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Oh yeah !









「むりむり、もうむりだからね」

そう言って新羅が似合わない汗を流した。腕まくりをした白いシャツがまぶしい。
蝉が鳴いている。大合唱だ。開け放した窓からは温い風がカーテンを揺らしている。

「無理って、まだいっこしか出来てねえだろうが」

「だってこれ見た目よりぜんぜん重労働だからね?」

やってみなよ、と言ってから新羅は、やっぱいい、と言った。
静雄がやったらどうなるかなんて、わかりきってることを思い出したのだろう。
自然と笑みがこぼれた。


どこから持ち出したのか、放課後急に門田が現れ、これを置いていった。
どこそこの部活の助っ人をしたら自由に使ってくれと言われたとかなんとか。
そしてそのまま門田はその助っ人を続けにまた出かけてしまった。出来る頃には戻ると告げて。
静雄と新羅の間にある机の上に、どっかりと存在を主張している大量の氷と、氷かき機。
青い色をしたそれは、ペンギンの形を模していて、そのくるくると丸い目はじっとりとふたりを見つめていたのだった。
仕方なく、氷を詰めてかき始めたものの、体力のない新羅は、用意周到な門田が一緒に置いていったカップの半分も氷で埋めることができないでいた。
かわいらしいペンギン型は手動だった。
静雄が手を出せば簡単に粉砕してしまうだろう、か弱い作りだということは一目で確認できたため、役目を新羅が不承不承かって出た。
その代わり静雄は、大きめだった氷塊を細かく砕く作業についた。

「静雄、残念だけどもう僕にはひとかけらの力も残っていないよ。」

「カップ、10個あるぞ?」

「そんな!だって一体誰が食べるっていうのさ!今日の気温を見たかい?こんな暑い教室内じゃ、できた端から溶けて消えるよ!なんなのその非生産的な労働は!」

落ち着けよ、と言って、これまた門田が持参したイチゴシロップを氷にかける静雄を見て新羅はまた吠えた。

「まさか君、それ今から食べる気じゃないよね?」

「…ダメか?」

スプーンを片手にシロップの蓋を閉めた静雄は、首を傾げる。

「ダメに決まってるじゃないか!僕が汗水垂らして作ったかき氷を!」

「だって非生産的なんだろ?なら溶ける前に食った方がいいじゃねえか。」

「そうだけど、そう言ったけど、そうじゃないだろう?!」

ガタンと新羅がテーブルを叩いたのと、静雄がイチゴかき氷をすくって口に含んだのと、誰かが教室の扉から入ってきたのはほぼ同時だった。

「あーーーー!食べたーーー!」

「ふるへーな」

「何やってんの…?」

うしろの扉から顔を出したのは臨也だった。静雄の持つスプーンとカップを奪おうと手を伸ばす新羅。ふたりが一斉に臨也を見た。

「見ればわかるでしょ。かき氷作ってんの!」

新羅がやみくもに手を伸ばすのを、すいすいと避けて静雄はもうひとくち赤い氷を食べた。

「どう見ても、ひとつのかき氷を奪い合ってるようにしか見えないけどねえ」

「それも、正解!」

また的外れな新羅の腕が伸びたところで、静雄は素直にそのカップを受け渡した。

「はぁ、無駄な汗を流したよ。」

新羅はそう言うと、やっと腰を落ち着けて、受け取ったかき氷を頬張った。
しゃくしゃくと、涼しげな音を立てる氷。
窓際から一列離れた長方形の机の短辺に臨也が椅子を持ってきて座った。
机の上に鎮座するペンギンを囲むように3人の男が座っている。

「ドタチンがかき氷くれるっていうから来てみれば、」

「悪いけど、僕にはもうこのハンドルを回す気力体力共に残ってないよ。」

ポンと新羅がペンギンの頭頂部についている取っ手を叩いた。
そうみたいだね、と臨也が笑う。

「こっちの頭の悪そうな金髪のひとは、一発で壊しちゃいそうだものねえ」

「うるせえな、わかってんだったら、てめえがやれよ。」

「はぁ、シズちゃんってどうしてそういう口のきき方しかできないのかなあ」

臨也が手を広げて大袈裟なリアクションを取る。静雄は不機嫌そうに視線を外した。
教室の壁にかけられた湿度計がありえない数値を指している。静雄の半そでのカッターシャツは汗でべたついた。
暑さのせいか、存在を主張する丸いフォルムのペンギンのせいか、いつもだったら手を上げているだろう臨也の発言にも目を瞑った。

「貸して」

臨也はそう言って、新羅を押し退ける。場所を移動して、ペンギンの前に立つと手動のハンドルを手にした。
じゃりじゃりと大きな音を立ててハンドルが回る。ペンギンの腹部のあたりに置かれたカップにきらきらとした氷が落ちてくる。
新羅は静雄から奪ったかき氷を食べている。静雄は、氷を砕く作業に戻りながらも、ハンドルを回す臨也の細い腕を見た。
夏だというのに日焼けのあとも見当たらない白い腕に青白い血管が浮かぶ。

(こいつも男なんだなあ)

そんなことを静雄はふと思った。当たり前のことだったと頭を振る。

「どうだい臨也、けっこーキツイだろう?」

「まあ、ね」

かき氷は3つ出来上がっていた。あとはシロップをかければ完成だ。
いつだって涼しげな顔をしている臨也の額からは一筋汗が流れた。
日の長くなった午後、いまだ太陽はその力を誇示している中、光に反射する汗と氷が眩しい。
相変わらず生ぬるい風は、ただ教室の中を通り過ぎるだけだった。
4つ、かき氷ができると臨也は、ふうと息を吐いて椅子に腰かけた。
それとって、とまとめて静雄の側に置いてあったプラスチックのスプーンを指さしたので、静雄は一本取って渡した。
新羅は喜々と赤いシロップを氷に垂らして、ふたつめのかき氷を食べ始める。

「うーわ、体に悪そ」

臨也もシロップをかけた氷をスプーンですくってからそう言った。
静雄はかけたシロップがまんべんなく氷に滲みるようにスプーンで混ぜる。

「はー…あっついね、」

新羅がスプーンをくわえたまま、そう言って窓の外をぼんやり見つめた。薄いカーテンがひらひらとはためいた。
真っ青な空には積乱雲が浮かび、まさしく夏だということを象徴していた。
静雄はひとくち、赤い氷を口に運んだ。しゃりっと溶けてじんわりと冷たさが口内に広がる。思わず微笑んでしまいそうなくらいな気分だった。

「でもさあ、似合わないね、」

「何が?」

唐突に臨也が口角を歪めて言ったのを、新羅が聞き返す。臨也はスプーンで静雄を指すと、

「シズちゃんと、イチゴのかき氷」

と言って笑った。
ペンギンの丸い目も自分に向けられているようで、その屈託ないくちばしさえもあざ笑われているかのようで、静雄のこめかみには青筋が走る。
まだシロップの甘さが静雄の怒りを抑えている。
ここで暴れたら、完全にこの小さなブルーのペンギンは死んでしまう。それは借りてきてくれた門田に迷惑がかかる。それだけは避けなければならなかった。かと言って、この臨也に感じる言い知れない憤りを発散させる術を静雄は持ち合わせてはいない。
いつもなら殴り掛かって、臨也が逃げて、逃げ切ったら終わり。
でも今は、この疑いようのない夏の空気と甘いかき氷を堪能したかった。
そのふたつの強い思いがぶつかりあった結果、折衷案として、静雄は転がっていたまだ砕かれていない氷塊を手に取った。

「イッタ!」

静雄の中では極々軽い力で臨也の頭を目がけて氷を放った。見事額に命中したそれは、ころころと床を滑って新羅の足元に転がる。
臨也が、門田のためにと作っておいたシロップのかかっていない氷をひとすくい静雄に向かってなげる。

「つめてーな」

「当たり前でしょ、氷なんだから」

ガタン、とふたりが座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がる。互いに臨戦態勢だ。臨也は薄く笑みを浮かべ眉を寄せる静雄を挑発している。
間に座ったままの新羅が、ふうとため息をついて足元の氷を拾う。次いで静雄の前に置いてあった氷をもうひとつ手に取る。
にらみ合っているふたりは新羅の動きには気づかない。
新羅は、まず静雄のシャツの襟足をぐいとひっぱると、その中に氷を入れた。

「ッッ!!」

声にならない叫びをあげて静雄の体が反る。届かない腕で背中をまさぐっても、逆に氷を皮膚におしつけるだけで終わる。
それを見て笑い声をあげる臨也の襟足も新羅はひっぱる。何をされるか既に学習している臨也は抵抗したが、からんと静雄に入った氷が床に落ちたあとは静雄が加勢したせいで、臨也もまた声にならない悲鳴を上げることになった。
ひとしきり悶絶する臨也を堪能すると、今度の標的は間違いなく新羅だった。
もちろんそんなことは予測済みの新羅は、氷と格闘する臨也とそれ見てバカにする静雄の隙を見てこそこそと退路を確認していた。

「逃げられるとでも思ってんのか」

静雄の低い声が聞こえ振り返ると、その両手には一際大きな氷塊が握られている。

「そんなわけないよねえ?新羅」

いつの間にか新羅の背後に回っていた臨也に囁かれて、退路は完全に絶たれる。

「ひっ、ひっ、」

ヒィ!と甲高い新羅の叫びが響いた。こういうときのコンビネーションは抜群なのが皮肉だ、いつもいがみ合っているくせにと新羅は思った。口には出さない。さらなる仕打ちを恐れて。
手足をおさえられ、背中に入った氷が水になるまで解放されなかった新羅も、やられるだけで終わる男ではなかった。

「言っておくけど、僕には君たちみたいな体力はないんだからね、その辺考慮した上で頼むよ」

「ハンデを得ようなんてそんな資格、君が氷を手に取った時点で既にないよ。」

「とりあえず、ノミ蟲は死ね」

3人とも両手に氷を持ってにらみ合った。そこには堪えきれない笑みが浮かんでいる。
静雄が先制とばかりに臨也の襟首をつかんで氷を入れ、その隙に新羅は背伸びをして静雄の背中にお見舞いする。
最後にはどたばたと教室中を走り回るはめになり、新羅はさっさと戦線離脱をはかった。
結局、いつものあのふたりの武器が氷だけで留まるはずもなく、机や椅子が飛び交う。
そんな中、ガラガラと扉から入ってきた門田に気付いたのは言うまでもなく新羅だけだった。

「遅いよ門田くん、」

「遅いって、…なんだこれ」

「ペンギンだけは静雄が死守してくれたよ。」

はい、と新羅は門田にカップを手渡す。その中身は、ちゃぷんと揺れるただの水だ。
大量にあった氷はあちこちで水と化している。教室中で机や椅子やその他もろもろの物が散乱し、黒板の前では暴れるふたりが尚も破壊を続けている。
そんな中で、傷一つなく門田が持ってきたままの状態でいるブルーのペンギン。

「このあちー中、よくやるな」

「ほんとにねえ。」

ふうと門田はため息を吐いて、

「もっかい氷もらってくるわ」

と言って手を振った。新羅は、その前にまずあのふたりを止めて欲しかったし、かき氷はもうこりごりだとも思った。
新羅は教室の端っこの机の上に座り空を見た。
あのふたりはあの喧嘩で、自分と門田は後片付けで、結局汗をかいて、また甘いイチゴ味のかき氷を食べるのだろうと想像しておかしくなった。
時計は夕方を指しているのに空はまだ青かった。やっぱり風は生ぬるく、蝉の声も止まない。
その蝉の声をも上回る大きな音で、机が宙を舞った。









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