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one time 04








早朝に鳴ったインターフォンに対応する人間はひとりしかいなかった。
家族はみんな出払っていた日曜日の午前。
まだベッドの中でうだうだとしていたところに鳴ったピンポンという間の抜けた音。

(めんどくせえ)

そう思って1回目は無視した。そして2回目。3回目の音は少々頼りなさげだ。
休日の朝から不在宅のインターフォンを鳴らす空しさを想像して玄関の外にいる誰とも知らないひとを気の毒に思った。
のも、つかの間。
けたたましく鳴ったのは、枕元に置いてあった携帯だった。
着信を知らせるそれは、ぶるぶると震えながらベッドの上を滑った。
仕方なく手に取り通話ボタンを押す。

「シズちゃん?おはよう。まだ寝てるの?」

「…臨也か?」

「そうだよ。折角の日曜なんだ。デートしようよ。早く起きて?」

「起きてるよ」

「じゃあ居留守なんてやめて玄関開けて」

その言葉を聞いて、少しでも同情したインターフォンの他人が臨也だったことを知る。
ふうとため息をついて俺はベッドから這い出す。
まだ通話を切っていない携帯をベッドに投げると、スプリングでぽよんと跳ねた。
寝間着代わりのスウェットとTシャツのまま階下へ下る。
玄関に配置された姿見でちらりと自分の顔を見ると、あちこちに散らかった髪の毛とあからさまに寝起きの顔にげんなりした。
かちん、と鍵を開けてドアを押し開く。
そこには、俺とは違ってすべての身なりがしっかりと整った臨也が、優等生の笑顔でそこに立っていた。

「シズちゃん出かけようよ。」

ぽりぽりとTシャツの裾から手を突っ込み腹を掻く俺を見てにっこり笑った臨也が言った。

「…めんどくせえ」

「そんなこと言わずにさあ。だって、今日は俺たちが付き合い始めてから初の日曜日だよ?俺は割とそういう細かいアニバーサリーを大事にするタイプなんだ。」

ふああとあくびをする。本当にめんどくさかった。これからシャワーを浴びるのはいいとして、服を着替えて、外に出て電車に乗って人ごみの中に向かうと思うと、全身が拒否するようにだるくなった。

「別に出かけなくたって記念日は記念日だろ。ここだっていいじゃねえか。」

なんの考えもなしに俺はそう言った。ただ単に外に出たくなかっただけだ。
なのに臨也は目をぱちくりさせてから、いいの?と言った。
そういえば玄関に突っ立ったままだったということに今更ながら気づき、上がれよと背を向ける。

「ご家族は?」

「みんな出かけた。」

「そう。じゃ、お邪魔します。」

臨也は靴を脱ぐと丁寧に膝をついてそれを並べた。

「なんも出ねえけど。」

「かまわないよ。」

学校の知り合いを家に上げるのなんて初めての経験だった。
思えば臨也にはいろいろな初めてを教えてもらっている。
殺したいほどに憎んだのも、まつ毛の揺れ方も見えるほどに接近したのも、キスをしたのも、ぜんぶ俺にとっての初めてだった。
そして、まやかしだとわかっていながらも、こんな嘘に付き合うのだって、そりゃ初めての経験だ、と心の中であざ笑う。

「へえ、片付いてるね」

部屋に招き入れると臨也は驚いたような声を上げた。そこに揶揄は含まれていないように感じる。
俺は急に寝乱れたままにしてあったベッドが恥ずかしくなって、布団を乱暴に整えてその上に座った。
臨也には、名ばかりの勉強机についている小ぶりのデスクチェアをすすめた。

「俺もそこがいいな。」

それなのに臨也はその椅子には座らず、俺の隣に手をついて

「いい?」

と顔を近づけてきたので、咄嗟に背ける。

「好きにしろよ」

「じゃあ、ここで」

ぱふんと控えめに臨也はベッドに座る。
窓が少し開いてるせいで、肌寒い風が小さく通り抜けた。
臨也は物珍しそうに、部屋の中を見回している。
お互い無言だ、いったいこれに何の意味があるというんだろう。

「シズちゃん、本とか読むんだね。あ、このCD俺も持ってる」

臨也が部屋の隅に配置してあった本棚を見て言った。その棚には文庫本や漫画やCD、DVDがなんの秩序もないままに置かれている。

「ああ、弟に借りた」

「へえ、こういうの、好きなの?」

「まぁ、」

「でもこれ3年くらい前のだね。新しいの聞いた?」

「いや」

「なんか評価高いみたいだよ、俺は別に遜色ないと思ったんだけど、あ、今度貸そうか?」

「あ、ああ、でも」

「ああ、そうだね、じゃあCD焼いてくるね。」

どちらもどちらの顔を見ずに、片隅の棚を注視しながら流れる会話がおかしかった。
何も言っていないのに、自分が借りたことを忘れて悪気なく返さないタイプだということも汲んでいる臨也に、堪えきれず吹き出す。

「なに、どうしたのシズちゃん」

「いや、別に。なんか普通だな、と思って」

臨也は少し驚いたような顔をしてから、ほんとにね、と言って笑った。
その笑顔は、今まで一度も見たことのないようなものだった。眉を緩やかに下げて、控えめに弧を描いた形の良い唇が、まるでここには存在しない幽霊みたいなはかなさを持っていて、思わず手が伸びた。

「シズちゃん」

聞き慣れた臨也の声がうまく聞こえなかった。それを邪魔しているのが自分の心臓の音だと気づいたころには、ふたつの唇は重なっていた。
キスばかりしている、となんとなく思った。そこいらの恋人同士はこんなに毎日のようにキスしているのだろうか。
でも、俺にはタイムリミットがあるから。
自然に言い訳のように考えていることにまたおかしくなる。
臨也の手が俺の後頭部に回った。やわらかく髪を掴まれる。ああ、そういえばまだシャワーも浴びていない。

「はぁ」

臨也が息を吐いた、それは火傷しそうに熱い。自分もそう変わらない。
目が合う。臨也の唇は濡れていて、何か言いたそうに少し動いて、それからまたきつく閉じられた。
間ができて、急に恥ずかしくなって紛らわすように、臨也の肩を掴んでいた手を解いて自分の髪をかき混ぜた。

「ねえ、シズちゃん、世の恋人たちが彼氏の部屋のベッドの上でキスをしたら、その次は何をするか知ってる?」

にやり、といつもの嫌な笑みを浮かべる臨也。

「家族は何時に帰る予定かな?シズちゃん」

俺の髪をゆるく握っていた臨也の手がするりと背中を撫でた。ぞわっと鳥肌が立つのと顔に血液が集まるのはほぼ同時で、びくっと肩を震わせた俺を臨也は笑った。

「何もしないよ。」

パッと両手を上げて臨也は言った。からかわれるのには慣れている。こんなことで部屋を壊したくなかった俺は、これ以上イラつかないためにも立ち上がった。
こんな狭い空間にふたりだけで居るのが良くない。今日はやっぱり外へ出よう。

「どこ行くのシズちゃん」

「シャワー浴びてくる」

「え、その気になっちゃったの?」

「ちげえ!」

手元にあったクッションを臨也にぶつける。それでも力は最小限にとどめたつもりだった。
ハハ、冗談だよと臨也は笑ってクッションを抱きしめた。

「10分、」

「え?」

「10分で上がってくるから、そしたら出かけんぞ。」

「だってシズちゃん」

「気が変わったんだよ。いいな」

返事を待たずに部屋を出た。階段を下りる足音は荒っぽい。
気を抜いたら上がってしまう口角を隠すように口元を拭った。















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