(なにかしらの理由で踊ろうとしてる銀妙)
2017/06/27 10:20



紺色のベストから出ているシャツの、その白さだけがやけにまぶしかった。この男のこなれた感じが何とも癇に障るけれど、きちんとした服を着ればそれなりに見えるものだ(なんだか、緊張する)妙は小さく息を吸った。フロアの隅で前を歩く彼が立ち止まったので、自分もそれに倣う。振り向くと、男はすっと背筋を伸ばし、右腕の肘を曲げて、一人入るスペースを作るように前に出した。一方左腕は真横に伸ばし、無骨な手が丁寧に開かれる。見慣れぬその仕草に、妙は少したじろいだ。
「はい」
「え?」
「右手、ここ置いて」
「ああ、えっと…こ、こうですか?」
「ん。左手は俺の腕に乗せるくらいでいいから」
「はあ」
言われたとおり手をそれぞれ彼の身体に置いた途端、ぐい、と腰を引き寄せられた。あまりの近さと、いきなりのことで小さな悲鳴が上がる。目の前に彼の胸がある。すこし顔を上げただけで触れるほどなのではないか、と思ってしまうと、もう目を合わせるのも躊躇われた。視線をどこにやればいいかわからず、きょろきょろと動かし、瞬きを繰り返して、とりあえず彼のベストのボタンに落ち着いた。
「ちょ、ホントに合ってるの?」
「は?」
「こ、こんなに近くでいるんですか?ずっと?」
「ああ、なに、照れてんの?」
銀時の声にバカにしたような笑いが含まれている。むっとした。いや、でも、だって、そうでしょう。声が響くほど近くにいるなんて、息がかかるほど密着しているだなんて。そんなのあり得ないじゃない。こんなの耐えられるかしら。一曲終えるまで、ずっと?考えるほどに、みるみる顔に熱が集まるのがわかった。きっと首や耳まで赤い。俯いていたって、彼にはわかるだろう。またバカにされる。思うと悔しくて、涙が出そうだった。
「おま…」
しかし降ってきたのは、予想していたような嘲笑ではなく動揺した声だ。
「なに、赤くなってんだよ」
「…っだって…こんなの、恥ずかしい」
「な…っ」
なによ、もう。こんなことなら引き受けるんじゃなかった。軽い気持ちで頷いたけれど、やっぱりわたしには無理だ。妙はますます俯いた。
「キャバ嬢だろ、お前。…いつも客とベタベタしてんじゃん。なんでここでそんな照れてんだよ」
「ベタベタって…だってあれは横に座るだけよ。こんな真正面で引っ付くことなんかないもの。…それに…」
それに、と区切った妙がわずかに顔をあげる。やめろ、と銀時は胸の中で叫んでいた。顔をあげるな。こっちを見るな。お前に負けないくらい、俺はいま顔が熱い。祈りが通じたのか、彼女は躊躇ってやはりまた俯いた。
「…それに、銀さんだから…」
ぱりん、とどこかで音がした気がした。耳の奥の脳髄か、心臓の底か。必死に作り上げてきた外壁のようなものがひび割れる音。気づいてはいけない、隠さねばならない、やわらかな本音を覆う、それは大切な壁だった。
か細い声をかき消すように、優雅な音楽が流れ始める。男女のペアが周囲を踊りはじめたけれど、硬直した二人は直立不動のままだった。やがてため息をついた銀時が女の細い腰から右手をはなす。
「…銀さん?」
恭しく包んでいた綺麗な手を乱暴に握り直して、くるりと身を翻す。そのまま歩き出した。
「え、ちょっと…」
困惑したままで妙は銀時の背を見つめた。彼はなにも言わずにぐいぐい手を引っ張って、踊る人たちの間をすり抜ける。
「銀さん?」
「…やめだ」
「え?」
「やっぱ、やめだ。むり」
「ちょっと…でも」
ぐいぐい、と引っ張られながら必死に彼の背を追う。妙の角度から見える、白い頭の隙間から覗く耳が赤いのは照明のせいだろうか。
それに気づいてさらに熱くなる自分の頬は、気のせいなのだろうか。

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