jojo2 2 「やあ、おはよう。シズちゃん。」 臨也の家からの道と静雄のそれが交わる交差点。 横断歩道の傍らで笑顔を振りまく臨也を目に留めた瞬間の静雄の表情は「げんなり」を体現したかのようだった。 「そんなとこで何やってんだよ、てめえはよぉ」 「何って。何してるように見えるの?」 「俺には車道へ突っ込んで車にひかれるためにそこに立ってるように見えるけどなあ」 「アハハ!残念シズちゃん!想像力が貧困なシズちゃんには少し難しかったみたいだねえ」 「・・・・」 ギリ、と静雄の歯や拳や、その他握り締めた箇所が鳴った。 臨也は臆することもなく、静雄の左側を寄り添うように陣取った。 「一緒に登校しよう?そのために待ってたんだ」 臨也はそう言うと、万人が絆されるような笑みを静雄に向けた。 そしてやっぱり静雄は「げんなり」とするのだった。 「複雑怪奇!驚天動地!寝耳に水?」 「うるせえぞ、新羅」 「いやいや、これが驚かずにいられるかい?」 「うるせえ、」 静雄はちゅう、とパックジュースのストローを吸った。 昼休み、まだ少し肌寒い屋上の人気は少なかった。 フェンスにもたれて、ジュースをすする静雄の向かいのベンチに新羅は座っていた。 きちんとアイロンがかけられたハンカチに包まれた弁当箱を開けながら新羅は身を乗り出す。 「僕を黙らせたいのなら、聞いてもいいかい?」 「あぁ?」 「なんで朝から、静雄のとなりに臨也がいるの?」 ぱしゅ。 控えめな音を立てて破裂したパックジュースの残骸がコンクリートの床に無残に散らばった。 「それはねえ、新羅。俺が今日からシズちゃんのピーマンになったからだよ。」 「臨也、君の発言はいつにも増して唐人の寝言のように意味が理解できないけど、これ以上静雄にストレスをかけない方がいいんじゃないかな。君のためにも、その他大勢のためにも。」 「それがそうでもないんだ。俺がこんなに近くでシズちゃんを罵倒しても、間合いが近すぎるせいか、シズちゃんは思うように反撃できないでいるんだよ。」 それはまさにそのとおりだ、と静雄はコンビニのビニール袋から菓子パンを取り出しながら思った。 朝の登校時から、臨也にずっと付き纏われている。 その現実に、静雄はなんの対処もできないでいた。 4、5メートル後方から付き纏われる、ならまだ良かった。そこらへんにあるものを投げつければ済む。 しかし臨也は、静雄の左側、肩と肩が触れ合うか触れ合わないかの微妙な距離を崩そうとはしない。 「シズちゃんみたいに力任せの大振りパンチじゃあ、俺が一撃避けた途端に懐はガラ空き。いくらシズちゃんでも、この近距離でナイフをつっとされたら、それなりに痛いと思うよ。」 「なるほど、だから静雄は大人しくその状態に甘んじてるわけだね」 違う、と静雄は反論したかったが、静かにパンを咀嚼し続けた。 本当は、怖い、というのが理由だった。 この近距離で拳を振るうのが、怖い。 (もし、当たっちまったら、) なんてことを、天敵相手にも思ってしまう。 もしかしたら臨也はそんな静雄の心理さえも利用しているのかもしれなかった。 「午前中はトイレにもついてったし、下校も一緒にするつもりだよ。ね?シズちゃん」 「そう、じゃあ僕は先に帰るね静雄。臨也とのデート楽しんで」 悪ノリする新羅の言葉に思わず暴れそうになったがグッと怒りをおさえて静雄は目の前の菓子パンに集中した。 (甘いものは裏切らねえ) そんな大人しい静雄に、新羅と臨也は顔を見合わせた。 新羅が空を仰いで、槍でも振るんじゃないか?などとほざいても、静雄はパンを頬張り続けた。 「平和島、静雄くんってのはぁ、きみかなあ?」 お世辞にも上品とは言えない顔と言葉遣いで、下校中の静雄に声をかけてきたのは、まさしく不良というレッテルにふさわしい外見をした高校生たちだった。 「ああ?」 いきなり向けられる敵意には、隣に居る臨也のおかげで慣れている。 静雄は低い声を出した。 「なんか、きみさぁ、調子づいちゃってるんだってえ?」 臨也はとなりでにやにやとしている。 「おい、てめえの仕業か?」 「あぁん?!」 静雄は臨也に質問したつもりだったが、目線は目の前の不良たちにメンチを切っていたせいで勘違いした不良たちのご機嫌がナナメになった。 「俺は知らないよ?今日は特に誰にも情報流してないしね」 「ほんとだろうな」 「ほんとだよ。だって邪魔されたくないじゃない?俺とシズちゃん、ふたりっきりの下校をさ」 大げさな身振り手振りにイライラしつつ、不良たちを見る。 そちらも、疎外されている状態にだいぶイライラを募らせているようだった。 「こないだ、うちのダチがきみにヤラれちまったらしくてよお、今日はその弔いってわけなんで、大人しく、殺されてくれや!」 だぼだぼと羽織ったパーカーの背中部分から不良はヌッと金属バットを取り出して振り上げた。 それを合図に、後ろに待機していた数人も静雄に向かって突撃してくる。 「俺は、暴力が嫌いなんだ」 ぽつりと静雄が言いながら、肩にかかっていたカバンをとさっと置いた。 その間にもリーダー格と思われるひとりがバットを振り下ろす。 その曲線をすいと避けると、コンクリートと金属のぶつかる大きな音が響いた。 休むことなく二人目が、鉄パイプを真横からスイングしてくる。 ゆうに腰ほどの高さがある軌道を、ジャンプして避け、着地のついでに右足で鉄パイプを振り回す不届きものに蹴りを入れた。 それでも怯まない不良たちは三人目四人目と、凶器を振りかざす。 「なぁ、おい、俺は暴力が、」 ドゴ、ガギ、濁点ばかりの擬音が続いて、からからと凶器たちはコンクリートを転がる。 一人二人と地面にうずくまるものが増える中、静雄は至って静かな口調で続ける。 「嫌いだ、っつってん、だ、ろ」 メキ、と体感的になんとも嫌な音を立てて、リーダー格の男の頭部に静雄の頭突きがめりこんだ。 「ひゅ〜」 後ろで臨也が手を叩いた。 それにも苛立ちが増す。 どさっと頭部に裂傷を負った男が地面に倒れこむ。 残りはひとり。 見れば、膝が笑いすぎて立っているのも危なっかしい震え方をしている。 これなら放っておいても逃げ出すだろうと踏んで、静雄は自分のカバンを拾い上げた。 その瞬間に、生まれたての子鹿よろしく震えていた男の甲高い奇声が聞こえた。 「キャァァァ!」 男が一心不乱に、というか既に恐怖でまともな判断力もないままに、持っていた金属バットをブン、と投げた。 火事場のバカ力というものか、思ったよりも勢いのあったその弾道を見る限り、静雄が迎えに行かなければ当たる心配は皆無と思われた。 (あ、) その予想軌道の先を想像して、臨也の存在に思い当たる。 まぁ、あいつなら別に自分で避けるか、と思うよりも先に体が動いた。 ガツン、と重い音が響いて静雄を襲ったのは側頭部の揺れだった。 がらんと地面に落ちた金属バットを投げ返してやろうとした静雄より先に臨也が拾い上げた。 「いけないなぁ、君。こんなもの振り回して。これで暴行しようとしたら立派な犯罪者なんだよ?大辻、雄太くん?」 男のフルネームを口にすると同時に、ピラっとかざしたのは、丁寧に顔写真まで添付された学生証だった。 大辻くんと呼ばれた男は、子鹿だった震えを増長させて、ヒィィと小さな悲鳴を上げた。 「これは預からせてもらうね。数日内に多額な請求書が送られてきたり、身に覚えのない罪状で事情聴取を受けたりするかもしれないけど、まあ、がんばって」 にっこりと、首を少し傾げて笑ってみせる臨也に、大辻くんは悪魔でも見たかのような顔をして、脱兎のごとく逃げ出した。 その後ろ姿を見送ってから、まだ握ったままだったバットを地面に放り投げた臨也は、衝撃で座りこんだ静雄を見下ろしてまた笑った。 「あれくらい、自分でどうにかできたよ?」 「・・・知ってる」 「じゃあどうして?」 どうして俺を庇ったりしたの? なんて質問に、静雄が答えを持ち合わせているはずがなかった。 「知るか」 そう言い捨てて、静雄が立ち上がると、ふわりと甘い花のような匂いが鼻を掠めた。 その発信源が、臨也の差し出したハンカチから香っていると気付いて、初めて頭から出血していることがわかった。 「一応、止血しといたら?」 そっと添えられるハンカチ。 いつもより近い臨也との距離。 まじまじと臨也の顔を見る機会なんて、今までに数回もなかったことに気付く。 臨也は静雄の傷口に視線を置いている。 その表情を静雄が見つめる。 (黙ってりゃ、きれいなツラしてんのに、) もったいねえ、なんてことを無意識に思って、静雄は赤面した。 「穴が開くよ、シズちゃん」 「あ?」 「そんなに見つめられたら、ね」 臨也はそう言って、傷口に向けていた視線を静雄にうつした。 ぱちん、と目が合って、見詰め合う。 その間、2秒3秒が、じっとりと長く感じられた。 「も、いい」 静雄は手で臨也の手を振り払う。 「ダメだよ、まだ血が止まってない。こんな血だるまのまま街を歩いたら確実に補導されるよ?」 う・・・、と言葉を詰まらせた静雄に、また微笑んだ臨也はハンカチを反対側に折込み、きれいな面を傷口に添えた。 静雄は俯いて自分の足元を凝視する。 頬はまだ赤かった。 そんな静雄を見て臨也の笑みは濃くなる。 (静かにしてれば、きれいな顔してるのに) ほんと勿体無いよねえシズちゃんは、なんてことを思いながら、この作戦は成功かもしれないと胸中でガッツポーズを決めるのだった。 back - - - - - - - - - - |