銀時と妙


「新ちゃん、そんなとこで寝たら風邪引くわ」

やさしい声で目が覚めた。銀時は何度かまばたきをする。ぼんやりとした意識がクリアなっていった。耳にのこるは女の声。起こす気のない、愛しさの溢れた声だ。

「ほら、神楽ちゃんも。もうこんな時間よ」

子守唄みたいだと、ぼんやり思った。守ってあげるからゆっくりおやすみ、と彼女はきっとそう言ってる。
だから呼びかけられた彼らでなく、起きてしまったのは自分なのだろう。このまま眠り続ければ、彼女は自分にもあの声を降らせただろうか。こたつで横になっていた体を起こしたあとで思った。

「あら、起きたんですか」
「…いま何時」
「2時前です。ねえ、あした初詣行くでしょう?」
「えーめんどくさい」
「行きますよね」
「…ハイ」

強制するなら始めから聞くなよ、と思うが痛い目を見るので言わない。新年早々殴られるのはいやだ。
かちこちと針を進める時計を見る。つい二時間ほど前、一年が終わり、始まった。

「早いですね。一年が過ぎるのは」
「ババアかよ」
「だってやっと夏が終わったと思ってたのに」
「…そーだな」
「あなた来年は海外で年越しだとか適当なこと言うから神楽ちゃん本気で楽しみにしてましたよ」
「大丈夫、だいじょーぶ。どーせ一年たったら忘れるよこいつは」

おれの左側で眠る赤髪を見やった。こんなふうに大人しく寝ていれば可愛くなくもない。彼女の世界は時間が流れるのが早いように思える。自分なんかはすぐに置いていかれるような気になる。その感覚に、おれは時々酷く焦る。右側で眠る少年に視線を移した。もう少年ではないだろうか。近ごろ急に背が伸びてきた。意見も考え方もしっかりしてきたように思う。彼らは知らぬ間に、だけどきちんと成長をしている。おれに背を向けて。

「来年はどうしてるでしょうね」

声をかけられて、今度は新八から正面に座る妙へと視線を移した。彼女はおれと同様に二人を見ていた。

「どうって…今年と一緒じゃねーの」
「そうですね」

白い手がこたつの真ん中にあるみかんをひとつ取った。鮮やかな橙が大人しくその手におさまっている。

「じゃあ三年後は?」
「あ?」
「五年後、十年後は?」

言葉の呼吸に合わせてみかんの皮がむかれていった。きれいな抜け殻だと思った。

「十年後、どうなってると思います?」
「そりゃあ…色々変わってんじゃねーの?」

自分も彼女に倣ってみかんを取る。親指をさくりと差し込んで、皮ごと二つに割った。

「ババアは死んでるな」
「あら、それはどうかしら」
「すまいるは潰れてんじゃねえの」
「万事屋だってわからないですよ」
「ヅラはあのラーメン屋の女と結婚してたりして」
「えっ、二人ってそうなんですか?」
「よくわかんね。長谷川さんはさすがにヨリ戻してっかな」
「もしかすると、おりょうも坂本さんと一緒になってるかもしれませんね」
「まじかよ、おい。あのもじゃもじゃが?」
「あなたももじゃもじゃですよ。あ、幕府はどうでしょうね。倒幕されてたりして」
「じゃあ真選組もいないな。目障りなマヨがいなくていいわ」
「そんな事よりゴリラは消えて」
「諦め悪いしストーカー続けてんじゃないの」
「じゃ、猿飛さんもそうね」
「新八がコンタクトになってたら衝撃だな」
「神楽ちゃんはすっかり大人の女ね。酢昆布なんか食べなかったりして」
「とりあえず景気よくなってりゃいーなァ」
「景気がよくても真面目に働かなきゃお金は入ってきませんよ」
「うっせーな。わかってるっつーの」
「みんなこの街にいるかしら」
「みんなはいねえだろ」
「そうですね」

十年後なんて遠すぎて想像もつかないくせに無責任に他人の未来を予想する。同じ顔ぶれはいないだろうと言った自分の言葉に、身勝手に寂しさを感じる。ふと思った。目の前にいるこの女はどうだろう。十年後、妙は。
こっそりと彼女を見る。伏せたまつげが白い肌に影を落としていた。

「わたしたちは」

悔しいくらいの真っ直ぐな髪の毛がゆれる。

「どうしてるかしら」

まつげがゆっくり上がった。相変わらず大きな瞳が自分を見ている。

「ねえ、賭けをしません?」
「は?賭け?」
「銀さんは十年後、まだこの街にいる」

妙は得意気に笑って言ってみせた。

「なにそれ、予言?」
「十年たってもまだ甘いものが好きで、ジャンプ買って、いい加減なことばかり言って」
「全然かわってねーじゃんよ」
「当たり前です。おっさんからすごくおっさんになるだけですから」
「おい!すごくおっさんとか言うなよ!」
「まあさすがにちょっとは丸くなってるでしょ。変な事件に首突っ込むのとかは減ってるんじゃないですか」
「そりゃあすごくおっさんなっても厄介事に巻き込まれたくねえよ」
「あ、そういえば銀さんって白髪出てもわかりにくいからいいですね」
「なに、馬鹿にしてんの」
「でも肌には年齢出るわね。あなた全然スキンケアしてないでしょ」
「え、しなきゃなんないの」
「それでね、相変わらず何かとこの家に来るの」
「…お前もこの街にいんのかよ」
「当たり前でしょう。夏は暑いから、冬は寒いからって言ってうちに入り浸るの」
「まだアイスで機嫌とってんすかね」
「もっと高級なものになってるかも知れませんね」
「勘弁しろよ」
「しょうがないじゃない。十年もたったんだから」

おかしそうに笑って、まるで本当に十年たった世界を見てきたような話し方をする。だけどそんな妙の話を、おれは安易に想像出来た。十年たってもたぶんおれは彼女に小言を言われて、それに適当な相槌をうってるだろう。

「ん、で?賭けってなに」
「ええ。いまの私の予想が当たったらね」
「うん」
「十年後も一緒に年を越していたら」
「うん」
「相変わらず私のそばにあなたがいたら」
「うん」

頬杖を付いて、妙を見る。彼女の声を聞いているとまた眠気がおそってきた。窓が白く曇っている。神楽の寝返りで空いたこたつの隙間がさむい。正面でやさしく笑うその姿を見逃すのは惜しいので、飛びそうになる意識を必死に保った。
たぶん、おれがこの賭けに勝つことはない。

「いい加減、わたしとずっと一緒にいる覚悟をしてください」


賭けをしましょう


ニーナ(2013/1/4)



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