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one time02





屋上の扉は重い。
長年の雨風のせいで錆びてしまっているせいだ。
ギイと嫌な音を立てながら扉を開けると、どこかぼやけたような青空が広がる。
雲がはやい。風が強いからだろう。
さらわれる金色の傷んだ髪が鬱陶しくて乱暴に掻き上げた。
屋上のフェンスに寄り掛かる。
カシャンと乾いた音がした。
頬が火照る。
走ったせいだ。
必死に唱えた。走ったせいだ。走ったせいだ。
頬が熱いのも全身が痺れたように鈍いのも心臓の脈動も目頭が熱いのも。

「…の、せいだ」

呟いた声は、風に飲み込まれる。







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なんて面白いんだろう。
顔がニヤけてしまうのを止められない。
シズちゃんのあの顔。
まるで泣き出す寸前のような真っ赤に染まった表情。
普段、我慢なんてしないくせに。
たまに人間のようなそぶりをしてみせる。
それが滑稽で面白くて、だからやめられないんだ。
極端にパーソナルスペースを死守する彼は、単に他人にあれだけ顔を近づかせたことがないだけかもしれない。
だからたったアレだけのことで赤面して、逃げて行ってしまったのだ。
それは頷ける。
だけど、

「相手はこの俺だっていうのに、ねえ」

いくら我慢しているからといって、別に殴れば済む話だ。
机をひっくり返したっていい。
それもしないで、ただ赤らめた頬を隠して震えるシズちゃんなんて、なんて見物なんだろう。
これを利用しない手はないと思った。
やさしさやあいされることに慣れないあの獣を手懐けてやろう。
そして悲しませてやろうと思った。
彼がいちばん傷つく方法で、泣かせてやりたいと。
意識せずとも上がる口端。

「たのしみだなあ!」






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匂いがする。
これは臨也に対してだけ発動する第六巻と言ってもいい。
あいつが自分を陥れようとか悪巧みをしているときには必ず匂いがするのだ。
それがどんな匂いなのか説明しろと言われてもできない。
ただ鼻をつく。
脳が反応する。
それだけの話だ。
今、この瞬間も、俺の鼻は今にももげそうなほど、その匂いを察知していた。

「ねえシズちゃん、」

どうして逃げたの?という臨也の顔は真顔だ。
恐らく誰が見ても本当に真顔だと思うだろう。
だけど俺には見える。
喉の奥の方でくつくつと笑うこいつが。
フェンスに寄り掛かる俺に、臨也はまた一歩近づいた。

「ねえ」

真摯に問いかける声。
それさえも嘘だともう気づいている。
ここで殴り掛かったら、きっとこいつは笑いだす。
アハ、ばれちゃったか。
そんなセリフをあの嫌味ったらしい顔で吐く姿が目に浮かぶ。
臨也がまた近づく。
これで俺たちの距離はあと一歩で重なる。

「おまえこそ、なんでそんなことを聞くんだ」

こんな質問は、恐らく臨也にとっては予想していたつまらないものだったはずだ。
むしろ、狙い通りだと思ったかもしれない。

「決まってるじゃない。わからないの?」

半歩前に出した俺の右足を挟み込むように臨也が迫る。

「わかるわけ、ねえだろ、てめえのことなんか」

鼻先に吐息が触れる。

「ほんとうに?」

鼻と鼻が触れる。

「・・・・っ」

なぜ殴り掛からないんだろう。
自分に問いかけても、心象世界の自分は白を切る。

「シズちゃん」

ふわりと香る臨也の香水と嘘の匂い。
わかりきったことだった。
こいつはただ面白がってるだけで、俺を傷つけるためだけに、こんな下手な芝居をしていることなんて。
それでも、目の前にある人形のように整った顔を殴ることはできなかった。
音も立てずに静かに触れた臨也の唇は、微かに震えているようだった。
もしかしたら震えていたのは俺の方かもしれない。

「好きなんだ」

臨也が言った。
赤みがかったような瞳は真っ直ぐに自分を見ている。

「シズちゃんが、好きなんだ」

もう一度、言い聞かせるように言うと、また唇が触れた。
今度は食むように、俺の唇を覆いつくして、小さな音を立てて離れた。
目を、合わせる。
今自分はどんな顔をしているだろう。
さっきまで早鐘のように打っていた心臓は、落ち着き払っている。

「俺と付き合ってよ、シズちゃん。恋人として。」

ふ、と笑みがこぼれた。気を抜けば大笑いしてしまいそうだ。
この滑稽な嘘に。

「いいぜ」

俺は笑みを湛えながらそう言って、自ら唇を押し当てた。





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