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マイハートハードピンチ2










きょとん。
その表現がまさしく似合う表情で静雄を見つめる黒ずくめの男は、間違いなくあの折原臨也であった。

「・・・。」

「・・・。」

暫し黙って見つめてみても、その男は静雄にあのいやらしい笑みを向けることもしないし、神経を逆撫でするような挑発の目線も、馬鹿にしたような雑言も発しない。

(確かに、)

静雄は思った。

(誰だ、こいつ)

そこで新羅に目線を向けると、新羅は困ったような、面白がっているような矛盾した顔をして肩をすくめた。



「要するに、記憶喪失というやつだよ。」

新羅宅のリビングに落ち着いてソファに座り、淹れてもらったコーヒーを、向かい合ったいいとしの男3人が同時にすする。
ひとくち嚥下したところで、新羅がさらりと言った。

「昨日の深夜にズブ濡れの臨也がここを訪ねてきてね、検温したら40度の高熱を出してた。そこで一本キツめの注射を打って、ベッドを提供したわけだけど、朝起きてみたら、こんな状態だったんだ。」

「記憶、喪失って、」

「そう、マンガみたいな話だよね」

はっはっは、と新羅は笑った。

「自分の名前も、どんな人間だったのかも忘れてる。環境も、もちろん僕や静雄のことだって、なにひとつ覚えてないよ。だから、チャンスだと思ったんだ。」

「チャンス?」

「そう、きみたちの関係を、今までの関係を払拭するチャンス。」

つまり新羅は、臨也と静雄の目と目があったら殺し合いの不毛な関係を一からやり直させようと考えた。
他の人間なら考えつかないことだったが、誰よりも近くでふたりを見てきた新羅はには思うところがあった。

(ほんとうは、触れるほどに近づきたいくせに、触れて傷つく前に自ら傷つけあおうとするドMなふたり)

そんなふたりを、破壊ばかりを繰り返す関係から脱却させるチャンスではないかと考えた。

「・・・無駄だろ。」

「そうかな?」

「俺は、こいつがどんなやつか知ってる。いくら記憶がなくたって、人間の本質なんてやつは簡単には変わんねえだろ」

「へえ、じゃあ静雄は臨也の本質を知ってたのかい?」

「う、」

「少なくとも、僕は知らない。あいつのああいう性格は、自分の本質、根本こそを隠すための防具だろう?」

新羅の少し意地悪な質問に静雄は黙ってしまう。
そう言われてしまえば、なにも言えなかった。
確かに、目に見えるものが本質かどうかなんて他人には知るすべがない。
だけど、あの悪意だらけの静雄への行動の中に、かけらでも善意など見あたらないのも事実だった。
ならば、臨也の本質とはいったいなんなんだ。

「知りたいと思わない?」

「なにを」

「臨也を、だよ。」

ちらり、と臨也(仮)に目線をやる。
ぱちん、と目が合う。

「あの、」

おず、と臨也が口を開いた。
まさしく口から生まれた違いないというほど口達者な男の発言とは思えないほど辿々しい言葉だった。

「あの、俺は、いったい、」

いつも気丈につりあがる眉毛は、八の字を描く。

「いったい、」

いつも鮮やか過ぎる虹彩を放つ瞳は、影に潜む。

「いったい、誰なんだ」

なんとなく我慢できなくなって、臨也(仮)が先をつむぐ前に静雄が問いを口にした。

「いや、それは、俺が知りたいんだけど。」

(仮)のくせに生意気なくちを利く。
なんてことを静雄は思ったが、いつもの溢れんばかりの怒りは微塵もわかなかった。

「あなたたちの話を聞いてもさっぱり意味がわからないし、だいたい、ここは誰の家なの」

臨也は若干眉間にしわを寄せると、静雄と新羅、交互に視線を送った。

「新羅、そんなことも説明してねえのかよ。」

「おはようの挨拶を交わして、様子がおかしいと思った瞬間、君に電話して、それからはずっとナプキンをかぶってもらってたから、」

だからそんな暇なくて・・・なんていうのはまったく理由にならないと静雄は思うし、もちろん臨也も(仮)であったとしても少しくらいはこのマイペースな闇医者に苛立ちを覚えただろう。

「僕はとりあえず、コーヒーを淹れてくるけど、君たちもどうだい?」

静雄と臨也が頷くと、カップをアルミのおぼんに載せて、新羅はリビングを出て行った。
残されたのは、元・天敵同士のふたりだ。
元・というのは表現がおかしいかもしれない。
現・でも天敵ではあるのだが、いかんせん片方には記憶がないという。
静雄はまだ実感が湧かない。
自分が目を離した隙に、あのいやらしい笑みを浮かべているのではないか。
自分がやさしい言葉なんてかけた日には、鬼の首をとった勢いで、罵るのではないか。
そんな猜疑心もまだある。
ちら、と臨也を盗み見る。
姿勢よくソファに座り、右手で左の上腕をさすっている。
表情が違う。
油断している臨也はこういう顔をするのかもしれないが、静雄はそういう臨也の顔を見たことはなかったので確証はない。

(油断、と言うよりか・・・そうだ、怯えだ)

困ったような怯えているような、そんな表情だった。
確実に、間違いなく、絶対に、100%、以前の臨也だったらそんな顔はしない。
静雄に見せないだけかもしれないが、少なくとも静雄は臨也の顔のバリエーションにそんなものは存在しないと確信している。
静雄が、じっと臨也の顔を眺めていると、ふいに目が合う。
慌てて静雄は目線を逸らすが、臨也の視線を感じる。

「ねえ」

控えめな、少し高めの声だ。

「ここは、あの白衣のひとの家?」

「・・・そうだ。あいつは岸谷新羅、てめ・・・あ、あんたの中学・高校の同級生で、今は医者だ」

「へえ、同級生なんだ。・・・きみも?」

「え、あ、・・・ああ。俺は、高校の」

「そっか。じゃあ、仲が良かったんだね」

「え、」

ぴしっと音が鳴りそうなほどに、静雄はフリーズしてしまった。
新羅の言葉が頭を過ぎった。

(今までの関係を払拭するチャンス)

そうまでして関係を修復したいなんてことを静雄は今まで一度だって思ったことはなかった。

(知りたいと思わない?)

新羅の声が脳内でこだまする。
黙り込んでしまった静雄に訝ったように臨也が首を傾げた。

「お、俺たちは、」

静雄がようやく口を開いた瞬間。
かちゃん、と音がして、新羅がテーブルにコーヒーを置いた。

「君たちは仲のいい、唯一無二と言っても過言じゃない友情関係を築いていたんだよ。臨也」

ね。と静雄に同意を求めるように新羅は目配せをする。
それでも何も言えないでいる静雄に、臨也が目を向ける。
その表情と言ったら、まるで捨てられた子猫のようなまなざしで、これは臨也だ、あの折原臨也なんだと頭のなかで何度繰り返しても、どうしても嫌悪や怒りを覚えられないような、すぐにでも手を差し伸べたくなるような、そんな顔だったものだから、長い長い逡巡の末、静雄は、こくりと頷くしかなかったのだった。

「そっか、そうなんだ。ごめんね、そんなに仲が良かったのに、俺はきみのこと、忘れてしまったんだね。」

本当にすまなそうに臨也が言うのを聞いて静雄は絶句した。

(誰なんだ、こいつは)

もう何度目かわからない問いを繰り返しながら。














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