銀時と妙


おれには親がいない。家族がいない。はじめからそうだった。だけどそんなものはよくあることだし、似たような境遇の奴にはたくさん会った。寂しいと思ったことはない。会えなくて寂しいと思える相手がハナからいなかったんだから当たり前だ。そう言うと女は、寂しいですね。と言った。さびしいと思えなくて寂しいですね。そんなふうに考えた事もなかった。幼い頃は先生が色んなことを教えてくれたし、友だちだっていた。親がいるのといないのとでは何が違うのかよくわからなかった。そうか、それすらも寂しいということになるのか。女は微笑む。彼女を見ていると、どうにもむずかゆい感情が芽生える。 今すぐに逃げ出したいのに、いつまでもここに居たい。そんな訳のわからない矛盾が頭を占めるのだ。ちゃらんぽらんに生きてはきたが、これでも一応大人である。今まで色々な女と関わってきた。様々な状況を体験してきた。しかしそのどれにも彼女は当てはまらなかった。だから焦って困惑して、今まで適当に生きてきたことを俺ははじめて後悔した。

「んでさあ、その18のガキの生意気なこと…!当然タメ口だよね。昨日なんか、おっさん邪魔。って言われたんだよ?そりゃ俺はおっさんだけどさ、おっさんにだって人権はあるっつうの。おっさんだって傷つくっつうの。あー、あのガキより早くバイトに入ってればコキ使われることもなかったのに…って、ちょっと聞いてる?銀さん」
「え?」
「え?じゃないよ!ちゃんと聞いてよ!俺、銀さんに見捨てられたら今度からノラ猫に弱音吐くしかなくなるじゃん!」
「あーあー聞いてるってうぜえな」
「うざっ…うざい!?うざいって言った?ねえ今銀さ…」
「なあ長谷川さんよ」
「え、無視?」
「あんた、あの…カミさんとは会ってんの?」
「は?ハツ?…いやいやいや、会えねえよ。こんな情けない状況じゃ。あ、でもたまに手紙は出してるけどね。生存確認みたいな」

そう言って長谷川は持っていた熱燗をぐいっと一気にあおった。グラサンの奥の瞳には涙が滲んでいるかもしれない。

「なあ、」
「んー?」
「…愛ってなに」

ガタンと音をたてて横で椅子が倒れた。徳利からは酒がとくとくとカウンターに流れている。親父があちゃー、とおしぼりを差し出した。

「ぎぎぎぎ銀さん!?いま何て…」
「いやいやいや、違うからね。俺じゃないから!その、あれだ。…たま!たま、いるだろ。ババアんとこのからくり。あいつがさ、聞いてくるんだよね。ほら適当なこと吹きこんだらまた面倒なことになりかねないしさ」
「…ふーん、そうかい。たまちゃんが、ね」
「いやいやいや、マジだよ?なにその顔。むかつくんだけど。本当にあいつが聞くんだよ。…で、どう思う?」
「愛、ねえ…」

ああ、やっぱり言わなきゃよかった。屋台のおでん屋でおっさん二人が愛について語るなんて気色の悪いことあるか。

「んーむずかしいね」
「何でだよ。奥さんのこと愛してるから一緒になったんじゃねえの」
「まあ、もちろんそうだけど…」
「相手と一生一緒にいたいと思うとかさ、相手を笑わせたいと思う、とか?」
「…そうだなあ。うん、合ってると思う」
「…適当だな」
「んな事ないよ。だから、むずかしいんだって。一言では言えないし。でも、一緒にいたいとか笑わせたいとか、もちろんそれも愛なんだと思うけど。んー何ていうかこう、俺はもっとわがままなものだと思うんだよね」
「わがまま?」
「そう。好きになったら何がなんでも自分を見てほしいと思うじゃん?でもそのわがままじゃなくて、『好き』から『愛してる』に変わったら相手には幸せになって欲しいと思うわけよ。そうなると厄介なもんで、自分とじゃ幸せになれないんじゃないかって思ったりするんだよな」
「…」
「自分じゃなくてもいいから幸せになって欲しい。誰か彼女を幸せにしてくれないか。だけどやっぱり自分の側にいてほしい。なんて無責任で身勝手なことを考える。だから、わがまま。結局さ、相手を幸せにしたいというよりも、その人がいないと自分が不幸になるから一緒にいたいんだよ」
「…じゃあさ」
「ん?」

女の顔を思い浮かべた。笑うと高く結った髪がゆれる。それを見ると、それだけで、俺は。

「たとえば、さ。そいつといると、朝飯が食いたいとか。や、別に朝飯じゃなくてもいいんだけど。んー何つうか、無駄に寝たくなる?…て、いうか。いや別に睡魔が襲ってくるって意味じゃなくて。なんか安心するっつうか。まあうまく言えないけど。あと大きい仕事した後、そいつの元に帰りたくなる、と…か。…って …なんだよ」

ふと隣を見やると長谷川が呆れたような顔をしていた。どうしようもないな、とでも言いたげな表情だ。(とは言ってもグラサンで目は隠れているが)

「銀さんさあ」
「なに」
「もう答え出てんじゃん」
「あ?」
「愛してるってのはさ、要するに生きる意味だよ」
「…どういうこと」
「今言ったのは全部、生きるために必要なことだろ。飯食うのも眠るのもそう。その人の元に帰りたいなんてモロじゃん。生きていたいと思うってことだよ。」
「…別にそいつがいなくても死なねえよ」
「ばかだな、銀さん」

長谷川はもう一度あの表情をした。わかっているくせに、どうしようもないな。呆れたふうに笑う。

「死なないことと、生きることは違うよ」







ーー



また夜通し飲んでしまった。
酒は強くないくせにどうも止められない。薄い色の空を見て溜め息をついた。しろい息が空気中に漂っては消える。まあどうせ神楽は昨日からあのハゲ親父んとこだし、新八はアイドルのライブへ遠方に出かけているし、今日はゆっくり寝よう。そんなことを考えていた銀時の足が自然にとまる。

「銀さん」
「…よお」
「またこんな時間まで飲んでらしたんですか?」
「…まあな。お前は?仕事?」
「ええ。ねえ銀さん?お酒強くないんですからほどほどにしてくださいよ。いつか体壊すわ。それに神楽ちゃんだって一人じゃ寂しいでしょう」
「神楽は今、親父のとこだから」
「知ってます。でもこれからは気をつけてくださいよ」
「はいはい」
「じゃあ、わたしはこれで。」
「…うん」

自分を通り越して行く妙の後ろ姿をぼんやりと眺める。長谷川が最後に言った言葉をふと思いだした。


"だれかのために死んでもいい、じゃなくてさ"


"だれかのために生きたいって思うのはよぉ、銀さん"


「妙」

発した自分の声があまりにも優しくひびいたので驚いた。その名を呼ぶとき、おれはこんなふうに声を出すのか、そんなことを思った。空を見上げる。もう少しで夜は明けるだろう。

「いまから朝飯でも一緒に食わない?」



"つまり、愛してるってことだよ"




     



ニーナ(2011/11/11)



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