山崎とそよ


初恋は実らない。いつか読んだ小説にあったフレーズだ。最近は庶民の娯楽に触れることも勉強になるからと許されている。あまり下品な遊びを覚えるとじいやに怒られるけれど。本は好きだ。わたしの狭い視野を広げてくれる。この足では行けない世界へ連れてってくれる。きっと自分には一生出来ないであろう冒険もできる。そして小説にはほとんど恋や愛の話が組み込まれていた。人間は誰かに恋をする。それがいつか愛になったり憎しみになったりする。その人を見るだけで胸が苦しくなり、一日中頭からはなれない。自分を見てほしい。そばにいて欲しい。そんな恋を、人はする。

「そよ姫様、この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「お相手もご立派な方だそうで。いやあ、めでたいですな。」
「まだまだ子供ですのに不安です」
「そんなことはございません。しかし…そうだなあ。そよ姫様がご結婚されるお年になられたなんて、月日がたつのは早いです」

近藤は目を細めて外を見やった。真選組にはとてもお世話になったわ、と私も外を見る。結婚すればあちらに住むのだ。彼らと会うことも少なくなるだろう。今日は彼ひとりだった。兄に用があったようだ。いつも引き連れている部下の二人はいない。あの人たちが言い争っているのを見るのが好きだった。私には怒りをぶつける相手も本音を打ち明ける勇気もなかったから。固いきずなで結ばれている彼らが羨ましい。町に住んでいればそんな風に誰かと結びつくことが出来ただろうか。敬われることは、仲間はずれに似ている。

(結婚を、したら)
(女王さんにももう簡単には会えなくなってしまうのね)

急に心細くなった。うんざりする程広い部屋。だけど私はそれ以外を知らない。近藤が帰ったあと、彼が見事だと言った庭を眺めた。この庭の手入れを怠っているのを今まで見たことがない。此処は何もかもが完璧な場所だ。その中にいると、ふと自分が酷く欠落した人間のように思える。出来損ないのがらくた。お飾りの哀れな人形。目をつむると暗闇があった。だけどすぐにあの人の笑顔が浮かび上がる。山崎は稀にしか見かけることがない。警護にはついているのかも知れないが私の側につくのはだいたい土方や沖田だ。だけど一度だけ、言葉を交わしたことがある。花は嫌いですか。彼は私に問いかけた。その時わたしが苦い顔で花を手折ったからだ。


「その花が嫌いですか?」
「…あなた」
「真選組監察の山崎と申します。本日は護衛につかせていただきます。」

菊咲きの赤いアネモネだった。あれは何処に咲いていたのだろう。よく思い出せない。凛と咲いたそれは、茎に少し力を入れると呆気なく折れた。

「…嫌い、です」
「綺麗なのに勿体ないですね」
「綺麗だから、嫌なんです」

わたしに折られたこの花はすぐに枯れてしまうだろう。その前に誰かに摘み取られて捨てられるのだろう。ああ何て弱いのだろうか。

「自分の意思がなくて誰かに世話をしてもらわないと生きてゆけない。ただ見た目だけ磨いて、綺麗に咲いて。そんなことしたってどこにも行けないのに。そんなの意味ないのに。…まるで自分を見ているみたい」
「ご自分を、ですか?」
「ええ、どこにも行けないし何もできない。外見を着飾るばかりで中身がない。情けないくらいにつまらなくて嫌になります」

手中にあるアネモネの花びらがひとつ地面に落ちた。ハッと視線を上げる。わたし、なにを。

「す、すみません。こんな話…」
「たしかに、そよ姫様とその花は似ているかもしれません」
「え?」
「そこにいるだけで人を幸せにするところ、とか」

彼はまっすぐに見つめてそう言ったあとに微笑んだ。驚いた。まさかそんなこと言われるなんて。ぐだぐだとコンプレックスを吐露して困らせてしまったと思ったから。

「そよ姫様はちっともつまらなくなんてないです。あなたがいると幸せになる人間がいるんですよ」

それって、とても素敵だと思いませんか――。


その声と笑顔が焼き付いていつまでも離れない。私は思ってしまったのだ。また笑いかけて欲しい。わたしを見て欲しい。いつしか私は彼に恋をしていた。焦がれているのだ、あの日からずっと。山崎さん、わたしはあれからあなたの言葉を胸に毎日を過ごしているのです。そしてきっとこれからも。
私の婚約は、親に決められたなどという簡単なものではない。徳川家存続や繁栄のための重要な仕事だ。沢山の人間の人生がかかっている。生まれたときから決まっていることだ。私だってその責務を全うする以外にない。初恋であろうがなかろうが始めから届くはずなどないのだ。だけど、それでも、願ってしまう。一緒にいたかった。もっと知りたかった。知ってほしかった。彼のいる人生を歩みたかった。想うほどじくじくと胸が痛む。こんなことなら好きにならない方が良かった。そう思うのにあの日を想うとどうしてもこの気持ちは捨てられない。
ゆっくりとまぶたを上げると光が差し込んだ。あの笑顔が消える。光なんていらない。わたしは闇の中でいい。ねえ、かなわないなら、実らないなら、この恋を心ごと誰か殺してください。

ニーナ(2011/12/28)



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