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交戦の一種なり








豪雨が校舎の屋根を叩いた。その音で会話もままならない程だった。
ごろごろと真上で鳴っている雷鳴が緊迫感を演出している。まだ17時も回らないのに校舎の中は薄暗い。
雨は強弱をつけて降り続いている。だいぶ小雨になったと窓を覗けば、まさしくバケツをひっくり返すような量を降らせたりと忙しない。
校舎の中は静かだった。時折、廊下を歩く靴音が控えめに響く程度で他の音は雨にかき消されているのか、物音ひとつ立っていないのか。

「静雄、もう1度聞いてもいいかい」
「おう」
「傘、持ってないんだよ、ね」
「おう」

誰もいない教室で机に頬杖をついて座っている新羅は何度目かわからない質問を向かいの席で同じ体勢を取っている静雄に投げかける。そして返答も何度目かわからないが同じものだった。

「はぁ、…どうする?」
「濡れて帰ったっていい」
「僕は嫌だなあ、でもこれもうじき止むと思う?」
「さあ」

はあ、とふたり同時にため息を吐き出して窓を見た。相変わらず雨の勢いは増すばかりで、どんよりと曇った空は明るさを取り戻すことを諦めたようだった。

「心配しなくても、もうじき止むみたいだよ。」

突然湧いた声に、新羅と静雄は振り返る。
教室の黒板側のドアにもたれるように、臨也が立っていた。いつもの嫌らしい笑みを貼り付けている。いつの間に来たのか、雨音に気配まで消されたのか。臨也なら自らすすんで気配を消したのだろうと、新羅は思った。

「それは確かな情報かい?」
「さあ。でも最近の天気予報は随分正確だよ。」
「ふうん、それならもう少し待ってみようか静雄」

静雄は答えもせずに窓の外へ視線を外した。だからと言って殴り掛かるわけではないことに新羅は少し安堵する。

「君も傘を忘れたの?」
「残念ながらね。」

臨也はそう言って肩を竦めながら、新羅の隣の席の椅子をずるずると引っ張ってきて座った。
雨は弱まることを知らない。バタバタと大仰な音を立てて降り続く。それをしばらく3人で黙ったまま聞いていた。
その沈黙を破ったのは、意外にも静雄だった。静雄は大きなため息を吐いてから、退屈だ、と言った。

「何かしよっか、」

静雄の言葉を受けて臨也がにっこりと笑みを浮かべた。よからぬことを企んでいるならやめてほしいと新羅は思う。なぜならこの教室内は雨のため窓を閉め切っているので蒸し暑いのだ、そんな中でふたりに暴れられたりそれに巻き込まれたりするのは御免だった。

「なんかってなんだよ」

珍しくも静雄は臨也の提案に興味を向けたようだった。それには発言した当の臨也も少し驚いたような表情をしている。

「恋バナとか、シズちゃんにあるわけないし、新羅のは聞き飽きたし、…そうだな」

臨也は顎に手を置いて考えるポーズを取っている。臨也がこういう仕草をするときは、だいたい最初からやりたいことは決まっているのだ。

「怖い話、とかはどう?」

わざとらしく人差し指を立てて臨也がそう言った瞬間、稲光が教室内を照らした。数秒後に真上に落ちたのではないかと思うほどの雷鳴が轟いて、3人で肩を震わせたのだった。



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「なんの集まりだこれは。」

門田が教室の扉を少し乱暴に音を立てて開けると、中にいた3人はガタンと机を鳴らした。

「なんだ門田くんか…驚かさないでよ」

新羅が心臓を押えて安堵の息を吐く。静雄はまだ身体が窓側に傾いたままだった。臨也が、そこに座れと指で示したので門田は従って静雄の隣に座った。

「急になんだよ、帰ろうと思ってたのに」
「この雨の中?」
「傘あるし」

怖い話をすることを決めた途端に鳴り響いた雷のせいで、恐怖心は増したがテンションは上がってしまった3人は、門田を呼び出したのだった。
臨也がメールを送ると、数分後には駆けつけたところを見れば門田はまだ校舎内にいたようだった。

「危ねえぞ門田」
「何が」
「落ちるぞ、雷」

静雄があまりにも真剣な顔つきでそう言うので門田は「お、おう」と帰ることを断念するしかなかった。

「で?なんかすんのか」

門田は、椅子の背にもたれかかっている臨也を見る。臨也は目を細めると「怖い話だよ」と言った。

「怖い話だぁ?」
「そう、雨が止むまで退屈だってシズちゃんが言うもんだからさ。それに、この中、暑いだろう?外にも出られない。それなら雰囲気だけでも、と思ってね。」

両手を広げて言い放った臨也に門田はため息を零した。そんなことで呼び出されたのかと思うとげんなりとする。静雄はチッと小さく舌打ちをして窓の外へ視線を投げた。門田が項垂れていると、新羅がパンッと手を鳴らした。

「さっ、じゃあ始めようよ!僕からでいいかな?」

新羅はそう言うと、机に肘を乗せて身を乗り出す。それからちょいちょいと手招きをする。3人は素直にその手に従って顔を寄せ合った。
どれだけ近づいても静雄は、臨也を視界に入れることだけは許さないとでも言うように目を逸らしていた割に悪態だけはついていた。

「暑苦しい、臨也くせえ」
「シズちゃんの方がにおうよ。移るから近寄んないで」
「うるせえ暴れんな!」

半そでのシャツから伸びた4人のそれぞれの腕や肘が触れ合う距離で、汗を滲ませながら蒸し暑い教室内で怖い話をする。
今のところ涼しさは一欠けらもやってこない。

「あるカップルがドライブに出かけたんだ。暑い日でね、海でも見に行かないかっていうことでね。国道を走っていると、遠くに海岸が見えてきて、わぁ海だとはしゃいで窓から身を乗り出す彼女。あの海岸で降りようか、と彼の方が問うと彼女は肌が焼けるから通り過ぎるだけでいいと言った。」

新羅は普段よりも潜めた声で語り出した。途中、門田が「海見るだけでいいなら家で海のDVDでも借りて見りゃいいのにな」と硬派なことを言った。

「だんだんと海岸が近づいて来る。ビーチにはひとがたくさん居て賑わっていた。子どもやカップルやいろんなひとがわらわらとね。そして車は時速40キロでそこを通り過ぎた。結構ひとがいたね、とか、今度は水着持って来ようね、とかそんな会話をしながら車は走り続けたんだ。」

「だけど」と新羅が一際低い声で言った。

「だけど、思い返してみたら、その海岸にいたひとたちは全員、座っているひとも立っているひともみんな、海に背を向けていたんだ。」

どうだ、というような顔をしてオチを話し終えた新羅が3人の顔を見回した。臨也は頬杖をついて「ふうん」と、門田は「なるほど」と言った。

「意味わかんねえ。どこが怖いんだよ」

静雄だけが首を傾げているのを臨也がバカにしたように指をさす。

「シズちゃんの頭じゃあ、一晩考えたってわかんないよ。」
「うるせえな、説明しろよ新羅」
「いや説明とかしちゃうと怖さも半減するっていうか」
「だから暴れんなって、あちいだろ」

雨の音は少し弱まったような気がした。その代わり蒸し暑さは増している。
新羅の次は門田が話した。門田は後輩から聞いた実話だと断ってから話し始める。読書好きの彼の話は順序良く整頓されていてわかりやすく、静雄も理解できたようだった。
臨也は静雄と触れ合った二の腕から、彼の肌が粟立つのを感じた。それにつられるように、臨也の腕にも鳥肌がたった。
新羅は割と平気そうな顔をして「次は誰?」と眼鏡を押し上げる。門田が「俺はもうネタ切れだ。」と両手を上げてから

「そんなことより今思い出したんだが、折原。明日の数学の課題見せてくれ」

と、臨也に向き直って言った。臨也は「残念だけど、俺もやってないよ。新羅に見せてもらいなよ。」と新羅を見る。

「ああ、数Vかな?ノートどこにあったかなあ、ロッカーかもしれない。」

新羅が席を立って教室を出て行った。廊下で、門田くんあったよーと声が聞こえると門田も席を立った。
窓のひさしから雨粒がぽたぽたと、ひっきりなしに落ちてくる。静雄はさっき聞いた門田の話を忘れようと、その雨粒を目で追った。
教室内には臨也と静雄がふたりきりだ。

「シズちゃんはいいの?数学」
「もう写してある」なるほど、と言ってから臨也は背伸びをした。さっきまで男4人で身を寄せ合って窮屈な体勢をしていたせいだ。ついでに欠伸もしようと、口を開けた瞬間に、静雄が「あ」と声を出した。同時にガタンと机が鳴る。静雄の膝が机を蹴ったようだった。
ふたりしかいないというのに、静雄はやっぱり臨也を見ようとはしなかった。

「なに、…どうしたのシズちゃん」
「みんなこっち見てたのか」
「は?」
「だから、海に背を向けてたんだろ」

どうやら新羅のした話のオチがようやく理解できたらしい静雄は、オチがわかって嬉しいような怖いような複雑な表情をしていた。

「今更気づいたの?…そうだよ、みんなそのカップルの乗ってる車を見てたんだよ。どうして見てたのかっていう想像を膨らませるといくらでも怖くなる。上手な話だよね。」

おかげで臨也の欠伸はどこかへ行ってしまったようだった。
さっきまでぱたぱたと屋根を叩いていた雨音がぽつぽつと不規則なリズムに変わっていた。もうじき止むのだろうと臨也は思った。
新羅と門田はまだ戻ってこない。静雄は「そういうことか、」と独り言を言いながら窓に視線を戻した。「ねえシズちゃん」

臨也は頬杖をついた肘をぐいと静雄の方へ近づけた。

「もうひとつ怖い話、してあげる」
「…いらねえ」
「そんなこと言わずに聞いてよ。」

頬杖をやめて静雄の耳元へと手を伸ばした。指先が頬に触れると、静雄の肩はびくりと震えた。
手のひらを少し丸めて耳に添える。小さな声で、耳打ちをする。

「ひとりの男だけ見つめている女と、ひとりの男からいつも眼をそらす女とは、結局、似たようなものである。」

フランスのモラリストの言葉だよ、と臨也はそれだけ言うと、かたんと椅子をひいて立ち上がった。
静雄は耳を自分の手で覆って、ゆっくりと臨也を見る。

「ね、怖いでしょ?」

腰を少し折って静雄としっかりと目を合わせた臨也がにやりと笑った。

「さて、雨も上がったみたいだし、俺は帰るよ。バイバイ、シズちゃんまたあした。」

ひらりと手を振って臨也が背を向けた。廊下で新羅が、もう帰るの?と声をかけているのが聞こえた。

「静雄、僕たちも帰ろうか。門田くんも帰ったよ。これくらいの小降りなら大して濡れなくて済みそうだ、し…って、どうしたの?」

静雄は、両腕で自分の頭を抱えるようにして机に突っ伏していた。新羅が声をかけると、のろのろと静雄は顔を上げた。

「またケンカしたのかい?懲りないねえ君たち。静雄、君、顔が真っ赤だよ?」
「うるせえ赤くねえし」
「いや赤いよ、完全に完膚なきまでに赤いよ。」
「うるせえな、帰るんだろ!」

静雄の顔を覗きこむようにしていた新羅を押し退けて、静雄は自分の鞄を引っ手繰って席を乱暴に立った。
ずんずんと大股で教室を出て廊下を歩く。後ろから少し遅れて新羅が追う。

「ねえ、さっき教室で臨也とふたりきりで、何をしてたんだい?」
「なんもしてねえ」
「僕と門田くんが廊下に出ていたのは10分くらいだったよね。その間、ふたりが沈黙していたとは考えにくいなあ。ねえ、教えてよ。」

新羅は間違いなく面白がっている。それくらい静雄にもわかっていた。これくらいでいちいち怒りを爆発させていたらきりがない。

「だから、」
「うんうん」
「だから、別に、怖い話、してただけだ、ろ」

ろ、の言葉と同時にドォンと派手な音を立てて廊下の角に設置されていた掃除ロッカーがクレーターを作った。
それが静雄が繰り出した蹴りによるものだと新羅が気づいたのは、静雄が階段をくだる足音が遠のいてからだった。

「僕にとっては怪談よりこっちの方が数倍怖いなあ」

新羅は掃除ロッカーのへこみを横目で見て、静雄を追いかけた。

















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