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ライン 2




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「俺は今、最高に機嫌がいいんだ。だから邪魔すんじゃねえよクソノミ蟲」

「それは奇遇だねシズちゃん、俺も今最強に上機嫌だよ。だからどっちかというとそれは、俺のセリフなんだけどなあ」

仕事の休憩時間に公園のベンチを占領していた静雄の前に、天敵である臨也が現れた。
隣でだらしなく腰かけているデリックのことは、やはり見えないらしい。

「これからこの公園でクライアントに会うんだよ。暇を持て余して筋肉の天日干ししてるような君とは違うんだ。さあさあ、さっさと仕事に行きなよ。」

ぷちんと、こめかみの辺りで音が鳴った。
何かが、静雄が、キレる音だ。今まで何度も聞いて耳慣れた音を合図に静雄はいつも力を振るうはめになる。
そして目の前にいる黒ずくめの男は静雄をその状態にさせることに関しては右に出る者はいないほどだった。

「おい、デリック」

「ん?」

「こいつ消せ。」

「え?」

「こいつを消滅させろ。ふたつめの、願いごとだ。」

臨也にしてみれば、静雄は急に一人で喋り出したように見えている。
一瞬眉根を寄せてから臨也は盛大に笑った。

「シズちゃん、最近あっつくなってきたからって頭が湧くにはまだ早いよ?ついに妖精さんとお話できるようになったのかい?」

良かったねえ首なし以外の友達ができて、と臨也はまた笑った。
すうっと、デリックが立ち上がって臨也を見た。

「わりぃ静雄。こいつは、折原臨也は消せない。」

デリックはそれだけ言った。
ベンチを投げ飛ばして、水飲み場を破壊してから逃げた臨也を追うこともしないで静雄は考えた。

(臨也は、消せない?)

どういうことだろう。
考えるのはあまり得意ではない。数秒頭を占領したそれは、すぐに霧散する。

「殺生はできないってことか?」

「うーん、…そういうことで、いいと思う。」

デリックは歯切れの悪い様子でそう言った。
プリンは出せても臨也は消せない魔法をデリックは持っているのだ。静雄はそう思うことにした。

「静雄、ほかに願いごとないのか?折原臨也を消すことはできないけど、嫌がらせくらいならできるぞ?」

「嫌がらせって、…思いつかねえな」

静雄は顎をさすった。
朝剃った髭はまだ顔を出さない。

「例えば、オレが静雄の格好をして折原臨也の枕元に立つとか。」

「…おまえ俺以外には見えねえだろうが」

見えるようにすることだってできるんだぜ、とデリックは得意げに言った。

「面白いだろ?腰抜かすぜ、折原臨也。」

「腰抜かす臨也を、今度は俺が見えねえじゃねえか。」

「ああ、それもそうか」

静雄は笑った。自然に笑うなんて久しぶりだ。
デリックが来てまだわずかだったが、それから静雄はずいぶん機嫌がいい。
それを自覚するとまた笑った。

「あー、じゃあそれにするわ。ふたつめの願いごと。」

静雄はそう言って、空を仰いで背伸びをした。
安易だろうかとも思ったが、それはそれで臨也に対しては嫌がらせになるし、何よりデリックが楽しそうに笑うので、いいことにした。



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「マスターは折原臨也が嫌いなんだな」

デリックがテーブルに頬杖をついて言った。

「あいつが嫌われるようなことばっかりすんだ」

静雄はどさっと勢いよくベッドに腰掛ける。

「じゃあ、折原臨也がそういうことをしなかったら、好きなのか?」

テレビに向けていた視線を静雄に向けてデリックが言う。
静雄もデリックと目を合わせる。

「そういう、ことをしなかったら、そもそも、あいつとは関わんねえ、と思う」

「関わんねえ?」

デリックは頬杖をやめて、体ごと静雄に向き合った。

「種類がちげえんだ。」

「種類かあ。じゃあ折原臨也は関わりたくて静雄に嫌われるようなことをしてるんだな?」

「え」

静雄は少し混乱する。そんな風に考えたことは一度もなかった。
どうして自分にちょっかいを出すのか何度も尋ねたが臨也は笑って白を切るばかりで真面目に答えるつもりなどないようだった。
ただ臨也が自分を心底嫌っているということは知っていたので、静雄と同じように気に入らないから手を出すのだろうと思っていた。

「関わりたくて嫌がらせをするって、そんなことあるか?」

「あるだろう?好きな子ほどイジメたくなるもんだ。もちろん本人に自覚はナシ。」

そんなはずない、なんてことは静雄にはわかっていた。
だけどデリックは楽しそうに話をすすめる。

「静雄だって、いじわるしない折原臨也は好きなんだろう?」

「す、好きだなんて言ってねえし」

デリックは、そうなのか?ときょとんと首を傾げた。
静雄は熱くなった頬を隠すようにベッドに転がりながら、願いごとについて考えた。

(毎朝のプリン、)

ひとつめの願いごとはプリンだった。デリックは毎朝プリンを出してくれた。静雄のぶんと、自分のぶんふたつ。
言葉にしなかった願いごとまで叶えられたような気がして静雄は嬉しかった。

(臨也へ嫌がらせ、)

ふたつめはまだ実行されていないが、残りの願いごとはひとつになった。

(願いごと、か)

静雄のいちばんの願いごとは、子どもの頃から強く思っていたたったひとつのことだった。
今度はベッドに頬杖をついて寝転がる静雄を見ているデリックに目をやる。

「なあ、」

「ん?」

「俺の力を消すことなんか、できねえよな」

デリックは目を瞬かせる。

「このキレやすい性格を直す、とか」

できねえよな、と静雄はぽつりと言った。
デリックは一度躊躇ってから静かに手を伸ばして、静雄の髪に触れた。
だけど静雄の質問への答えは口にしなかった。
それが肯定の意味を持つことは静雄にもなんとなくわかった。
デリックは静雄の髪を梳くように撫でていて、静雄はそれを振り払おうと思わない。
そのまましばらくそうしていた。
その間、静雄の頭の中ではいろんなものが回っている。
今まで壊してきた物や、臨也のいやらしい笑い顔、昼に食べたファーストフード、上司の顔、路地裏の捨て猫や、闇のような黒いライダースーツと新羅の白衣。他にもいろんなもの。

「力や、性格がそのままでも、願いごとは叶ってるんだろう?」

デリックが静雄の頭の中を覗いたかのようなことを小さな声で言った。眠そうな声だ。

「そうだな、」

静雄の声もデリックに負けず眠そうだった。
これ以上を望むのは贅沢だな、と口に出したのか出さなかったのか判別がつかない程小さく言うと、重力に従って瞼を下ろした。



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