thumpity-thump 臨誕 静雄は考えていた。 どうしたら、あいつを屈服させることができるのか。 あいつ、とはもちろん折原臨也のことだった。 『そんなこと考えてたのか』 軌道が見えないほどに早いタイピングでPDAに文字を打ち込むセルティの指先に集中する。 「そりゃあ、考えるだろ」 いつもいつも無理やり近づいてきては掻き回して逃げていくあの男。 そのせいで、被害を被るのはいつも静雄だった。 何も公共物が憎くて壊しているわけではない。 素早さでは勝てない相手だから物量と質量に頼るほかないのだ。 「あいつのせいで借金も増えたし、仕事だって何件クビになったか…幽にもらった服だって何着ダメにしたか知れねえ」 カタタとセルティの指先と黒い影が動く。 パっとPDAを静雄の方へ差し出す。 『それならいいことを教えてやろう。もしかしたら静雄はもう知っているかもしれないけど、』 実は、明日は。 静雄は首を傾げた。 セルティは首があったら、少しいじわるに笑っていたかもしれない。 臨也は仕事に追われていた。 昨日今日でいったい幾ら稼いだかわからない。 それほどに数をこなしていた。 ひとつひとつは些細な内容だったがそれが重なれば負担にもなる。 事務所で一通りの事務仕事を片付けると、コートを羽織った。 春風の舞う今の時期にはもう厚手過ぎるファーコートだったが羽織らないわけにはいかない。 オートロックのドアノブを一応確認してから臨也は、池袋に向かった。 睡眠なんて取れていないようなものだ。 2時間も寝ていないかもしれない。 体調も機嫌も最悪だった。 その状態で池袋へ向かうことに正直辟易していた。 仕事だとは割り切っていても足が拒否するのがわかる。 (どうせあの化け物が襲い掛かってくるに違いない) その懸念のせいで、ずっしりと肩が重い。 逃げ切る自信はあるが、面倒くさいことに変わりはない。 (死んでてくれればいいのに、) 降り立った池袋の駅は、いつもと変わらない。 恐らく、臨也が倦む相手もいつものようにこの町を闊歩しているのだろう。 そう思うとため息が一層深くなった。 さっさと仕事を終わらそうと、目的のビルへ向かった。 静雄は頭を捻っていた。 毎度毎度臨也からこっぴどい嫌がらせを受けている。 その意趣返しをしてみないか、とセルティは言った。 要するに臨也がいつもしているような最悪で最低な嫌がらせを静雄が行うということだ。 セルティと別れてアパートへと歩いている道すがら、静雄は考えた。 煙草を吸うことさえ忘れている。 普段はあまり頭を使わない。 腹が立ったら標識を引っこ抜く。 それで済む。 だがそれではいつもと同じだし、臨也はあのいやらしい笑みでひらりとかわしてしまう。 だいたい、どうして自分にかまうのか。 それに、臨也がたのしんでやっていることは全てにおいて理解ができない。 意味もわからない。 (ん?…それか?) ー意味がわからないーそれがキーワードだ。 静雄はピタリと足を止めた。 臨也は頭がいい。 恐らく静雄の行動パターンなんかは把握しているはずだ。 だからこそ裏をかくような意外な行動をとればいいのだ。 思い立った静雄は自宅へと進めていた歩を止め踵をかえした。 (におうぜ臨也くんよお) 池袋最強の名に相応しい不敵な笑みを湛えながら。 臨也は急いでいた。 目的は果たした。これで今日の仕事は終わりだ。 新宿に戻って仮眠を取ろう。 今日の仕事次第では今夜から明日にかけて、また新しい仕事がおりてくる可能性があった。 仕事とはいえ、趣味の人間観察の延長線上だ。 楽しくて仕方がない。 それを通常通りめいいっぱい楽しむには睡眠が必要だった。 だから、ここで天敵に会う危険性を回避しなければならない。 臨也の足は自然と速まる。 そう思えば思う程、疲れた体のせいもあってか駅への道のりが遠のく。 コートのポケットに両手を突っ込み前かがみで風を切った。 ふわりと横切る風に交じって、かすかに煙草の匂いが香った。 これだけの人ごみだ、喫煙者がいてもおかしくないし、そばに喫煙所があるのかもしれない。 それでも臨也は背筋にゾクリと悪寒を覚える。 感触として覚えがあり過ぎる殺気。 そして前方でチラつく金髪。 「シズちゃん…」 ため息を吐いて足を止めた。 もう相手にはバレている。 池袋の住人の方が鋭いようで、すでに難を逃れようとメインストリートだというのに、人々は避難を始めている。 「よお、臨也。いい天気だな。」 天敵は背を向けたまま言った。 それに臨也は首を傾げる。 彼と天候の話など、ただの一度もしたことがなかった。 「シズちゃん、悪いんだけど俺、家に帰りたいんだ。君が言いたいことはわかってるよ。池袋には来るな、でしょ?今すぐ出ていくから、そこ、どいてくれる?」 なるべく怒りを誘発しないような口調で臨也は言った。 「なあ、いい天気だなって言ってんだろ。」 「?…あ、ああ、そうだね」 「絶好の日和だと思わねえか?」 「なんの日和だい?俺の命日、とでも言うんじゃないだろうね。悪いけどシズちゃん、俺は本当に今日の今日こそは君にかまってあげる時間がないんだ、とにかくそこをどいてよ。」 要領を得ない静雄の言動に合わせたものの、結局意を汲みかねて臨也は苛立った。 ポケットにしのばせたナイフを握る。 「命日?逆だ、逆。」 「…逆?」 ゆらり、と静雄が振り向く。 その顔には笑顔が貼り付けられている。 ゆっくりとした動作でくわえていた煙草を携帯灰皿に押し付ける。 よく見れば、静雄は左手に大きな手提げを持っている。 ますます得体が知れない、と臨也は身構えた。 「臨也、」 静雄の貼り付けられた不自然な笑顔がさらにゆがんだ。 「誕生日、おめでとう。」 その静雄の表情よりもさらに数倍臨也の顔がひどく歪んだ瞬間だった。 静雄は急いでいた。 臨也は池袋にいる。彼にだけ発揮される嗅覚が訴える。 ならば準備を急がねばならない。 通りを足早に駆けていると門田一行に出くわした。 「門田」 「おう、静雄どうした?」 事情を足らない言葉で説明し、助言をもらう。 一緒にハンズに行って必要な物品も購入した。 しかも代金まで支払ってくれた門田に静雄は頭を下げた。 「なんか悪ぃな、」 「いいって。なんかよくわかんねえけど、臨也によろしくな。」 門田のうしろで狩沢や遊馬埼たちもしきりに、おもしろそー!とかがんばれー!とか叫んでいたが静雄はもう一度頭を下げてその場を去った。 だんだんと臨也のにおいが薄れていた。 恐らく駅に向かっているのだろう。 (やばい、) そう思った静雄は走り出した。 その途中で見慣れた黒いバイクに遭遇する。 「セルティ!」 『静雄、うまくいったか?』 「これからだ。これ、これにセルティも、あ、あと新羅にも」 『…なるほど。面白そうだな!わたしも協力するぞ!』 とりあえず乗れ!と影でできたヘルメットを渡され、静雄はバイクのうしろに跨った。 順調だ。 これがうまくいけば、臨也のやつをぎゃふんと言わせてやれる。 静雄は久しぶりに楽しくて気分が高揚していることに気付いた。 新羅宅につき、新羅にも協力を要請した。 「静雄、ついでにこれも渡してくれないか」 マンションを出る際に新羅から大きな手提げ袋を渡される。 袋に対して中身がこじんまりとしたものだった。 わかった、と言って静雄はまた走り出した。 途中、臨也の妹たちにも出会い、そこでも同じことをお願いする。 「わぁわぁ!静雄さん!すごい!これイザ兄すっごく驚くと思うよ!絶対腰抜かしちゃう!」 クルリとマイルは飛び跳ねて喜んだ。 何に喜んでいるのか静雄にはさっぱりわからなかった。 去り際にやっぱりまた用事を頼まれる。 「イザ兄に渡してあげて!静雄さんからの方がインパクトあるから!」 ぶんぶんと手をふるふたりを後目に、静雄はまた走った。 そしてとうとう見つけた。 人ごみに紛れながらも異彩を放つ漆黒の男を。 臨也は面食らっていた。 まず、静雄の口から紡がれた言語を日本語に翻訳することからはじめてしまったくらいに動揺している。 たんじょう、び…? 今日は、5月、3日…いや、4日。 (誕生日、だった…) 忙しさに追われ日付感覚さえおぼろげだった臨也は今の今まで自分の誕生日にさえ気づけないでいたことにそのとき気づいた。 (いや、だからってなんでシズちゃんが、) それでも頭の混乱は収まらない。 明らかに嫌そうな顔をしながら吐かれたその言葉の裏には、まだ何か潜んでいるに違いない。 (誕生日がおまえの命日だ、とか、誕生日に死ねるなら本望だろう、とか、) しかし臨也が想像した言葉を静雄が発することはなかった。 その代わり。 「ほらよ。」 ぶん、と投げ飛ばされた物体を受け取る。 それは四角いなんの変哲もない色紙だった。 縦横無尽に、というか全くの無秩序に言葉が並んでいる。 おめでとう、軽挙は慎めよ。門田 おたんじょうびおめでとう!これからも池袋をひっかきまわしてね!狩沢&遊馬埼 ざっと見ただけでも、これが誕生日のお祝い色紙だということがわかった。 それでさらに臨也の脳内は混乱した。 (色紙はいい。お祝いの言葉もわかる。だけど、なぜシズちゃんがこれを?) 誕生日おめでとう。おまえにも人並の幸せが訪れるといいな。訪れないと思うけど。セルティ 混乱状態で色紙の文字を目で追う。 ほっといてくれ、と即座に突っ込みをいれたくなるセルティからの文。 「まだある。ほら、これはおまえの妹たちから。」 ぽい、と投げられたものをまた受け取る。 ピンクと水色の包装紙に包まれたそれは紛れもないプレゼントだ。 右手には妹たちからのプレゼント。 左手には祝いの言葉で埋められた色紙。 それを渡してきたのは目の前にいる人物。 イザ兄おめでとっ!私たちの誕生日は倍返しでお願いね☆あと静雄さんに祝ってもらえてよかったね!クルマイ (何がよかったね、だ!) 臨也は混乱から抜け出した。その代わり、この訳のかわらない状況に苛立った。 「あとはこれ、新羅から」 そんな臨也にかまわず静雄は次のプレゼントを投げた。 両手がふさがってはいたが、どうにかそれを受け取る。 真っ白い包み紙に黒いリボン。 まるで葬式じゃないか、と臨也は新羅の笑い顔を思い浮かべて舌打ちをした。 ふいにまた色紙が目に入り新羅の祝いの言葉を追う。 臨也、誕生日おめでとう。たまには素直になってみたら?新羅 「ハッ、…シズちゃんなんだいこれは?なんでこんな役目負わされてんの?笑っちゃうよねえ、会うたびに殺し合ってきた俺の誕生日を祝うなんてさあ。なに?これバイト代でも出てるわけ?」 とびきりの嘲った笑みで臨也は応戦した。 それでも静雄は怒らない。 いったいなんだっていうんだ。 なんの茶番だこれは。 普段滅多に立たない立場に臨也はやはり混乱した。 「なあ」 ふいに静雄が口を開いた。 「なんだい?」 「それ、そこによ、」 静雄が指さした色紙に臨也も視線を向ける。 「そこに俺のメッセージがなかったな。」 「別に要らないよ、そんなもの」 「うるせえな、いいから聞けよ。今から言うから、手前で書き足せ。」 静雄は理不尽なことを言って胸ポケットから黒いペンを取り出すと、ダーツを投げるように臨也に放った。 それは臨也へとたどり着く前に地面に転がり、こつんと臨也の黒く傷ひとつない靴のつま先に当たった。 「誕生日おめでとう。」 臨也は律儀にもそれを拾おうと身を屈めた。 「これからも、」 が、その動きは静雄の言葉で、止まった。 「よろしくな。」 ゆっくり、視線を静雄へと向ける。 池袋最強の化け物は、こっちが恥ずかしくなるほどに、赤面していた。 「そ、それ、俺からのだからな。」 それ、とはこの転がっているボールペンを指すのだろうか。 静雄はそれだけ言うと、足早に去ってしまった。 臨也はペンを拾い上げる。 両手はプレゼントでいっぱいだった。 さっきまで抱えていた苛立ちや眠気の代わりに何かが満たされるのを見ない振りして臨也は笑った。 いつもの、いやらしい笑みで。 『い、いや私は、静雄が素直に誕生日を祝う方に転換したんだと思って』 「そうなのかい?僕はセルティが臨也と静雄を仲良くさせる方法を提案したんだと思ってたよ。」 『静雄が臨也の鼻を明かしたいと言うから、もうじき誕生日なのを利用して臨也のような嫌がらせを静雄がしたら、きっと奴も驚くだろうなあと、そう思ったんだが』 「静雄が勘違いしちゃったんだね」 『そうみたいだな。』 「まぁいいんじゃない?たまには。街も壊れないし。壊れたとしたら、お互い執拗に執着しながらも保っていた危なっかしいふたりの均衡、くらいだろうね。」 『それは、良かったの、か?』 「さあ?」 Happy Birth Day !! back - - - - - - - - - - |