銀時と妙


「銀ちゃん、あっちにヨッちゃんたちいたから遊んでくるヨ!」

そう言って駆けて行く神楽の足音を聞きながら銀時は大きく欠伸をした。寝転がった彼の上にまたひとつ桜の花びらが落ちる。桜の香りも、ほどよい風も、周りの花見客の声すらも今はもう眠気を誘う要因でしかない。ついに読みかけの愛読書を顔の上に置いて現実との遮断を試みる。昼寝への本格始動だ。花見っつっても家にいる時と変わらねえんだよな。子ども相手だと酒も進まねえし。うつらうつらとする意識の端で思った。

「あら銀さん、神楽ちゃんは?」

そのとき、鈴の音のような声が降ってきた。銀時のよく知ったものだ。なんだ、今さら来たのかよ。タイミングわりーなァ。用事があるので後から合流すると言っていたが、あまりに遅いのでもう来ないものだと思っていた。心中で小さく舌打ちをし、眠気を含んだ声で答える。(こいつを無視すると怖い。いろいろと。)

「んー。なんか、アレ。たっちゃんだかかっちゃんだかと遊びに行った」
「あら、そうなの」
「うん、そうなの」
「定春くんも一緒に?」
「そこらへんいない?いないんならそうなんじゃね?」
「まったくいい加減ですね。どこかで迷子になってたらどうするんです」
「お前あのデカイ犬がどうやって迷子になるんだよ。街のどこにいてもわかるっつの」
「まあ、それもそうかしら」
「そーそー」
「で、銀さんは寝ちゃうんですか?」
「ちげーよ、横になってるだけ」
「フーン」
「あれ?」
「なんですか?」
「新八は?いる?」
「新ちゃんならさっき帰りましたよ。これから親衛隊の会合なんですって。」
「え、帰ったの?」
「ええ。銀さんに声かけたんで後はよろしくお願いしますって言ってましたけど」
「…そうだっけ」
「どうせちゃんと聞きもせずに漫画でも読みながら返事したんでしょ。ほんといい加減ね。きっと準備は新ちゃんが頑張ったんでしょうから片づけは銀さんしっかりお願いしますよ」
「あーもうはいはいはい」

フン、これだからブラコンは。口をへの字にして小さな抵抗を図ったが、自分の顔には分厚い愛読書が乗っている。彼女からは見えない。無駄なことだった。

「悪いけど俺ちょっと寝るから。静かにしといて」
「さっき横になるだけって言ったじゃない」
「いま寝るって決めたんです〜」
「はいはい。じゃ、おやすみなさい。」
「ん。」
「あーあ、残念ね。みんなどこかへ行っちゃったし銀さんは寝ちゃうし、お団子はひとりで食べようっと」

ぴくり。わざとらしく大きな声に肩がうごく。

「…え?」
「え?」
「…なに」
「何が」
「今なんて言った」
「さあ。何て言いましたっけ、私」

ち、と今度はほんとうに舌打ちをする。意地の悪い女だ。おれの嫌いなタイプ。しかし甘党として今の言葉は聞き逃す訳にいかない。精一杯、出来る限りの不機嫌な表情をして、そろりと顔に乗っている本を降ろした。背を向けていた女がそれを横目で見る。ドクン。心臓の、音がした。

「あら寝るんじゃないんですか」
「…寝る、けど」
「それともなあに?お団子が欲しくなったんですか?」

身体をこちらに向けた彼女の手には何ともつやつやしたみたらし団子。黒い髪には木漏れ日が降り注いでキラキラと輝いている。まぶしい、と瞳を細めた。案の定、女は意地悪い笑みを浮かべている。
いじわるく、とても楽しそうに。あーこいつマジで性格悪いわ。一生嫁にいけねーよ。男を操縦しようとするヤツはダメなわけ。知らねーの?やっぱり女は三歩下がって男を立てなきゃ。ほうら、今もまた無駄にきれいな悪魔が俺に微笑みかける。俺の一番きらいなタイプ。そう思うのに。なのに、俺は。(ねえ、どうしたの?ぎんさんったらマヌケなかおしてる。)なのに、不覚にもその笑顔に見惚れてしまった。ほんとうに、不覚にも。

「欲しい」

あっ、と気づいた時にはすでに発していた。欲しい。女があら、と少しだけ目を瞠った。ああ、いや、でも、いまのは。

「今日はやけに素直なんですね」
「…べつに。いつも素直ですけど」
「ふふ、はいはい」

笑った女が持っていた細い串を男の顔の前に差し出した。のどに詰まらせちゃだめよ、と一言添えて。みたらし団子のあまからい匂いが漂う。銀時が団子を受け取ると妙はくるりと背を向けて座りなおした。そんな遠くの桜見なくたって、真上にあるじゃねえか。おかしな方向に進もうとする思考を遮るために銀時は視線を上げた。風に吹かれると容易く舞い散る桜。やがて流れてきたでたらめな鼻歌。

「なんか機嫌よさそうだな」
「そうですか?」
「うん」

何がそんなに楽しいのかね。おっさんにはわかんねーや。寝ころんだまま団子をひとつ口に入れる。ああ、うまいなオイ。花より団子ってやつか。

「ちょっといいことがあったものですから」
「ふーん…」

妙がクスクスと笑う。ふとその後頭部を見やった。重力に忠実なさらさらの髪が妬ましい。そして見惚れてしまう自分が悔しい。むず痒い感覚が胸で広がっていった。ああダメだ、この感じは。
たぶん、消えない。

「なあ、」
「なんですか?」

最後の団子を食べながら聞いてみる。声、髪、匂い、広がるやさしい空気。なあ満開の桜は綺麗だけど、このみたらしは上手いけど。だけど、それよりも気になるのは。

「…いいことって、なに?」

妙が半身をひねってこちらを窺う。目が細まる。ゆるく口角を上げてみせた。ああ、その顔。悪戯っぽい目。観念する。綺麗だ。黒い瞳の中では間抜けな顔をした男が寝そべっている。そいつが言っているようだった。なあ、花より、団子より、おれは。


ほそい人差し指を自分のくちびるに当てて、女は言ってみせる。


教えてあげない
(あなたとふたりになれたこと、なんて)



ニーナ(2013/3/11)



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