銀時と妙


彼は時折おどろくほど優しく髪をなでる。その次に閉じ込めるみたいに力強く抱きよせる。いつものあの生気のない目は熱を持ち、わたしを捕らえて離さない。何が彼をそうさせるのかわからないが、私はそれを拒否することが出来ない。

「なあ、頼むよ」

からだが熱い。

「どこにも行くな」

あたまが回る。

「好きだ。あいしてる」

どこかが痛い。だけどそれが何処だかわからない。痛い。

「お妙」

こんなふうに彼がわたしに語りかけるとき、そこに温度はない。色も、立体感も、感情も、なにもない。無色透明の言葉を吐き出しては不気味に微笑みかけるだけだ。ちらと部屋の片隅にある木刀を見た。銀時の持っている武器はあれだけじゃない。きっと体のどこかにナイフを隠し持っている。それはとても鋭利で、少し触れただけで傷がつく。そのくせ柔らかいので刺すことは出来ない。どんなに傷つけても致命傷は与えない。与えてくれない。それが彼の持ってるナイフだ。

「お妙」
「…なんですか」
「頼むよ、離れていくな」
「わたしはここにいるじゃない」
「お前も嫌になるよ。ずっと一緒にいると、絶対うんざりする」

言って目を伏せる。まるで何かに怯える子供みたいだ。目に見えない何かが自分は怖いのに、なんでわかってくれないのかと拗ねる子供。私は溜息を飲み込んだ。
新八や神楽はもうあの頃のように側にはいない。時は過ぎ、二人は大人になった。もちろんたまには会って食事したりするが、いつも一緒だったあの頃とは違う。帰る場所も進む未来も、全部ちがう。そうなると自然と寄り添うようになったのは自分たちだ。さみしさを埋めるように、むなしさを回避するように、二人は一緒に過ごした。周りからすれば私たちは恋人同士のように見えるだろう。実際、弟ですらいい加減結婚はしないのかと言い出すほどだ。わたしは彼が好きだ。ずっと前から好きだった。だけど彼に同じ感情を求めるのは酷に思う。お門違いで、おこがましい。だから私はただ側にいるだけにとどまっている。それだけで十分だ。なにも要らない。事実なんて必要ない。
抱きしめられたまま、私は彼に話しかける。まるで人形のように何の感動もない彼の瞳を、出来るだけ見たくなかった。その瞳に自分が写っていないことを確かめるのはおよそ勇気のいることだった。

「銀さん」
「うん」
「大丈夫よ」
「ああ」
「大丈夫。…大丈夫だから」

今日の空は、月が煌々と輝いて街を照らしている。そのどこかに私たちもいるはずなのに、視界は暗いままで不安はじわじわと体中に広がっていく。何が大丈夫なのかなんて知らない。わからない。全然大丈夫だなんて思わない。だから気休めに口にした。彼は、彼が彼であるために必要な何かを私で補っているのだ。若しくは彼が彼でなくなってしまう邪魔な何かを私で削ぎ落としている。ただそれだけ。ああ、いたい。あつい。さむい。色も温度もない愛の言葉なんてただの凶器だ。わたしはいつもみたいに軽口を叩き合っていたいのに。そのほうがずっと安心するのに。
ぎゅう、と抱きしめては唸るようにつぶやく。あいしてる。助けを求めるように囁く。すきだ。彼のその柔和な暴言は、わたしにいくつも切り傷をのこす。何度も何度も重ねて、殺してはくれない。痛いのに苦しいのに辛いのに悲しいのに、殺してはくれない。

「ねえ…今日の夕飯は何にしましょうか。寒いからお鍋でもいいですね。あ、久しぶりにおでん屋さんでも行く?」
「うん」
「ねえ、たまには銭湯なんかに行くのもいいですね。きっとあったまりますよ」
「うん」
「ねえ、」
「うん」

「ぎんさん」

きっと明日になればいつもの彼に戻る。あのだらしない笑い方で、だけど温かさのある瞳で、きっと話しかけてくれる。どうでもいい下らないことをからかい合える。やわらかい刃物は鞘に納まり、わたしを傷つけたりしない。

「わたしの声がきこえる?」

とっくに感覚なんてないであろう彼の背骨をさすった。母が子に安堵を与えるように。弱者が強者に助けを乞うように。そうやって私は坂田銀時を守りつづける。

「うん、好きだよ。お妙」

ああ痛い。痛い、痛い、痛い、いたいいたいいたい。ねえぎんさんいたいよ。

だけどね、それより愛してる。


ニーナ(2013/3/27)



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