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花火









「花火、やろうよ。」

新羅がそう言って電話を寄越したのは22時を少し回ったころだった。
ほぼ寝る準備が完了していた俺は、いや眠いし、と断りはしたものの、新羅の口調が何かを抑えるような、とにかくいつもとは違う様子だったので、渋々了承した。
公園に呼び出され、ジャージのまま赴くとそこには新羅が大量の花火を抱えて待っていた。

「どうしたんだよ、それ」

「やけだよ、やけ。やけ花火。」

意味はわからなかったが、ひとつ聞き返せば益々わけのわからないことを100返されることは目に見えていたので黙ったままでいた。

「僕は未成年だからね、酒を浴びるわけにはいかない。そういうの彼女は嫌いだから。だから花火。健全だろう?」

やっぱりわけがわからなかったが、そうだなと答えて新羅が座り込んでいた地面に同じように座った。
新羅が大量に抱えていた花火の袋の中からマッチとろうそくを取り出して、火をつけた。ろうを少しコンクリにたらしてろうそくを立てる。

「さあやろう!じゃんじゃんやろう!」

そう言って立ち上がった新羅は、がさがさと袋を探って1本花火を手に取った。俺もならって袋を物色するが、探っても探ってもロケット花火しか出てこなかった。
おかしいな、と思う頃にはキーンという耳を裂く音が上空に飛び立った。

「おい、これロケット花火だらけだぞ」

「そうだよ。打ち上げるんだ。言っただろう自棄花火だって」

俺はやっぱり首を傾げるしかなかった。
仕方なくロケット花火の束を手に取る。導火線をひねってひとまとめにして、火をつけた。

「ほら」

そう言って新羅に向ける。

「ぎゃ、ちょ、ちょっと静雄くん!それはまずい!自棄すぎる!わ、わ」

わかりやすく狼狽えた新羅に、なんとなくホッとして笑った。
キューンと大きな音を立てて暗闇に吸い込まれていく花火を見送る。
火花もほとんど散らないし、音しか立たないロケット花火は5束が終わるころには飽きてしまった。

「ほかにねえの」

「あるよ、打ち上げ系」

「手持ちはねえのかよ。」

「手持ちできないことはないよ」

新羅の両手いっぱいに抱えていた袋には線香花火以外は打ち上げの派手なものしか入っていなかった。
こんな時間に音のでかい花火ばかりやってたらそのうち通報されるんじゃないだろうかとも思ったが、新羅がたのしそうにしていたのでその時はその時かと思い直す。

「なんだもう終わりか?」

「あ、門田くん」

「うす」

地べたに座り込んで地熱からくる蒸し暑さに汗を拭っていると、門田が現れた。新羅が声をかけたのだろう。

「まだまだ、夜はこれからだよ」

「ははっ、じゃあ、これ差し入れな」

どさっと門田が持っていた袋を乱暴に置いた。スーパーのビニール袋の中にはペットボトルのジュースやスナック類が入っていた。

「ありがとう、気がきくなあ!静雄なんて手ぶらだよ」

「うるせえな、寝るとこだったんだよ」

まぁまぁ、と門田が袋からジュースを1本手渡してくれたので、礼を言ってキャップをひねった。ぺたりとTシャツが張り付くほど汗ばんでいた体に冷えた飲み物は嬉しかった。

「お、パラシュートやろうぜ」

花火の袋を探っていた門田が大きな筒型の打ち上げ花火を取り出した。

「何個はいってんの」

門田が公園の真ん中に花火をセットして、電線がないか頭上を確認しているところを上から覗き込んだ。

「15個」

「すげえ、」

懐からライターを取り出して、導線を片手で囲ってから火を点けた。その仕草がなんとなく大人みたいで少しかっこいいと思う。
じじじと導火線が短くなって、2,3歩後ずさる。
新羅が随分と後ろの方で

「パラシュート多く拾ったひとの勝ちだから!」

と叫んだ。
何が勝ちなのかとも思ったが、とりあえず勝ちたいとも思った。
パァン!と盛大な音を立てて色とりどりの火花が夜空に咲いた。その余韻に浸る暇もなくゆらゆらと落下してくるパラシュートを追う。

「あつ!あっついんだけどこれ!」

新羅がキャッチしたパラシュートを手放す。その慌てように門田とふたりで笑った。
集計結果は俺が3で門田が5、新羅が2。あとの5個のパラシュートは行方知れずということになった。勝者門田!と新羅が声高々宣言したが、門田は微妙な顔をしていたのがおかしかった。
打ち上げ花火も一通り打ち上げ終わって、余っていたロケット花火は2本ずつくくって砂場にさした。3本のラインのようにさして、端から順に火をつけ、最後の1本にいちばん先に火を点けたひとが勝ち、とまた新羅がわけのわからない提案をしたからだ。
新羅は終わりかけのろうそく、門田は持参のライター、俺は花火に付属していた線香。どう考えても不利だと抗議したが、笑われて終わりだった。
それでも時折吹く生ぬるい風のお陰か、吹き消えるろうそくとライターを後目に線香はしぶとく、新羅に勝者静雄!と叫ばせるに至った。
門田を真似て微妙な表情を作ってはみたが、実はすごくうれしかった。

「あれ、もう終わっちゃったかな?」

門田の差し入れのスナックをつまみながら、ぬるくなったジュースを飲んでいると、臨也が現れた。
どうせ新羅のことだから臨也のことも呼ぶだろうと思っていたからか、あからさまな嫌悪を丸出しにすることはしなかった。お互い。向こうも俺が居ることなんて予想済みだったのだろう。

「残念だね、臨也もうシメの線香花火に取り掛かるところだよ」

臨也はくるりと辺りを見回して、足元に落ちていたロケット花火の残骸をつまみ上げる。

「むしろ有り難いね、そこの金髪のひとがいたんじゃ、今頃俺は火だるまだよ。」

ちょうどロケット花火の束を臨也に向けて発射するところを想像していたのでチッと舌打ちをした。

「じゃあ、線香花火しよっか。」

新羅がぱんと手を叩いた。新しいろうそくに門田のライターで火をつける。

「まあ在り来たりなんだけど、最後まで火種が残ったひとが勝ちね」

新羅がそう言う。言いだすのはいつも新羅だったが、その本人は未だどの勝利も手にしていなかった。
ろうそくを囲んで座り込んだ4人の高校生男子はその言葉に頷いた。

「せーの、」

新羅の掛け声でいっせいにろうそくへ線香花火の先端を向けた。じじっと紙が焼ける音と、火薬のにおいが漂う。

「あれあれ臨也くん、それ君の心のようにちっちゃい火種だね」

「うるさいよ、そういう新羅の火種も派手に弾けてるみたいだけど、そういうのって風に弱いんだよね」

ふうっと臨也が息を吹きかける。やめてよと叫ぶ新羅。

「っていうかシズちゃんさあ、手、震えてない?」

「真剣に持ち過ぎだろ静雄」

「うるせえ集中してんだだま」

黙れと言い切る前にぽたっと火種が落ちた。火種だけが落ちたわけじゃない。つまんでいた紙縒りの部分から千切れて落ちたのだった。

「くっそ」

手に残った紙縒りをぴっと捨てて立ち上がる。ろうそくの側で片足をだんと踏み鳴らした。

「おっま、風くんだろ!」

門田が慌てて花火をかばったが、その努力は実らず、じゅっと火種が落ちる。ったくー、と嘆く門田に気を良くして、残っていたペットボトルを飲み干した。
じじじと線香花火のいちばんの見どころを過ぎた残りふたりの火種はだんだんと小さくなっていった。
申し訳程度にぴょんぴょんと火が跳ねる。
新羅は言っていた。自棄花火だと。何か嫌なことでもあったのだろうか。いつも飄々としている新羅にしては珍しい。
新羅の精神面を揺るがすのは誰かなんてことはだいたい想像がつく。そしてその揺るぎ方は新羅の人生に絶大な影響があることも知っていた。

「おい、臨也」

俺は、臨也に近づく。臨也はちらりと横目で見て、何とだけ言った。
勝負はこれで終わりだろう。あとは後片付けくらいしか残っていない。新羅ならゴミ拾い競争を持ちかけてくる可能性もあったが、花火を買ってきたのは新羅だし、最後の花火くらい勝たせてやろうと思った。
だから特に深い意味はない、と自分に言い聞かせながら、臨也の耳元に息を吹きかけた。

「な!わ!ちょ!シズちゃん!あ!」

予想通り動揺した臨也が耳を押えながら俺を振り返って、集中力の切れた線香花火の火種はぽたりと地面に落ちた。

「勝者、新羅」

俺がそう言うと新羅は笑った。




残りの線香花火は、ちまちまとやるのが面倒になって結局10本ずつ束ねて俺と臨也で競争になった。
その間、門田と新羅はスーパーの袋にゴミを拾い集める。
ぶくぶくと融合していく10本の火種が気持ち悪い。重すぎるそれは奇跡的に同時に落ち、勝敗はつかなかった。

「だいたいシズちゃん、どこで覚えてきたの耳に息を吹きかけるなんて」

「うるせえな、蒸し返すな」

「おい、おまえら暴れんなよ、ゴミが増えるからな」

ひとりひとつずつビニール袋に入れたゴミを持って、コンビニへ向かった。コンビニのゴミ箱にそれを押し込めて店内の時計を覗くと深夜3時をさしている。

「なんだかんだで楽しかったよ。」

そう言う新羅の手にはパラシュートが握られている。おみやげにするんだ、と言っていた。
明るいところで顔を見れば火薬か泥かで全員が汚れていた。お互いの顔を指さして笑う。
コンビニでアイスを買った。俺は財布なんてものを持ってきていなかったので臨也に買わせて、60円のバニラバーを食べた。

「それじゃあ、僕は帰るよ。みんな、また明日ね」

先に食べ終わった新羅がそう言って手を振る。

「俺も行く。じゃあな、また明日」

門田もそれに続いた。
あとひとくちで終わるバニラバーをひとおもいに食べようと口を開いたところで視界が臨也の整った顔立ちで埋まった。
既に上唇はバニラに触れているという時に、臨也の唇がバニラを奪い去った。
冷たいアイスに慣れた唇に、ほんの一瞬触れた臨也の唇は熱を持ったように熱かった。

「仕返し。」

と言って臨也はにやりと笑って、舌なめずりをした。不覚にもその仕草に心臓が跳ねた。

「て、めえっ」

「ストップストップ」

じゃりっと足を踏みしめて、残ったアイスの棒をばきっと指先で折る。臨也は1歩飛びのいて笑った。

「おやすみシズちゃん!また明日ね」

遠くなっていく影を律儀に見送ってから、俺は真っ二つになった棒をゴミ箱へ放り投げた。
唇を拭う。さすがに深夜にもなれば空気が冷えている。涼しいとまではいかないにしても、汗が出るほどではない。
それなのに。
コンビニのガラスに写る自分の赤い顔に舌打ちをして、俺は邪念を払うように家までの距離を走ることにした。
たぶん明日は寝不足だ。









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