銀時と妙


口を衝いて出た言葉はあまりに自然で、声になったかどうか不安になるほどだった。果たして自分の言葉はちゃんと届いたのだろうか。妙は真っ直ぐに男の後頭部を見つめていた。それはおそらく僅かな時間のことなのだろうが果てしなく長く感じた。

(かみのけに、桜がついている)

ふたりは桜並木の真ん中に立っていた。散った桜がたまたま彼の頭に落ちたのだが、まるで引き寄せられるように花びらがそこに寄り添ったみたいだと思った。陽のひかりが彼のしろい頭を照らす。まぶしいその色に桜がひかれた。ああ、あれは私だ。まったく関係のないことを考えていると銀時がゆっくり振り返った。表情はない。なにを言おうか考えている顔だ。それくらいは解るほど一緒にいた。そして彼のその反応は想定していたものだった。

(予想どおりすぎて笑ってしまいそうだわ)

じっと見つめた目が一度ふせる。ひと呼吸おいて彼は口を開いた。

「は、お前。急に何言ってんの」
「銀さん」
「おら。さっさと帰るぞ」
「わたし、」
「しゃーねえな。その荷物も持ってやっから」
「私あなたが」
「…やめろ。お妙」

「すきです」

一瞬眉をひくつかせた。面倒だと思ってるだろうか。勘弁してくれ、と。どうはぐらかそうか模索しているかもしれない。だけどそんなの許さない。こたえを私は乞う。

「いいんですよ銀さん。振ったって」
「何言って…」
「ただはっきり言ってください。逃げたり、しないで」

言うとまた顔を歪めさせた。もう胸中を隠そうとはしないようだ。らしくないと自分でも思う。今まで自らの気持ちさえ有耶無耶にしようとしてきた。見ないふりをして、気付かないふりをしてきた。

「こわいの?」

かつて自分自身に問うた言葉を投げかける。こわい、怖い。だけどもう隠せない。話しかけるとき、笑いかけるとき、すべてに愛しさが溢れて隠しきれない。きっと勘のいい彼はとっくに知っているはずだ。下手な駆け引きはもうじゅうぶん。

「関係が壊れるのがこわいの?ぎこちなくなってしまうのが嫌?」

銀時が妙を大切に思っていることは知っていた。それは仲間として、時に家族として。そんな関係性や今までを含めてきっと妙を断ち切ることを恐れる。

「大丈夫です。あなたが私を振っても何も変わらない。同じですよ」
「…そんなんじゃねえ」
「じゃあ答えてください」
「馬鹿、やめとけ。おれなんか」
「私は答えてくださいって言ったんです。誰も説教しろなんて」
「おかしいだろ、何でおれなんだよ」

なんで、と顔を背けた頭からひらり桜の花びらが落ちた。ふわふわの髪で顔が翳る。何でなんて、ねえ、そんなこと。

「…わかりません」
「…」
「理由が必要ですか」
「…」
「ひとを好きになるのに、理由が要りますか」

らしくないと思った。こんな自分は。風は凪いで、やわらかな陽のひかりだけが降り注いでいる。

「振ったっていいんです。好きになれなくたっていい。女として見れないならそう言ってください。ただ、自分じゃ幸せにできないとか私にはもっといい人がいるからとか、そんな理由は許しませんよ。そんなの、ずるいもの」
「…」
「ねえ銀さん。私があなたを好きになった理由なんてないの。だけど私があなたを好きにならない理由だってないのよ。」

あえて言うならば、決まっていたことだ。春は桜を見たいし夏はスイカが食べたい。秋には読書をしたくなって冬は炬燵でむだな時間を過ごしたい。そしてそんな四季の折々を、流れる時を、いつも彼と感じたい。そう思うのに何か根拠がいるだろうか。だってそうでしょう。理屈をつけられる気持ちなんて本物じゃないじゃない。

「太陽は朝に昇って夜に沈むでしょ。りんごは上から下に落ちるでしょ。花は咲いて散るでしょ。それと同じですよ。私は銀さんを好きになる。それではいけないの?」

前に進みたかった。彼が私の気持ちを受け入れようが拒否しようが、どちらにせよ前に進みたかった。それはこのことを通過しなければ不可能だった。

「わたし、銀さんがすきですよ」
「…っ」
「寂しいときも嬉しいときも楽しいときも辛いときも、側にいたい。私が、」

妙は一度も目を逸らさずに言う。彼の背景には青い空があった。白い雲があった。陽は降り注ぎ、遠くで誰かが笑ってる。桜は咲いて、そして散っていった。なにも変わらない。それはいつもの昼下がり。だけどもう二度と戻らない瞬間でもあった。

「わたしがあなたを幸せにするわ」

きれい。心底思った。目に映るすべてが綺麗だ。耳にする音すべてが美しい。目の前の彼が脱力したようにため息をついた。うめきながら花びらの絨毯にしゃがみ込む。おまえって、とまるで白旗を上げたような顔で言った。

「お前って…ほんと、すげえわ」

彼が破顔して、それをたまらなく愛しく感じた。こらえきれずに笑みがこぼれる。ああ、本当に、わたし。

「すきよ、銀さん」

もう何度目の告白だろう。妙の頬をなでた春の風が、今まさに銀時の側を通り過ぎようとしている。


ニーナ(2012/3/26)



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