは、大きなスイカをまるごとわたしの腕にのせた。
スイカは嫌いだと言ったじゃない。後味が甘ったるいし、べたべたするし、種だってあるし、なんだかカブトムシになった気分なんだもの。
(それに緑と黒のへんてこな模様も、それを割ると出てくる鮮やかすぎる赤も、なんだか全部ウソみたいで怪しい)
だけど、どうしてかしら。彼女が目の前からいなくなる前に、いらないって返事をし損なねた。
脳みそがまるでアイスクリームみたいに溶けるんじゃないかと危惧した、あついあつい午後のこと。わたしと彼女はおんなじ人をあいしてる。


あのこの愛のうたいかた

ニーナ(2014/6/22)



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