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1day




いつものようにシズちゃんが振るう標識を寸でで避ける。
すっぽ抜けた標識が飛んでって、どっかの店のショーウィンドウを粉砕した。
その後くるのはGかかりまくりのパンチ。
これでもかってくらいに振りぬかれる拳は風を切って鳴る。
伊達に何年もシズちゃんと渡り合ってるわけじゃないので
俺も軌道を読みつつ体を傾けながら、忍ばせたナイフを真横に引く。
月の光が反射してナイフの残像がシズちゃんの胸元を走るけど
シズちゃんだって、いつまでもすばしっこい俺の攻撃をかわせないほどバカじゃない。
少しだけ身を引いて、俺のナイフを避けたシズちゃんの次の攻撃はなんだろう。
足か拳かはたまた自販機か。
だけど残念ながら近くにあった標識はついさっき1店舗を破壊したばかりだし、
辺りを見回しても、シズちゃんにとっての凶器は見当たらない。
それならやっぱり、素手でくるだろうと睨んで、ナイフを逆手に構えた瞬間、
野生の瞬発力が俺の動体視力を上回った。
シズちゃんの磨り減った革靴の先端が弧を描いて俺の利き手を弾いた。
上に弾き飛ばされたナイフが地面に叩きつけられるのと同時に指先から痺れが回る。
折れてはないみたいだけど、こりゃあ明日腫れるだろうなぁ、なんて
こきこきと手首を上下させてなんかいたら、
さっきナイフを蹴り飛ばすために左へ伸ばした足を折り返すように右へ足を蹴りだすシズちゃん。
2度も蹴られたんじゃ、男が、廃、るッと。
その回し蹴を屈んで避けてみたけど、ちりっと髪の毛の先が焼けた。なんて力だ。
おれもお返しとばかりにスマートな段蹴りをしてみせるけど、シズちゃんの避け方ときたら
ドタドタと不恰好なもんだから、思わず笑ってしまう。
そんな俺に、何本目かわからない青筋を額に浮かばせながらシズちゃんも笑う。
間合いは充分。
次の一撃で今日はお開きになるだろう。
シズちゃんの次の手は、バカがつくほど正直なドストレート。
たまには正々堂々と、俺もストレート勝負といきましょうか。
シズちゃんが繰り出す右手をぐんと引いた。あの反発がこれから自分に向かってくる。
俺もならって、若干斜め下に肘を引く。
カウンターで両者ダウンなんてことには絶対ならない。
なぜならシズちゃんのこのパンチを食らった時点で、この世にはいられないからだ。
ほらほらシズちゃん、お望みのストレート勝負だーよっと。
パチンと軽快な音を立てたのはバタフライナイフ。俺の武器がひとつだなんて思ってた?
お互い肘が伸びきらないところで片方は素手、片方はナイフ。
この間僅か0,何秒の世界だ。
シズちゃんは俺のナイフの軌道を読みきって顔を傾ける。
俺もシズちゃんの力任せの拳を避けるために顔を傾けた。
しゅんっと耳元をシズちゃんの拳がすり抜ける。
ぴっとシズちゃんの靡いた金髪をナイフが先端5ミリ切り裂いた。
それはほぼ同時。
そしてシズちゃんの長いだけでなんの役にも立たない軸足が俺の全体重を乗せた軸足にこつんとぶつかる。
あ、れ?
足が前に進まないということは、つまり、振り切った拳の勢いに体が持ってかれるということであってそれで。
このままじゃシズちゃんとあわや正面衝突?なんて危機を回避するべく重心を落としてブレーキをかける。
シズちゃんもまさに同じことをしようとしているらしく、食いしばった歯がぎりりと鳴った。
キキーッという効果音が今にも聞こえてきそうなくらいの急停止も虚しく、シズちゃんと俺は
それでも半分くらいに弱まったお互いのスピードのまま額と額をごっつんこさせることに相成ったのでした。
ちゃんちゃん。
なんて、終われるはずもなく。
ごつっと弾かれ合った頭は後方に仰け反り、今度はその反動に体が引っ張られふたりで尻餅をつく。
恥もへったくれもなくおでこをおさえてゴロゴロとのたうち回りたいほどの痛みを抑えて、ぐっと体を縮める。
シズちゃんは大した痛みはないのか、赤くなったおでこよりも口元をなぜかごしごしと拭っている。
あれあれシズちゃんもしかして?
さっきの激突シーンを回想してみると、確かにシズちゃんのくちびるが俺の鼻先を掠めたんだけど。
もしかしてもしかして?シズちゃんはくちびる同士がぶつかったとか思ってるのかなあ?
にやりと口角を歪めると不思議とおでこの痛みは遥か彼方。

「シズちゃん、もしかして、ファーストキスだった?」

「・・・ッ!!」

俺が尋ねるとぼふんと爆発したみたいに耳まで真っ赤に茹だったシズちゃんは、さらにゴシゴシトくちびるを拭う。
ちょっとそれ大袈裟過ぎない?
仕舞いにゃぺっぺと唾まで吐き出すもんだから、舌は入ってないでしょうがと無駄な突っ込みを入れたくなった。
未だ口元を赤くなるほど擦り続けるシズちゃんに、四つんばいになってそっと近づく。

「ウソだよ、シズちゃん。」

にっこりとエンジェルスマイルを向けてシズちゃんに言う。

「さっき君のくちびるが当たったのは、こーこ。」

つんつんと自分の鼻先を指先で指す。
シズちゃんは目を点にして暫し考え中。

「だから、」

放心してるシズちゃんはほっといて話を続けさせて戴きますとばかりに、俺はもう2歩シズちゃんに近づいて、まさに目と鼻の先な距離。

「これが、シズちゃんのファーストキッス」

ちゅっ、なんてかわいらしい音を立てて尖らせたくちびるをシズちゃんの擦り過ぎでひりひりしているだろうくちびるに押し付けた。

「アハハ!!奪っちゃった〜〜!!!」

ああおかしい笑いが止まらない。抱腹絶倒とはこのことか!なんて捩れる腹を抱えながら、さらに放心しているシズちゃんを見る。
一瞬で血の気が引いて真っ青になったかと思ったら、どかん!とさっきよりも大きな爆発をして一気に真っ赤になったシズちゃん。
そのうち正気を取り戻し始めたのか、ゆらりと立ち上がり、こめかみには青筋がぴきぴきと、一本、二本、・・・。

「シズちゃん!なんてかわいそうなんだろうね、たいせつなファーストキスをいちばん憎んでるこの俺に奪われるなんて!」

演技がかった身振り手振りで言うと、完全にシズちゃんのいろんなものがぷちんと切れたようだったので、俺は腰を上げる。
体を低く構えて、一歩足を退いた。

「い〜〜〜〜ざあ〜〜〜〜〜やあ〜〜〜〜〜・・・・ッ」

シズちゃんの足が地面を蹴ったのと同時に俺も走り出すけど、俺が追いつかれることはまずない。
愉快愉快!
たたっと軽快にステップなんかを踏みながら、走る。
見た?見た?シズちゃんのあの顔!青くなったり赤くなったり!
天下の平和島静雄が、ファーストキスごときで百面相だよ?!
あー失敗した、写メっとけば良かった。あとで強請ったり、校内にバラまいたりできたのに。時間よ、戻れ〜。
なんてね。
ちらりと後ろを振り向けば、肩で息をして性懲りもなく制服の袖で口元を拭ってるシズちゃんが小さく見えた。
まぁいいや。
シズちゃんの百面相や、意外にもやわらかかったくちびるも、ぜんぶ正確に克明に思い出せるし、
誰かに見せる気なんてさらさらないし。

「シーズーちゃん!」

遠くで苛立ちを持て余してるシズちゃんに声をかける。

「次は、もっと、ゆーっくりしようね!」

お日様が隠れた屋上なんかどうかな?なんて付け足したら、次なんてねえ!!!!って真っ赤な顔して怒鳴られたけど、その表情さえも、他の誰にもひ・み・つ!
なんてね!






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