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シンシロ1




「ほんときみたちってさ、絶えないよね。生傷。」

凡そ放課後の教室に似つかわしくない消毒液の匂いが鼻についた。
木目の机の上に広げられた包帯やガーゼ。
それらは新羅が自分たちを処置するためだけに毎日持ち歩いているものだ。

「シズちゃんをどうにかできるなら、このくらいの怪我、安いもんだよ。」

「ハハハ、静雄はどうにもできないよ。」

くるくると器用に包帯を巻きおえた腕を、ぱしんと叩かれる。痛い。

「臨也、きみはさあ、静雄をどうしたいの?自分の配下に置きたいの?」

処置道具をかばんにしまい始めながら新羅が問う。

「そうだね、手駒のひとつとして、行動パターンや弱点とかそういうものを把握しておきたいんだよ。必要なときに行動が読めないなんてことになったら、話にならないからね。」

まくられたシャツの袖を直して、おれは窓の外へ目をやる。
校庭に広がる景色に満足して笑みを作る。

「だけどシズちゃんはダメだ。あれは読めない。なにもかも上手くいかない。」

なぎ倒された朝礼台やサッカーゴール。
その周りには死屍累々とそれぞれの制服に身を包んだ高校生が折り重なって倒れている。

「きっと、臨也には無理だよ。」

校庭の中心にひとりだけ立ち尽くす生徒がいる。
右手にはへし折ったゴールポストが握られている。

「・・・おれには、っていうのが、気に入らないな」

生徒は握っていたゴールポストを大地に叩き着けるように投げ捨てた。
肩で息をして、乱暴に袖口で額を拭った。
沈みかけた太陽が金色の頭髪をきらきらと反射させる。

「だって、臨也は静雄が欲しがってるもの、なにも持ってないもの」

金髪はゆっくりとした動作で、落ちていた自分のかばんを拾い上げ、校門へと向かって行った。
輪郭はぼんやりとしか見えなくなったというのに、きらきらとした光だけは変わらず目に入る。

「平穏とか、静かな暮らしってやつ?」

「まぁ、それもそうだけどね。」

シズちゃんの欲しがってるもの、ね。
負けないし死なないし、これ以上何を望むっていうんだろう。
化物のくせに、欲張りだ。
そう思ってやっと、窓の外から目を逸らした。
新羅は既に帰りの準備が整っていて、さっさと席を立ってしまう。

「それじゃあ、僕は帰るよ。」

「ああ、」

「臨也。」

「なに?」

「静雄は強いよ。だけど、痛くないわけじゃないし、壊れないわけじゃない。」

「・・・壊れたって、すぐ治っちゃうでしょ。」

「体だけの話じゃないよ。それじゃあね」

おれに向かって、心がどうの、なんて話するつもりかい?
悪いけど、そんなもの壊れてしまった方が都合がいい。
新羅の背中を見送ると、また窓の外を見る。
太陽はとっくに沈んでしまった。
いまは夜の最後の攻防で押されている。
早く夜になってしまえばいいのに、と思った。

空が暗闇に染まれば、目の奥のきらきらの残像も掻き消せるのに。





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