夏の少女と浮上と降下
(江戸銀時と現代妙)
最近のわたしはずっとふわふわ浮いている。
歩いているとだんだん地面がふにゃふにゃしてきて足元がおぼつかないのだ。前に進みたいのに足踏みをしているみたいでもどかしい。すべてのことに現実感が薄い。ずっと他人の声が遠い。
「あれ、次は何するんだっけ。」
ちゃんとしなきゃ。地に足をつけて、みんなの話を聞いて、それを考えて考えて考えて、行動に移すの。やることは沢山ある。踏みとどまる暇はなく、もちろん宙に浮いている暇もない。
なのに思考が追いつかない。優先順位がわからない。誰からなにを依頼されていて、どう処理すべきなのか。自分の中の問題は、どうやって解決していくのか。考えることは山積みだ。山積みなのに。
なにも、思いつかない。
『妙、カラオケいこーよ』
とおい声がする。あの子は誰だっけ。友達、おとうと、先生、クラスメイト、部活の後輩、近所の人にバイトの先輩。いろんな声がする。ぜんぶ雑音みたいに流れていく。
『志村、ちょっといいか?進路の事だが…』
『ねえ委員長ー。このプリントって委員長に出せばいいの?』
『先輩!今度の練習試合なんですけど、』
『あら、妙ちゃん。お買い物?偉いわねえホント』
『ゴメン志村さん。明日のシフト代わってもらえないかな』
暑くもないのに汗が出る。まっすぐ歩いているつもりなのに足がもつれる。視界がぐるぐる回りはじめて、頭もぐらぐら揺れはじめた。これからどこに行きたいんだっけ。わたしおかしいのよ。最近ずっとふわふわ浮いているの。紺色のスカートがゆれる。
(ああ、そうか)
めまいって、こんな感じか。
そんな病弱体験をしたことがなかったので、半ば関心してしまう。なるほど、校長の長い話で倒れる人の気分がすこしわかった。ついに私は立ち止まって、ゆっくりまばたきをした。だけど瞑った目蓋はなかなか持ち上がらない。不明瞭な思考は、そこでやっと途切れた。
(ねえ、どうしよう)
(受験に失敗したらどうしよう)
(うちのこともお金のこともこれからどうなるんだろう)
(あんなに期待されてるのに引退試合で負けたら笑われるかな)
(もっと強くなりたいな)
(引き受けてしまうのは私なのに、押し付けられた気分になるのは身勝手だ)
(力量が足りないから気づけば山積みになってるじゃない。こんなんじゃダメだ)
(弱音はいけない。なんの得にもならない)
(がんばれ、出来るでしょう)
(がんばれ、負けるな、がんばれがんばれがんばれ…)
「がんばれないよ」
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