沖田と神楽


川沿いを歩いていた。電灯が多く空気の汚れたこの町では珍しく星の輝く夜だった。靴の先に当たった小石が跳ねて川の水面を揺らす。そこに影が映っていた。

「…」

視線を上げた先にあるのは小さな橋だ。その真ん中に人影を見つけて、すぐに誰だか検討がついた。そしてそんな自分が嫌になる。白い肌と赤い髪。首をもたげて空を見上げている。何やってんでィ馬鹿チャイナ。ゆっくり視線をこちらにやったその瞳はいやに青く輝いた。こいつ、こんな目してたっけ。別に、何でもないアル。どっか行けよ税金泥棒。その声がいつもの調子だったことにほっとして橋に上がり、チャイナの隣にもたれた。どっか行けっつっただロ、とかキモイアル近づくなヨ、とかぐちぐち言っているが無視してやると静かになった。

「なんでィ。あれか?天体観測なんつーロマンチックな趣味があったのか」
「違うアル。お前にいいこと教えてやるネ」
「あん?」
「わたし、死ぬのが怖くないアル。お前みたいなヘタレは毎日怯えてんだろうけどナ」
「何だ急に。つか、だれが怯えてんでィ。侮辱罪で逮捕してやんぞ」
「てゆーかむしろ死なないアル」
「…お前ついに頭イカれたか」

ちらりと一瞥するとすぐに視線を元に戻した。チャイナの息は白くなっていた。
女というには幼すぎる。だけど子供というには純粋さに欠けている。きれいにまとめた赤い髪が暗闇に浮かび上がっていた。つい伸ばしてしまいそうになる自分の掌をポケットに突っ込む。

「バァカ。人間はいつか死ぬんでィ」
「わたしは夜兎ネ」
「夜兎だろうが何だろうが生きてりゃいつか死ぬっての」

彼女の種族の生態について俺はよく知らない。ただ馬鹿強くて戦闘好きだということぐらいだ。それだけ丈夫な身体なら、確かに人間よりも寿命は長いかもしれない。だとしても死なない生き物なんてものはない。始まったなら、いつかは終わる。

「もし死ぬとしても、私はあそこで華々しく散ってやるネ」

月は煌々と世界を照らしていた。星は自分の存在をうったえるように輝いて、雲が静かにそれを横切る。そしてそのすべてを濃紺が包んでいた。あそこ、と指差したのは夜の空だ。

「私はこんなとこでくたばったりしないネ。」

半ば睨みつけるように空を、そして宇宙を見て言う。

「こんなとこで、雑魚ばっか相手して温く死んでいったりしないアル」
「そうかィ。ずいぶんとまァ偉そうだな」
「当たり前ヨ。私はお前とは違うネ。立派なえいりあんはんたーになってパピーと宇宙を制するネ。歌舞伎町の女王なんて目じゃないアル。そんで全部の星にこんなでっかい神楽御殿を建てて、大富豪になるのヨ」

細い腕と小さな手を馬鹿みたいにめいっぱい広げてふんと鼻を鳴らす。そんで、と続けた。

「そんで、おばーーーちゃんになった時。宇宙一強い奴と戦って、勝って疲れ果てて死ぬアル。これが私の将来設計ヨ。…お前はせいぜい狭いこの町でも守ってな」

ビー玉みたいなあおい目は意気揚々と、だけどどこか寂しげに揺れた。父親となんとかハンターってのになって星々を廻るというのは本当に望んでいることなのだろう。だけど。

「あっそ。テメーは早いとこ江戸を出て宇宙でも何でも遠くに行っちまえばいいんでさァ。」
「…」
「どっか行って、そのまま一生帰って来んな」
「…」

この生活を手放すことを辛く思う自分だっているはずだ。どうせ言い聞かせるように未来を想像していたのだろう。果てしない空を見上げながら。しばらく黙っていた彼女が口を開いた。

「…今日、テレビでやってたアル。あんなふうに光ってる星は、コウセイっていうんだって」
「コウセイ?…ああ、恒星、か」
「太陽とか星座みたいに光る星は、自分で燃えてるんだって」
「ふーん」

よくわからないが宇宙は思うよりずっと複雑なのだろう。未だに僅かなことしか判明していないと言う。つまり俺達は自分が生きている場所についてほとんど知らないということだ。それでも命をつないで、俺たちは滑稽なほど生きてゆく。

「わたし、コウセイになるアル」

ちいさな手を空にかかげた。月や星をつかむように握ったり開いたりを繰り返す。

「自分の命を燃やして、自分の力で光るネ。こっからでも見えるくらい輝いてやるのヨ。銀ちゃんにも新八にもお前らにも負けない。立派な大人になって正義のヒーローになってお前なんかの手が届かないくらいすごくなって、まぶしいくらい光ってやるネ。」
「…」
「そんで、最期は…燃え尽きて、その時は夜が昼間みたいになるまで光るから」

一度、小さく息を吸ってゆっくりとまばたきをした。横顔が薄く笑みをつくる。いつもさしている赤い傘はない。きっと彼女は夜の生き物なのだ。

「だから、ちゃんと見とけヨ」

ぐっと握った拳を下ろして俺の胸に押しつけた。薄暗い中でチャイナのつむじがはっきりと見える。
人と人の別れは永遠であるかもしれないし、そうでないかもしれない。いつかまた、と思っても一生会えないかもしれないし、もう二度と、と思っても再会してしまうかもしれない。可能性は良くも悪くも無限大ということだ。だけど日々は、絶対に帰ってこない。どれだけ願っても時間は取り戻せない。今まであらゆる人間がその事実に嘆いてきた。一度別れを告げると、二度と同じ日々は送れない。厳密に言えば一秒前にすら戻れないのだから。だけど、たぶんそれはそんなに悲観的になる必要はないし、それと共に生きる覚悟がなければ前には進めない。

「…何言ってんでィ。お前殺んのは俺だ。テメーが燃え尽きる時は俺が隣にいまさァ」

俯いていた赤い頭がパッと持ち上がる。口角を吊り上げてやると、チャイナは目を瞬かせたがすぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「バーカ。逆アル。わたしがお前を倒すネ」

いつか別れが来るのだろう。彼女は宇宙で、自分はこの星だ。そしていつか再会する日が来るだろう。そう、思う。でも、だから、もう少し今日を大切にしなければいけないかも知れない。そしてこの生意気な少女が立派に光るところを、仕方がないから見ていてやろう。

「やれるもんならやってみやがれ」

きれいな夜の空の下。古い小さな橋の上。沖田総悟はガラにもなく目の前にある頭を撫でてみた。


或る恒星の終末について


ニーナ(2012/3/9)



もどる
[TOP]









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -