たまとお登勢(※死ネタ)


生物とは不思議なものだ。特に人間は時に予測不能な行動を起こす。どんなにこの世界の情報をインプットしても私が彼らのように振る舞うことは不可能だ。人間について理解できないことは多々ある。そのひとつが夢だ。眠りに落ちた後、人は夢を見るという。睡眠は電源を落とした時と類似しているだろうと認識できるが、夢はわからない。意識がないのに何故そんな現象が起こるのか、人間のあいだでさえその原因もはっきりしていないらしい。私に理解できるはずがなかった。

「お登勢さま」
「なんだい」
「夢とはどのようなものなのでしょうか」
「夢ェ?」
「はい。睡眠時、特にレム睡眠の際に多く起こるとされている幻覚のことです」
「わかってるんじゃないか。今アンタが言ったまんまだよ」
「概念は記憶しました。ですが、夢は個人のその頭の中にしか現れません。私はどうやっても知ることはできません」

電源を落とせば、プツリと世界は消え去る。そこに光も闇もない。まして幻覚なんてものがあるはずないのだ。そんなからくりの私には全く想像もつかない。夢を見る、というのは。

「夢、ねェ。そうだね…。」

お登勢さまは腕を組んで眉を歪ませた。 タバコの煙を天井に向かって吐き出す。そんなふうに考えなければ説明できないものなのだろうか。例えば、としばらくして彼女が口を開く。

「もうひとつの世界みたいなもんだよ」
「もうひとつの世界、ですか…?」
「ああ、その時はこれが現実だって思ってるのさ。おかしなことたっくさんあるってのにね。知り合いじゃないはずの二人が親しげに話してたり、全然違う場所で住んでたり、死んだやっこさんがそこで笑ってたり。あり得ないことがなんでもアリなんだよ。なのにその時はそれを不思議だとも思わない。当たり前だと思ってるのさ」
「…ますます不可解です」
「ははは、無理して理解なんてしなくていいんだよ。夢なんてどうせ幻なんだから。どうせ起きればすぐに忘れちまうんだしね」
「…そうですか。わかりました。つまらぬことを聞いてすみません。業務に戻ります。」

ほうきを持ち直し、引き戸に手をかける。日が落ちる前に表の掃除を済まさなければいけない。そのとき背後で、ああ、と笑いを含んだ声がした。

「アンタも出てくるよ」
「え?」
「アンタも私の夢に出てくる」
「私が、ですか?」
「そうだよ、不思議だろ?自分が他人の頭の中にいるなんて」
「不思議です」

だって、そんな事、考えてもいなかった。わたしが誰かの『夢』の中に現れるなんて。彼女が眠ったあと、そのまぶたの裏に広がる世界。その中にもう一人のわたしがいるなんて。

「夢の中のアンタはさァ。からくりじゃないんだよ。普通の女の子なんだ。いやね、何も変わらないんだよ?勤勉で真面目で力持ちで、いつもと何も変わらない。でもからくりじゃないんだよね。何が、とかはわからないんだけどさ、アンタは夢の中では絶対にただの人間の女の子なんだ。」

さあ、早いとこ準備しないと客が来ちまうよ。そう言って立ち上がったお登勢さまは最後に言った。

「まあ、だから私は、アンタのことからくりだとは思っちゃいないってことだろうねぇ」







――



白い白い死に装束。血の気のない顔。静かな部屋。永遠に開くことのない瞼。消沈しきった人びとの真ん中であなただけが気持ちよさそうに寝ていました。わたしはそれを一番うしろから眺めている。あなたは本当に大勢の方々に慕われていたのですね。みなさんお別れを惜しんでおられますよ。
人間はいつか死ぬ。生きるものはすべていつか絶える。わたしはこれからどれだけの死を見届けていかなければならないのだろう。いつかあなたは言いましたね。夢の中のわたしはからくりではないと。普通の人間の女の子だと。今でもわたしはその夢を想像することはできません。知り合いでもない二人が親しく話し、ここではないどこか遠くの町に住み、死んでしまった人が笑い、からくりではない人間のわたしがいる世界。到底思い描くことはできません。だけどわたしはその夢の世界が現実であればいいと思っております。そして最後にあなたが行く永遠の世界が幸福であるように、ただ願うのみです。


あなたの夢がやすらかでありますように



ニーナ(2012/1/4)



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