銀時と妙


「お前さ、本当に玉の輿のる気あんの?」
「まあ何ですか銀さん、藪からスティックに」
「え、何で今さらルー語?マイブームなの?」
「いいからさっさと食えやコルァ」

銀時は目の前に置かれた黒い物体を眺めてため息をついた。この卵焼きと同じ空間にいるだけで身体に何らかの悪影響を及ぼす気がする。逃げたい。自分の本能が全力で叫んでいる。しかしにっこりと悪魔の笑みを浮かべた強敵が立ちふさがっていた。無理だ、諦めろ。こいつに立ち向かうなんて愚行してはいけない。意を決して箸を入れる。ガサガサと食べ物とは思えない音がした。あ、やっぱ無理。

「…だってお前これ、毎日出されてみろよ。家に足向かなくなるだろ」
「どうしてですか?美味しい料理が待ってると思えば早く帰りたくなるでしょ?男は胃袋を掴めばいいのよ」
「そこまでわかってるくせに何でこれが不味いってわかんねーんだよ」
「まあ、そこの天パさん、何かふざけた事おっしゃいました?」

妙のこめかみで血管が浮いた。笑いながら怒るなんて器用なことをする。
その迫力に気圧され、慌てて口に入れた。寿命が縮まるか今殺されるかの違いだ。ものすごい衝撃のあと、気絶しそうなところを何とか持ちこたえて茶をがぶ飲みする。おかしいな、一瞬川が見えたよ。あれどこの川だろう。

「あ…あのさ、卵焼きって、こう、黄色くないっけ…?俺の思い違いかな」
「そうね、そういうバージョンもあるわね。でも黒い食べ物って体にいいのよ。黒豆とか黒酢とか黒ごまとか、ね?」
「ね、じゃねーよ。もともと黄色いもん黒くして体にいいわけないだろ。絶対だめだよ色々と」
「しょうがないじゃないですか。何度やってもこうなるんだから」
「逆にすげえよ、どうやったらこうなるの」
「別にいいでしょう、ちょっと焦げてるくらい。男ならつべこべ言わず食べたらどうです」
「いやいやいや焦げてるとか焦げてないとかの次元じゃないからね。食べ物を劇薬に変えてるからね。つべこべも言いたくなるっつーの。」

だいたい食べるっていう行為は生きる上で必要不可欠なわけだ。それに毎回こんなダメージ受けてたら本当に体が持たない。(つうか何でおれが食わないとなんねえんだ。)ああ、寄り道なんかするんじゃなかった。甘味にでもありつけんじゃないかと目論んだのが裏目に出た。

「お前…あれだぞ。こんなんじゃ玉の輿どころか嫁の貰い手ひとっつもねえぞ」
「そんなこと言いながらさっきから食べてるんじゃない。やっぱり何だかんだ好きなんですね、卵焼き」
「お前のその拳がほどかれたら即座にこんな自殺行為やめるけどね」
「本当、憎まれ口ばかり叩く人ですね。ちょっとくらい料理が下手だからってそんなに言わなくていいじゃないの」
「ちょっとくらいじゃないから!すっごいから!衝撃が!」
「まったく大袈裟よ。銀さんこそ女の人を褒める練習でもしたらどうです?いつまでもそんなんだと誰もお嫁に来てくれませんよ」
「褒める余地があれば褒めるっつうの。これは無理だね、そうそう食える奴いねえよ。いやまじで。俺みたいな強靭な体力と精神ねえと。一般人はむりだね。死ぬね、ずばり。あ、でもあれだよ?こんな卵焼き食えんの俺くらいなんだから、俺が貰ってやるよ的なラブコメちっくなアレじゃないからね」
「誰もあなたにラブコメちっくなソレは期待していません」
「あっそ」

向かいの女のきれいな眉が下げられる。はあ、と息をついて肩を落とした。かたくなに握っていた拳もほどかれる。

「もういいです」
目の前の皿がすっと引かれた。
「なにが」
「どうも劇薬を食べさせてすみませんね」
「どうすんの、それ」
「もう銀さんには食べさせたりしませんからご安心ください」
「いやいや待てよ」
「なんですか」
「他の被害者出たら俺のせいじゃん」
「…大丈夫です。捨てますから」
「ちょちょちょちょ!寄こせコラ馬鹿」
「だれが馬鹿だコラ」
「ぐはぁっ」

殴られながらも妙が取り上げた皿を奪い返した。あーもう何でこうなるかね。ぼりぼりと頭を掻いて箸を持ちなおす。

「何してるんですか」
「俺はなァ、途中で放棄したりしねえの。最後まで責任持って食べますぅ」
「いいわよ無理して食べなくて」
「うるせーほっとけ」

半分ほどなくなった真っ黒な卵焼きを再び口に運ぶ。ものすごい衝撃にも食べた瞬間に襲う目眩にも慣れない。そうだ、この卵焼きに慣れる日なんて来ないのだ。だけど、いくら不味くても自分じゃない他の男に食わしたくないとか、料理なら俺がいくらでも作ってやるから心配ないとか、恥ずかしくて打ち消したいのに自然と沸き起こる想いをどうして少しでも伝えられないのだろう。
伝えようとすればするほど憎まれ口ばかり叩いてしまう。銀時はへそを曲げたまま洗濯物を取り込みに行った女の後ろ姿を眺めながらため息をついた。

「…ラブコメちっくなアレだっつーの」


天邪鬼の苦悩を彼女は知らない


ニーナ(2012/3/9)



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