新八と神楽(3Z)


グラウンドに校舎の影が大きく斜めに伸びていた。野球部かサッカー部かのホイッスルが響き、どこかの教室から笑い声が聞こえた。
擦り切れた皮膚を消毒して大きな絆創膏をそっと貼る。むう、と不満そうに息をついた。丁寧に貼ったはずの絆創膏は、よてれシワになってとても不細工だ。自分の傷ならこんな手当てしなくたってすぐに治るのに。神楽はしかめっ面のまま慣れない治療を続ける。どうしてこんな時に限って保健室の先生はいないのだろう。

「ごめんね、神楽ちゃん」

うかがうように、なだめるように、遠慮がちな声が降りてきた。

「…何が」
「えっと、何か、怒ってるみたいだから」
「そんな適当な理由で謝るなヨ」
「…ごめん」
「だからァ、」
「あ、ごめんごめん」

神楽は眉間に皺を寄せて顔をさらにしかめる。何故謝るのだ。何で新八は、いつも。思うとふつふつと怒りが湧き上がってくる。

「何であんなことしたアルか」
「何でって…」
「…お前なんかに庇われなくたって別に余裕だったアル」

放課後、神楽は廊下でガタイだけの良い上級生絡まれた。とは言っても自分の不注意で相手の顔に手が当たったのが悪かったのだが。もちろん謝った(というか、新八に謝らされた)が、それでも気が済まなかったのか、男は一発殴らせろとふざけた事をぬかした。周りで男の連れが不愉快にニヤニヤと笑っていた。ああいう人間は、きっとどこにでもいるのだろう。苛立ちと不快感だけが胸に広がった。

「だって神楽ちゃん、足ケガしてるじゃん。昨日の体育で調子のってバク宙やりまくって跳び箱あるの気づかないで思いっきりぶつけて」

ほら、と新八が指さした先には包帯の巻かれた神楽の足首。ケガしてるのに喧嘩なんてさせられないよ。彼はごく当たり前のように言った。足のケガは歩けないほどのものではないが、昨日の今日ではやはり痛みは消えない。だけど、と神楽は顔を上げる。

「…万全の新八よりハンデある私のほうが強いヨ」
「はは、それもそうか」
「かっこつけて庇ってもボコボコにされてちゃかっこつかないアル」
「うん、だよね。ごめん」

新八はわらう。なにも悪くないのに何度も謝る。どんなに詰っても、理不尽に貶しても。わたしはそれが気に食わなくてまた顔をしかめる。
こんな手当ても、きっと彼が自身でやるほうが綺麗に出来るだろう。不器用な自分は絆創膏も上手く貼れない。頬には痛々しい内出血があった。口の端には血が滲んで、おそらく口内も切れている。それでも彼は笑う。ごめんと謝りながら、へらへらと。

「私は…こんな足のケガなんが、どうってことないネ。お前が邪魔しなきゃ一発で片づけてたし、こんな面倒なことしなくて良かったアル」

ちがう――。
くちびるをきつく噛んだ。こんなことを言いたいんじゃない。そうじゃないのに。こうして私は、また自分が嫌いになる。
ふと新八を見やると、視線を遠くに飛ばしていた。うーん、と少し困ったように笑いながら。

「そうだなあ…そうだね、だけど」

ゆっくりと言葉を選んで話しているようだった。柔らかい声が、だけどしっかりと耳にひびく。

「神楽ちゃんは強いけど…すごく強いけど、女の子だから」
「…」
「僕は、神楽ちゃんよりずっと弱いけどさ、だけど男だから」
「…」
「だから、守りたかったんだよ。きみを」
「…っ」

そうして新八はまたへらりと笑った。その顔が、わたしは嫌いだ。優しい声も、すぐ謝るところも、弱いくせに逃げないところも、全部、わたしを狂わせるから嫌いだ。

「そんなの馬鹿アル。意味わかんないヨ」
「うん、ごめん」
「謝んなアホ。ダメガネ。タコ。バカ弱虫かっこつけダメガネ」
「ちょ、ダメガネが多いよ」
「新八」
「うん?」
「…新八」
「なあに、神楽ちゃん」

新八は俯いた神楽の顔を覗き込む。視界に不細工な絆創膏を貼った腕が映り込んだ。家に帰ったらアネゴに貼りなおしてもらえと言っても、きっと彼はそれを拒むだろう。それがわかるから、その優しさを知っているから、わたしはまた不機嫌なふりをする。

(そういう、死ぬほど恥ずかしいことを、どうしてクソ真面目に言えるんだろう)

「だいっきらい」

彼のことを何故だかとても抱きしめたくなったけれど、わたしは新八の無傷のほっぺたをつねって舌を出してやった。そうするにはきっと私たちはまだ幼すぎるから。


ニーナ(2012/6/11)



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