ちょっとした小話とかボツとか半端とか




▽キスなんかしたことない(銀妙)


事の発端なんて、もはや遠く置き去りにされていた。ただいつもよりややヒートアップした言い合いの中で、劣性になった立場を形勢逆転しようと銀時は小馬鹿にして言っただけだ。キスもしたことないくせに男を語ってんじゃねえよ。どんな脱線の末にそんな言葉が繰り出されたのかはやはり不明ではあったが、問題はそんなことではない。ぽんぽんとテンポよく投げ合っていた会話がそこで落下したのだ。銀時の揶揄に、ぱっと頬を赤らめた妙があたふたと視線を逸らす。その反応を受けた銀時は表情を止めた。
「え…?え、なにそれお前」
「なん…なにがですか」
「何なの、その反応」
「べっ、別に普通の反応ですけど」
「いやいや、絶対何か隠してんじゃん。え?なに?したことあんの?」
「は?な、ないですよ。バカなこと言わないでください」
頬に留まらず、じわじわと顔全体が赤に染まっていく。反らしたうなじや耳までもが赤く、頑なに否定すればするほど怪しい。銀時のこめかみに汗が一筋流れた。ひきつった顔の筋肉がひくひくと動く。
「え、だれ?お前いつの間にそんなこと…」
「だから違うって言ってるでしょ。銀さんの言うとおりよ。そんな経験なんてないわ」
「まさか父上〜とか新ちゃん〜とか言わないだろうな?あ、そういやお前、昔、九兵衛としてたな」
「そ、それよ!九ちゃん。九ちゃんとしたのを思い出して恥ずかしくなったの」
「え、絶対違うじゃん。今はじめて思い付いたじゃん」
「もうしつこい!きもい!ちょっとお茶入れて来ますから!」
さらに問い詰めようとする銀時から逃げるように、妙はそそくさと台所へと消えた。彼女の背中を目で追いかけ、しかし足までは動かなかった。なんだ、あいつ。銀時は首を下に向けて自分の胸の辺りを見やる。焦りの生まれた心が、ひりひりと焼かれたように痛い。いやいや、なんだ、これ。おかしいだろ。あいつが誰を好きになろうが付き合おうがキスしようが俺には一切関係ない。なのに、やけどのような痛みはひりひりと主張し続けてくる。マジかよ。ありえねえだろ。大きくため息を吐き、嘆くように両手で顔を覆った。
「…勘弁してくれよ」


ーー


妙は食器棚に身体を預け、顔を伏せていた。あああ、なんてことしたんだろう。最悪だ。あんなのもう、認めたも同然じゃないか。なんでこんな事になったのだろう。いつもの実のない言い合いを続けて、あの人が失礼な事を言って、最後は鉄拳で終わるはずだったのに!
「急に、変なこと言うから…」
言い訳した声は弱々しく床に落ちていく。本当に、その瞬間まで忘れていたの。変な事を言うから思い出してしまったじゃないか。ああ、もう、いっそのこと一生忘れていたかった。そもそもどうしてあんな事…。ぎゅっと目をつむる。その場面が鮮明に浮かんできて、また顔に熱が生まれる。頭から消し去る事はもう不可能みたいだ。いつだったか、うたた寝をした時に見た脈略のない夢。もう、ばか。あんな中途半端な時間に眠るからおかしな夢をみるんだ。どういう状況なのか、どんな景色なのかはとても朧気なのに、隣にいるのが誰かだけはっきりとしていた。なんであんな夢。しかも、よりによって、どうしてあの人。
「欲求不満…ってこと?」
そっと、唇に指を添える。夢でキスをしてくれた人の温もりが、知りもしないのに浮かんでくる。やさしく触れた手や愛しそうに見つめる瞳も、ありありと蘇ってきてとても困る。
「…どんな顔してもどればいいの」
ため息で食器棚のガラスが少し曇った。そこに映ったのは、ただの恋する女だった。


2017/07/01 23:46 (comment0)



▽(お妙さんが他の人と結婚しちゃいそうだよ銀さん)


「あなたが、行くなと、ひとこと言ってくれるなら」
妙の頬には涙が伝っていたが、暗がりではなにも見えなかった。そしてその事に心底有難く思っていた。こんな言葉は、顔を見ては到底言えそうもない。
「わたしはどこにも行かない。ずっとここにいます」
沈黙が泥のように二人の間に流れる。まるで一人で泣いてるみたい。こたえはない。いくら待っても息づかいすらわからない。触れた指先だけが彼の存在を確かに示していた。沈黙が答えなのだ。彼は言ってはくれない。一番欲しい言葉をわたしにくれない。この手を握って、選んではくれない。妙は新たな涙を落とすと、力なく手をはなした。はなす瞬間、頭のなかで男の顔がふっと浮かんだ。それを見えない筆で、墨で、黒く黒く塗りつぶす。
「困らせて、ごめんなさい。…さようなら」
真っ暗闇を駆けていく音だけが響いて、銀時は瞼を閉じた。閉じたところで闇は変わらなかった。握りたいと思った女の手はもう届く位置にない。行くな、なんて。そんな言葉を、こんな男が、
「…言えるかよ」


2017/06/27 16:13 (comment0)



▽(なにかしらの理由で踊ろうとしてる銀妙)


紺色のベストから出ているシャツの、その白さだけがやけにまぶしかった。この男のこなれた感じが何とも癇に障るけれど、きちんとした服を着ればそれなりに見えるものだ(なんだか、緊張する)妙は小さく息を吸った。フロアの隅で前を歩く彼が立ち止まったので、自分もそれに倣う。振り向くと、男はすっと背筋を伸ばし、右腕の肘を曲げて、一人入るスペースを作るように前に出した。一方左腕は真横に伸ばし、無骨な手が丁寧に開かれる。見慣れぬその仕草に、妙は少したじろいだ。
「はい」
「え?」
「右手、ここ置いて」
「ああ、えっと…こ、こうですか?」
「ん。左手は俺の腕に乗せるくらいでいいから」
「はあ」
言われたとおり手をそれぞれ彼の身体に置いた途端、ぐい、と腰を引き寄せられた。あまりの近さと、いきなりのことで小さな悲鳴が上がる。目の前に彼の胸がある。すこし顔を上げただけで触れるほどなのではないか、と思ってしまうと、もう目を合わせるのも躊躇われた。視線をどこにやればいいかわからず、きょろきょろと動かし、瞬きを繰り返して、とりあえず彼のベストのボタンに落ち着いた。
「ちょ、ホントに合ってるの?」
「は?」
「こ、こんなに近くでいるんですか?ずっと?」
「ああ、なに、照れてんの?」
銀時の声にバカにしたような笑いが含まれている。むっとした。いや、でも、だって、そうでしょう。声が響くほど近くにいるなんて、息がかかるほど密着しているだなんて。そんなのあり得ないじゃない。こんなの耐えられるかしら。一曲終えるまで、ずっと?考えるほどに、みるみる顔に熱が集まるのがわかった。きっと首や耳まで赤い。俯いていたって、彼にはわかるだろう。またバカにされる。思うと悔しくて、涙が出そうだった。
「おま…」
しかし降ってきたのは、予想していたような嘲笑ではなく動揺した声だ。
「なに、赤くなってんだよ」
「…っだって…こんなの、恥ずかしい」
「な…っ」
なによ、もう。こんなことなら引き受けるんじゃなかった。軽い気持ちで頷いたけれど、やっぱりわたしには無理だ。妙はますます俯いた。
「キャバ嬢だろ、お前。…いつも客とベタベタしてんじゃん。なんでここでそんな照れてんだよ」
「ベタベタって…だってあれは横に座るだけよ。こんな真正面で引っ付くことなんかないもの。…それに…」
それに、と区切った妙がわずかに顔をあげる。やめろ、と銀時は胸の中で叫んでいた。顔をあげるな。こっちを見るな。お前に負けないくらい、俺はいま顔が熱い。祈りが通じたのか、彼女は躊躇ってやはりまた俯いた。
「…それに、銀さんだから…」
ぱりん、とどこかで音がした気がした。耳の奥の脳髄か、心臓の底か。必死に作り上げてきた外壁のようなものがひび割れる音。気づいてはいけない、隠さねばならない、やわらかな本音を覆う、それは大切な壁だった。
か細い声をかき消すように、優雅な音楽が流れ始める。男女のペアが周囲を踊りはじめたけれど、硬直した二人は直立不動のままだった。やがてため息をついた銀時が女の細い腰から右手をはなす。
「…銀さん?」
恭しく包んでいた綺麗な手を乱暴に握り直して、くるりと身を翻す。そのまま歩き出した。
「え、ちょっと…」
困惑したままで妙は銀時の背を見つめた。彼はなにも言わずにぐいぐい手を引っ張って、踊る人たちの間をすり抜ける。
「銀さん?」
「…やめだ」
「え?」
「やっぱ、やめだ。むり」
「ちょっと…でも」
ぐいぐい、と引っ張られながら必死に彼の背を追う。妙の角度から見える、白い頭の隙間から覗く耳が赤いのは照明のせいだろうか。
それに気づいてさらに熱くなる自分の頬は、気のせいなのだろうか。


2017/06/27 10:20 (comment0)



▽(実写の近妙(銀)こんな会話してほしい)


「いいんですか」床下から悪気もなく出てきた近藤がいやに真面目くさった顔で言った。不法侵入のくせに無駄に凛々しい表情が腹立たしい。
「あの男、また無茶しますよ。それもあの傷だ。今度は無事で済まないかもしれない」
妙はふうと息を吐いて、興味なさそうに近藤を一瞥した。
「そう思うなら、あなたが助けに行って下さいな。真選組って市民の味方なんでしょ?」
攘夷の絡んだ大きな事件が裏にあることも、万事屋が足を突っ込んでいることも気づいているだろう。わかっていながら見過ごしたのは、彼もあの男と同じ軸が身体の中に通っているからだ、と思う。勝手に。
「信じているんですね」
近藤は遠慮がちに、そして確信するように呟いた。目を閉じて雨の音に耳を傾ける。雨の中を歩くあの人の気配が流れてくるような気がした。女物の黄色い傘をさす姿を思い浮かべ、寂しげに笑いながら目を開く。面と向かっていってらっしゃいとは言えなかった。仮にも自分は彼を止めるためにここに来たのだから。でも、ごめんなさい。心の中で弟に謝る。役立たずね、わたし。押し付けたあの傘は、せめてもの約束だった。
「わたしがここで待っていれば」
我ながら可愛くない小細工だと思う。
「すこしはプレッシャーになるでしょう?」
妙は笑ったまま窓を見つめた。傷などひとつもなく、雨に打たれることもなく、しかし不安に耐える女がここで一人待っている。傘を見上げる度にそれを思い出せば、帰らなければという重圧や枷に少しはなるだろう。共に闘うことの出来ない自分は、待つことしか出来ないわたしは、そうやって信じるしかない。そろそろと大きな身体が床下から這い上がり、律儀に床板を元に戻して近藤は玄関へ向かう。その様子を目で追いながら、下から入ったなら下から出ていけばいいのに、と思ったけれど言わなかった。そもそもあなたどうやって入ったの?とも。万事屋の玄関扉に手を置き、雨笠を被った近藤がやっと妙を振り向く。
「プレッシャーどころか、」
どこに雨笠なんて持ってたのかしら。用意周到な不法侵入者だこと。
「死んでも生きて帰る力になりますよ」
朗らかな声を残して彼は去った。扉を開いた瞬間、雨音が大きく部屋に響いた。
「…日本語おかしいわよ」
雨に閉じ込められた部屋の中で、彼女は待っている。


2017/06/27 09:38 (comment0)



▽(銀妙)


銀さんはぁ、好きな人いないんですかぁ?酒で顔が赤い妙の、とろんとした瞳がこちらを見つめていた。肘をついた手で頭を支え、ヘラヘラと彼女の顔を覗き込む。そんなのお妙ちゃんに決まってんじゃん。軽く甘く可笑しそうに笑って言う。妙は目を細め、そのままゆっくりと瞬きをした。店はいつも通りの騒々しさで人々の声が駆け回る。しかし二人の耳には遠い時計の音が聞こえていた。カチカチカチ。タイマーだな、と思う。カチカチカチカチ。どちらかが次の手を打たなければいけない。カチカチカチ、カチ、カチ、カチ。次の瞬間、妙はふざけた冗談とその空気に乗っかるようにへらへらと口角を上げた。いやだわ、またはぐらかして。グラスの中の氷が溶ける。銀時もまた大袈裟に笑い、まいったな、とわざと大きな素振りで頭を掻いた。はぐらかすのは、お互いさまじゃないか。カウンターに並ぶ意気地なしの男女が、酔ったふりで飲み続ける。夜が今日も落ちていく。


2017/06/27 00:34 (comment0)


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