よるの、あしあと sample 『静雄たちが学生の頃も流行ったんだろう?』 液晶画面を差し出すセルティに静雄は苦虫をかみつぶしたような表情をした。それをすぐに隠すようにサングラスを直す。 夕日が沈みかけた公園で、静雄はセルティと会っていた。平日のせいか公園に人気はほとんどなく、ベンチに腰かけた池袋最強と伝説の黒バイクを見て悲鳴を上げる者もいない。 「なんとか電車、ってやつだろ」 『そうだ。昨日その話を新羅から聞いて…』 「確かに流行ってたな。なんだよ、また流行ってんのか?」 『いや、どうなんだろうな。一昨日それをやろうとして駅に忍び込んだ来良の子が補導されたみたいだけど。』 煙草を咥えたまま静雄はしずかに笑った。 「そりゃ、駅の正面から無理やり侵入したタイプだな」 『ああ、そうみたいなんだが…って、ほかにどうやって入るんだ?』 あそこの、と指をさして口を開きかけたところで静雄の動きは止まった。セルティは静雄の次の言葉を待っている。 「…知らねえよ」 『そうか』 取り繕うよりに煙を深く吸い込んでから言うと、セルティは特に言及することもなかった。 『都市伝説って、割と怖いものが多いだろう?その中で、これはなんていうか…ロマン、そうロマンがあると思わないか?』 タップ音もなく影が画面を叩く。ヘルメットを取っても顔はないが喜々とした表情が思い浮かんで静雄も思わず口元を緩めた。くちびるを尖らせて煙を吐く。 「乗りてえのか」 『いや、そういうわけじゃ』 「深夜3時にしか走ってねえだよな。そんで、ふたりじゃなきゃ乗れねえ」 『静雄、詳しいんだな』 「昔…、乗ったことがある」 静雄はスラックスのポケットから携帯灰皿を取り出し、コンクリートでもみ消した煙草を入れた。 『ええ?!それじゃあ、本当に存在するんだな!すごいじゃないか!』 「俺はついてっただけだけどな。でも願いごとは、叶わなかった。」 見上げれば、空は高い。秋の空だ。風も日に日に冷たくなり、太陽はすぐに沈んでしまう。 あの時も、同じ季節だったことを思い出す。 「どんな願いごとをしたか、はっきり覚えてる。だから叶わなかったんだろ。だけど、」 『だけど?』 「面白かったぜ。どうやって家に帰ったのか思い出せねえくらいに、まぁ、都市伝説と遭遇して興奮してたんだろうな」 セルティは、控えめに画面を叩いた。指の動きが見て取れるくらいに、ゆっくりと。 『誰と行ったんだ?私は、ああいうのはほとんどが恋人同士なのかと思っていたんだが、』 恐る恐ると液晶を向けるセルティに、恋人ではねえよ、と静雄は悪戯っぽく笑った。 「聞いたら驚くぜ。」 『わ、私の知っている人か?』 「ああ、よく知ってる。まぁ、あの頃はまだ、なんつーか、ふつうの会話くらいならしてたんだよな。今よりはまだ、」 静雄はそう言って、立ち上がった。 「わりぃ、もうこんな時間だ。俺、行くわ。」 『え、あ、そうか。じゃあ、また。』 「ああ、じゃあな」 後ろ手に手を振った静雄を見送って、セルティは首を傾げた。 back - - - - - - - - - - |