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フツカのウソ











「やあ、臨也こんばんわ。今電話だいじょうぶかな?君はもちろんご存じのことだと思うけれど、明日は僕の誕生日なんだ。ありがとう。明日と言っても、もうあと数時間だね。うん、感慨深いよ。君との付き合いも長いものね。ああ、そこでね、事後報告で申し訳ないんだけど、今僕の誕生日パーティをしてるんだ。え?うん、今してるんだ。夕方くらいからはじめてね、もう大盛り上がりのどんちゃん騒ぎだよ。ははは、だから事後報告でごめんねって言ったろう?いやいや、そうそう、これが本題なんだけど、パーティに君を呼ばなかったのはもちろん静雄が来てて静雄を優先したからなんだけども。その君のにっくき天敵の静雄くんがだね、今とおっても面白いことになってるから、1か月早いけど、君への誕生日プレゼントになるかなあなんて思ってね、電話したんだよ。」

友人からの嫌がらせめいた電話を切ると、すくっと臨也は立ち上がった。

(何が誕生日だくだらない。)

几帳面に掛けてあったコートを羽織る。
4月に入ったとはいえ、夜はまだ冷える。

(いいトシした大の男が、)

デスク周りの間接照明しか点灯していなかった広い事務所兼自宅を見回してから電気を消した。
途端に真っ暗になった部屋を出て歩き出す。
エントランスを出ると、やっぱりまだ肌寒い風が吹き抜けた。
ゆっくりとした足取りが次第に早足になる。
早足が駆け足になり、寒さのせいだと言い訳をしながら、ついには全力疾走になった。

(実に、くだらない!)

心の中で毒づきながら、駅へ向かう臨也の表情は喜々としていた。






新羅は、本来ならば誕生日くらい恋人とふたりっきりで過ごしたいと思っていた。
日付を跨いで、2日になった瞬間に交わす口づけ(口はないのだけれど)なんかを夢見ていたのだが、その夢は無残にも恋人本人に破られた。

『すまない、』

しゅん、と無い首で項垂れるセルティは2日になった瞬間、つまり2日の0時からの仕事を引き受けてしまったというのだった。
ただその理由が、

『おまえの誕生日プレゼント、喜んでもらいたくて少し高いものを買ってしまって』

パーティ予算も含めると、仕事数を増やす他ないと考えたとセルティは言う。

『でも!0時になった瞬間の、その、あの、あれなら、別に、できないこともないし!』

と無い顔で赤面する彼女を見て、寛容になれない男なんて、この世に存在するのだろうかと新羅は考え込んでしまう。。
そういった事情により、誕生日パーティは1日の午後から執り行われることになったのだった。
パーティは恙なく進行した。
祝いの言葉とプレゼントは両手では抱えきれないほどだった。
22時を回ったころ、未成年者を送ってからがこのパーティの本番だった。
最初から大盤振る舞いだったアルコール類の勢いが増す。
静雄が仕事を終えて来たのは、その頃だった。

「おめでと」

ぶっきらぼうに、そっぽ向きながらの言葉だった。
ぐいっと差し出されたのは「京都」と彫り込まれた木でできたストラップだった。
京都にでも行ってきたの?と聞くと、行ってねーと素っ気ない返事が返ってくる。
新羅にとってこれがいちばん謎のプレゼントとなった。
既にデキあがってる門田やその他のメンツに交じる静雄は、オオカミの群れに飛び込んだ羊さながら。
そこかしこから差し出されるなみなみと注がれたアルコール。
誤解されやすいが実は人の好い静雄は全部を断れず、けっこうな量を消費した。
料理に手を付ける前にビールを2杯。
少し食べたところで、日本酒。
もう要らねーと言う静雄の顔はみるみる真っ赤に染まったのだった。
セルティが用意した誕生日ケーキは、静雄用として他のひとより大きめに切り分けられて残されていた。
それは喜んで食べたものの、その間もあちこちから酒をすすめられ、静雄は水分の代わりとでも言うようにがぶがぶと飲み干す。
恐らく、その前の時点で既に酩酊状態だったのかもしれなかった。
そして0時になり、自分の家だというのに、こっそりと隠れて恋人からいちばん嬉しいプレゼントをもらった新羅がリビングに戻るとそこには

「こんなおもしろい静雄ができあがってたってわけだよ」

はははと新羅は笑う。
彼も酔っているらしい。

「よお臨也、おまえも飲むか?」

平素と大して変わらない様子の門田が声をかける。

「お酒の大半は門田くんが差し入れしてくれたんだよ」

新羅が改めてありがとうと礼を言うと、めでたい日なんだから無礼講だろと門田は笑った。
臨也はそのオトコらしさにイラっとする。

「っていうか、ソレ」

「ソレ?ああ、静雄かい?ずっとああなんだよ、もう面白くってさぁ」

ソレ、と臨也が指をさしたリビングのソファとテーブルの間に転がっている人物。
それこそが池袋最強とまで言われた天下の平和島静雄だった。
カーペットの上で、胎児のように丸まっている静雄の表情はこの上ないほどの無邪気な笑顔だった。

「静雄って酒弱かったんだな、知らなかったからつい飲ませ過ぎちまった」

門田はそう言って、ぽんと静雄の頭を撫でた。

「ドタチン知ってる?それ、膝枕って言うんだよ」

「あ?ああ、こいつ酔うとスキンシップ多いタイプみたいだな」

笑って門田はもういちど静雄の頭を撫でた。
その手のひらに頭をこすりつけるように動いた笑顔の静雄を見て臨也の苛立ちは増す。
トレードマークのサングラスと蝶ネクタイ、さらにシャツの第三ボタンまで外され、いつもは隠されている部分が見え隠れする。
そして見慣れない笑顔。

「ドタチン、そこ代わって」

「は?おい、ちょ」

ずかずかと、ふたりの間に割入っていく臨也を見て新羅が笑っている。
臨也が門田を押し退けたせいで、静雄の頭の下だった膝が外れ、ごちん!と音を立てた。

「ってーなー」

「シズちゃん、ドタチンのがっちがちの膝よりぜったい俺の方が柔らかくて気持ちいと思うよ?」

「ああ?」

シズちゃん、とただひとりしか呼ばない呼称に静雄は体を起こす。

「てめえ、臨也か?」

いつもなら眉根は寄せられ、ぎろりと睨まれる臨也だったが今日は違った。
眉は若干寄せられるものの、酔った目つきはとろんととろけて上気した頬も手伝ってか誰が見たって恐怖も感じないだろうという顔つきだった。
臨也は早まった鼓動を無視して続けた。

「俺は君のことだいっきらいだけど、そう、知ってる?今日はエイプリルフールだから、膝を貸すくらいの優しいことしてあげようかなって」

苦しい言い訳である。
門田と新羅は思った。
それに日付は既に2日だ。

「ふうん」

静雄はそんな臨也にまるで関心がないような素振りで呟くが、ちらりと横目で臨也を見た。

「な、なに」

「臨也」

腰を持ち上げて静雄は四つん這いの格好を取る。
そして右手と左足を一歩進めた。
自然と臨也との距離は縮まる。
静雄はもう一歩左手と右足を進める。
ちょうど臨也の膝を跨ぐような格好になると、お互いの顔同士は鼻息がかかるほどの距離になった。

「な、な、な」

珍しく動揺の色を隠せないでいる臨也に、新羅が爆笑している。

「臨也、」

名前を呼ばれるだけで、心臓が飛び出そうだと臨也は思った。
間近で見る静雄の少し色素の薄い瞳は、酒のせいか潤んでいる。
まなざしは、相変わらずとろけているものの、真摯だった。
臨也はまさしく動揺した。
まばたきの度に揺れるまつ毛や、湿ったくちびるや、細部まで見渡せるこの距離に緊張が走る。
はぅ、と熱い吐息が臨也の頬に当たり、静雄の眉は切なげに寄せられ、極めつけに切羽詰ったような声色でまた名前を呼ばれる。
油断したら下半身が元気になってしまいそうな色気を出して静雄は、もう一歩臨也に近づいた。
静雄はいちど目線を外し、逡巡したあと、あの横目でちらりと臨也を見た。
そして、

「好きだ。」

「え」

え?という疑問符は臨也だけではなくその場にいた全員のものだった。
状況も発言された言葉の意味も何も理解できなかった静雄以外の3人は、その2秒後さらに理解不能な光景を目の当たりにした。

「シズん」

シズちゃん、どうしちゃったの?と平静を装ってからかおうと開いた口がふさがれ、そのせいでおかしな単語になってしまった。
いったい何でふさがれたというのか。臨也は考えた。

(おかしいな、目の前が肌色だ)

目線をうつせば、閉じられてまつ毛が際立った目が見える。

(・・・だれ?)

もっと視線を外すと、あんぐりと口を開け唖然としている新羅が見えた。

(あれ、これ、も、もしかして)

きらりと視界の端に金髪が流れた。

(くちびる、奪われてませんか・・・これ)

「ん」

静雄の鼻から抜けた息遣いが聞こえる。
それを聞いた途端に臨也は爆発でもしたかのように赤面した。
普段めったにかかない汗が出た。
殴りかかられたら抵抗しようと準備していた両手が震えた。
はぐっと、くちびるをくちびるで挟み込まれる。
舌こそ入ってこないものの、閉じたラインを何度もなぞられた。
ぷは、とくちびるが離れたあとも、顔の距離を保ったまま静雄がほほ笑んだ。

「エイプリルフール、なんだろ?」
「え・・・」

「うそだよバーカ」

あはははと静雄は心底愉快そうに笑って、臨也のいる方とは逆の方へこてんと倒れた。

「ね、寝たのか静雄」

門田がおそるおそる問うが応えはない。寝たのだろう。

「臨也、だいじょぶか?」

今度は固まったままの臨也を心配して門田が声をかける。

「ねえ」

臨也は放心したような表情で声を出した。
門田と新羅はぎこちなく臨也を見る。

「どこらへんが、シズちゃんの言う"うそ"なの?」

好きだ、が嘘ならそれはわかる。
キスは行動であって言動ではないから嘘だと言われても意味がない。
それともエイプリルフールだということが嘘だとでも言うのか。

(もし、それなら…)

臨也は常にない憔悴しきった表情をしていた。
ただくちびるはてらてらと濡れていたし、頬は真っ赤に染まっていて、いつもの憎たらしさはあまり感じられない。

「ぶっ」

突然、新羅が噴出した。

「ごめ、が、がまんできない」

そう言って声を上げて大爆笑した。

「ひ、ひ、臨也のその顔!!なにそれ!っていうか静雄!なんなの!ひい苦しい!」

腹を抱えて転げる新羅を見て門田がぽつりと、誕生日おめでとうと言った。

「いい誕生日だったな岸谷」

「ほ、ほんとだよね、か、感謝してるよ!」

ありがとうと叫びながら、いまだ臨也を指さして笑っている新羅に少しだけ殺意を抱きながら、臨也は覚醒した静雄への仕返しの方法を考えていた。




Happy Birth Day !




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