SS | ナノ

グロウ




注:たぶん恐らく死ネタというやつだと思います。苦手な方はご注意ください。















彼は順調に年を重ねた。脱色を繰り返し痛んだ髪は細くなり白いものも混ざる。
痛みに鈍感なところや身体の強度などは衰えることはなく、未だ彼の肌は傷一つない。
それなのに白いベッドに横たわるその姿は今にも消え入りそうに儚い。

臨也はあまり老けなかった。勿論身体的な衰えは感じたが実年齢より20歳くらい若く見られることが多かった。
自嘲気味な笑みがこぼれる。化け物に囲まれ続けた結果、自分も化け物になってしまったのだろうか。

眠っている彼はもう臨也を追いかけることをしない。どんなにからかっても眉さえしかめない。怒りを露わに低い怒声を上げることもしなければ自販機を投げ飛ばすこともしない。
ただこうやって、白く細いくしゃくしゃの腕から栄養だけを取り込んで目を閉じているだけだ。
どうして息をしていられるのか不思議だ、と新羅は言っていた。それほどに重い症状なのかどうかも臨也は知らなかった。

ふと視線を感じて四角い室内を見回す。窓は網戸になっていて柔らかな風がレースのカーテンを揺らした。
窓の向かいには小さな水盤があり、縦に楕円の鏡が壁に張り付いている。その隣に目を移せば、学生服を着た18歳の臨也がこちらを睨みつけていた。
ああ、憎いのだろうな、と思った。
18歳の臨也は現在の臨也を憎々しく思っているのだろう。高校生だったあの頃、生々しいほどにリアルだった感情を継続して持ち続けたくせに関係にはなんの変化もなかった自分を責めている。そう思った。
ただ単にその眼差しはまるっきり平等でない未来への嫌悪だったのかもしれない。
瞬きも忘れたようにじいっとこちらを捉える18歳の黒く艶やかな髪をぱしんと叩く手が現れた。

『イッタ!ちょっとシズちゃん叩かないでよ!』

そう言って18歳が見上げる視線の先には、仏頂面のままもう一度平手を構える高校生の静雄が居た。
さっきまで射抜くようだった眼光は途端に緩められ、得意の皮肉まじりの笑みを携えながらも、その表情は穏やかな18歳の臨也を、現在の臨也は少しうらやましくも思う。
ふたりは肩を並べて、遠くへ消えて行った。

これは幻ではない。彼らは今現在ここに居て、そして続いていくのだろうと臨也は思う。
ベッドの上には不規則に呼吸を繰り返す真っ白な彼が相も変わらず横たわっている。
臨也は自分の指先を見た。節ばかりが目立つ痩せた指だ。
とくにこだわりがあったわけでもなかったが嵌め続けてきたシルバーのリングをつまむ。
後悔はしていないと思う。これ以上にどうすれば良かったのかなんて幾ら何年考えても思いつかなかった。
逆に高校生の自分に問いたいくらいだ。どうしたかったのか。どうなりたかったのか。その答えは今になっても見つからなかった。


どすっと軽い音がして枕にナイフが突き刺さった。横たわる彼に覆い被さって、ナイフを振り下ろしているのは黒いコートを羽織った24歳の臨也だ。
バカだなぁと思う。そんなことをしなくても彼はすぐに消える。
それでも何度も刺して引き抜いて刺すその姿は祈りの儀式にも似ている。ふいに顔を覗き込むと、口元には笑みを浮かべているのにその濁った瞳からは今にも何かが溢れ出しそうに歪められていた。

『俺を…ッ、見な…よッ』

その小さな声は水滴のように臨也の心臓にしみ込んだ。跡形もなく、いや以前からここにあるのが当たり前のように。

そうか。そうだったのか。

24歳の臨也はまた枕にナイフを突き立てて引き裂いた。少しの羽毛と、プラスチックの粒が零れ落ちる。
ぱらぱらと散らばるそれを見ながら、臨也は少し笑った。
24歳は未だナイフを振るう。
それは子どものわがまま、癇癪のようだ。まさにそうだったのだ。

急に24歳が動きを止めたかと思ったら勢い良く後方に吹っ飛んだ。
病室の淡い色の床を黒いコートが滑る。
なんの力に拠ってそうなったかなんて臨也は安易に理解できたので壁に激突する黒いコートを見ない内に目線をベッドに移した。
臥床する彼を守るように、見慣れたバーテン服の静雄が立っていた。しっかりと武装されたタイと、青いサングラスが静かな太陽の光に反射した。ふわりと煙草の匂いがする。
光る金色の髪を見た途端にこみ上げる、胸をせりあがってくるこの感情をなんと言ったのだろうと臨也は思った。
見た目は若く見えても精神はそれなりに老化しているのか、感情が鈍くなっているせいで、思い出せない。
だけどこの甘くて苦くて切り刻まれるかのように痛い、これは。

「シズ、ちゃん」

ガタンと、座っていたパイプ椅子が鳴って、自分が立ち上がっていたことを知る。漏らした声はかすれていた。
バーテン服の静雄は臨也を見ない。一直線に24歳の自分を見ている。
きっと自分はただただひたすらに、彼の視線を独占したかっただけなのだ。
どうなりたいわけでもない、どうしたいわけでもない。ただそれだけだったのだ。
どうしようもない子どものわがままだ。それをあの手この手を使って、派手に地味に、演出して、本意を隠していただけだった。

殴られた臨也はすぐに立ち上がると笑った。18歳のときと同じ笑みだ。それはそうだ、と思う。いちばん欲しい視線を集めることに成功したのだから。
黒いコートを翻して、24歳の臨也は消えた。それを追いかけてバーテン服も走り出す。そして揺れるカーテンの向こうへ、消えて行った。

18歳の臨也も24歳の臨也も、静雄に追いかけられていた。その事実に可笑しくなる。
客観的に見れば、追いかけられたくて手を尽くしている自分がありありとわかる。
簡単なことだった。と臨也は一歩ベッドへ近づく。

「簡単なことだったんだよ、シズちゃん」

声はやっぱりかすれていた。やはり自分も年を取ったなと思う。
静かに眠る彼を真上から見下ろした。痛みつくした髪を、おそるおそる撫でてみる。
難しく考えすぎて答えが見つからなくて、見つけることを諦めて歪めた結果がこれだ。
最初から歪んでいたのかもしれない。

『だからてめえはノミ蟲だっていうんだ』

後ろから声が聞こえた。振り返る前に声の主が臨也を追い越した。
それは高校の制服を着た静雄だ。

『てめえの考えてることはさっぱりわからねえ』

そう言って静雄は、ベッドの上で眠る彼に重なって消えた。

『池袋には二度と来んなっつったろーが』

今度は水盤の方から声がする。すぐに振り返ると、煙草の紫煙を吐き出す静雄がバーテン服で立っていた。
かつかつと革靴を鳴らして臨也とすれ違う瞬間に

『臆病者。』

とだけ呟いて、また彼に重なって消える。

「シズちゃん」

くしゃくしゃに細くなった指先に触れる。そして針を刺すのに大変な苦労をしたと新羅が言っていた点滴をいっきに引き抜いた。
血は出なかった。

「シズちゃん」

手を握った。もしかしたら初めてかもしれなかった。18歳と24歳の静雄が彼に帰って行ったように、18歳と24歳の臨也もまた自分に帰って来たのだろうと臨也は思う。
だからこんなことを考えるのだ。とても鮮やかな色合いで体中を埋め尽くすこの感情。


「     」


声にならない声で囁いた。何度も何度も紡いだ。
何十年分を込めて、この甘くて苦くて切り刻まれたかのように痛い思いを。

「シズちゃん」

彼の胸に顔を埋めた。握った手は離さずに。














「おそいんだよ、ばーか。」






















back
- - - - - - - - - -
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -