全蔵とあやめ(3Z/銀妙要素あり)
藤色の長くまっすぐな髪の先で、少女の手のひらが震えていた。それが怒りからくるものなのか、悲しみなのか、はたまた愛しさなのか、全蔵には見当もつかなかい。彼女の悲痛な声が鼓膜に突き刺さるだけだ。
「なんで!?どうして私じゃダメなの!?」
溢れ続ける涙を拭おうともせず、彼女はふるえる。男を想って、想いすぎて。
「どうして…どうしてあの子なの!わたしとどう違うの?同じ生徒なのに!」
何があったわけではない。ハッキリそれを告げられたわけでも、二人の逢引を目撃したわけでもない。ただ、あやめは気づいてしまった。
彼の彼女を見る目は特別だ。いや、とうに気づいていたが、いままでは何とか脳内回避していたのだろう。メーターが振り切ってしまっただけだ。気づいたというより、耐えきれなくなったと言ったほうが正しい。
「わたしは、先生じゃなきゃ、ダメなのに…!」
何気ない彼と彼女をみたあの後、あやめは何も言わずに踵を返した。おかしな言いがかりをつけることも、無理やり二人の間に入ることもなく、ただ黙って廊下を歩いた。そしてその姿に気づいていたのは全蔵だけだ。
「ねえ、どうしてだめなの?…なんで、こんなに、すき、なのに…!」
嗚咽まじりに吐き出す声は、壊れた機械のようだった。ただひたすらにその事しか考えられない。ネジの外れた哀れなロボット。
「どうして!?ねえ、わたしが一番好きなのよ?愛してるの。誰よりも、ぜったい、あたし、が…っ」
涙でぐちゃぐちゃになった顔面が紅潮して、その頬を無機質な白いライトが照らす。
もじゃもじゃ頭の同僚の、一人の女生徒に対する感情はとてもわかりづらい。喧嘩するほどの気のおけない中であるようだが、それ以上のものはないようにも思える。しかし誰よりもあの男を見ている彼女が言うなら、きっとそうなのだろう。ふたりの間でそれを言葉にしているかどうかはわからないが。
(アイツの何がそんなに良いのかねえ。コイツも、あの子も)
力の限り泣いたあやめを、全蔵はただ見下ろす。ひとしきり想いをぶちまけた少女は肩で大きく息をしていた。痛々しい。ただ純粋にそう思った。あやめはとても痛々しく、馬鹿だ。
最後、静かに左の瞳から涙がおちた。かすれた声でつぶやく。
「ダメなの…。私は、先生じゃないと。こんなに愛してるのよ。何で届かないの?」
「…せんせい、ねえ。」
(どうして)
「ねえ、あんたにはそんな人いない?そう思うことない?」
(こいつはこんなにも)
「この人じゃなきゃって、そういう人。わたしが、おかしいの?こんなに執着する私がおかしいの?」
(全力で恋をするのだろうか)
すがるように見つめたその瞳。自分の中で何かが震える気がした。ギリッと歯を軋ませる。おれはその瞳に昔から弱い。ひとつ息を吐いてそっと口を開いた。
「…ああ、」
「お前がおかしいんだよ。きっと、狂ってる」
彼女の腕をとる。引き寄せる。うざったいほど長い髪が大きくゆれた。
なあ、壊してほしい?直してほしい?それとも――、
バグ
(ふたりで一緒にイカれちまおうか)
ニーナ(2012/9/9)
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