jojo 臨也は静雄のことが許せなかった。 その何もかもが通用しない破壊的な力に加え、本人の短絡的な性格も、やたらにきらきらと光る金髪も、白い肌も茶色い瞳も、とにかく平和島静雄を象るすべてがきらいだった。 (どうしたらシズちゃんは死ぬんだろう) そんなことを考えて終えた1日を思って、さらに嫌悪を募らせる。 とは言え、最初から毛嫌いしていたわけではなかった。 中学から知り合いの新羅に口利をしてもらい、静雄と対面したそのときまでは、その人知を超えた怪力をぜひとも利用させて頂こう、と臨也にしてみれば好意的な姿勢でいたのだった。 最初から毛嫌いされたのは、臨也の方だったようで、静雄は臨也を見た瞬間から大人しそうな外観に見合わない金髪を揺らして「気にいらねえ」と言った。 (そうか、これは人間ではないのだ) そう理解した臨也は、人間ではないその生き物を調査するという名目で、いろいろな仕掛けを施した。 1、上履きに画鋲を入れてみる 下駄箱の陰でこっそりと様子を窺ってみるが、特になんのリアクションもなく、画鋲が敷き詰められた上履きを静雄は平然と履いて、その日いちにちを過ごした。 2、下駄箱に汚物を入れてみる 静雄はその、画面にうつるとしたらモザイク一色でかたどられるであろうモノを素手で掴み、向かいにある臨也の下駄箱につっこんだ。 そして汚れた手を隠れていたはずの臨也の前までズカズカと進み、呆気にとられたままの臨也の学ランでぬぐった。 (いじめの常套手段は効かない、と) 頭の中にメモをしてから、次の作戦に出ることにした。 3、ハッテンバと名高い公衆便所に静雄の携帯番号を落書きする 4、ケンカの際は、破られて恥ずかしいところばかりを狙ってナイフを使う 5、静雄のだいすきな甘い飲み物・菓子パン類を学校内の自販機及び購買から買い占める ・・・ 数々の嫌がらせは、適度に静雄を怒らせ、暴れさせたが、致命的な的中を見せるものはなかった。 もちろん、平行して街の不良どもをたきつけて静雄を襲わせることも行った。 着実に静雄の中の臨也に対する憎悪は高まっていったが、臨也の気がおさまることはなかった。 「ねえ、シズちゃん。もう俺、疲れたよ」 散々攻防を繰り返したケンカの途中で、臨也は言った。 「君に対する嫌がらせの種類は、今日で100を超えたよ。1年で100種類の嫌がらせを考え付く俺も俺だけど、それを受けながらも特にダメージをくらった様子がないシズちゃんもシズちゃんだ。」 「よっぽど暇なんだなぁ、てめえは」 「シズちゃんもね」 静雄は、ぱんぱんと肩についた砂埃を払った。 そこだけ払っても、体中砂だらけだった。 「最初はね、力で敵わないなら精神面を攻めるまでだと思って始めたんだ。嫌がらせ。どちらかと言えば俺はそっちのが得意分野だからね。普通の人間なら1週間で音を上げる。だけど君は人間じゃないし、少なく見積もっても3ヶ月、半年、それくらいには考えていたんだけどね。」 臨也も握っていたパレットナイフをたたんでポケットにしまった。 彼の体も砂だらけだった。 「まさか1年かかってもまだ攻略できないでいるなんて、夢にも思わなかったよ。」 両手を広げて大げさなジェスチャーをすると、静雄がチッと舌打ちをした。 「でも、よく考えたらフェアじゃないんだ。この戦いは」 「ああ?」 「だってそうだろ?君は人間じゃない。対して俺は一般的な人間だ。物理的な力の差は明確じゃないか。」 ビッと臨也は人差し指を静雄に向けた。 IQだとか知能的なことを言ったら俺に分がありすぎるのだけど、と心の中で囁きながら。 「だから、ひとつ教えてよ。嘘はナシだよ?君の弱点を、ひとつだけ。」 「・・・・」 静雄は暫し考えた。 この男はいったい何を言っているのか。 自分に対して勝手に始めた嫌がらせのくせに、うまくいかないからと言って、その対象に弱点を教えろなどと言う。 しかし根が素直な静雄は、自分の弱点はなんだろう、と真摯に考えてしまう。 雷も虫もピーマンも別に嫌いではなかった。 嫌いなものがあるとしたら、それは目の前にいる男だけかもしれない。 「弱点っつーか、苦手なもんでもいいか」 律儀にも臨也の不条理な申請に答えようとする静雄を見て、何この子!バカじゃないの?!と臨也の口角が上がる。 「いいよ。苦手なもの、教えて?」 「てめえだ。」 「え?」 「俺の苦手なもの、この世でいちばん嫌いなもんは、てめえだ。」 今度は臨也が考える番だった。 自分は弱点を知ろうとしたはずだった。 そこに付け込んで重点的に攻めれば或いは、という可能性に賭けたのだった。 だけど、静雄がバカ正直に出した答えは、間違いではなかったが臨也が必要としている答えでもなかった。 「そ、そりゃあ、俺だって、そうだけど」 柄にもなく口ごもる臨也。 それを見て不思議そうに首を傾げる静雄。 (なんだこれ?!) 例えば、静雄の苦手なものがピーマンだったら、登校時にまずひとつくらいは彼に投げつける。 そして静雄の机の中、カバンの中、ロッカー、体操着の中などあらゆるところにピーマンをしのばせる。 固形よりも、すりおろしてこびりつける方がより効果的だろう。 なんなら、ピーマンに鎖を通して首からさげてもいい。 それがピーマンなら、こんなにも策が講じられる。 苦手なものひとつ、と言ってしまった手前、他には?なんて聞けない。 (よし、じゃあピーマンを俺と置き換えてみよう) 登校時、真っ先に声をかける。 肩に手を回すくらいのことはやってのける。 そして授業中、休み時間、昼食、はたまたトイレにもついていく。 すりおろしてこびりつけることはできないので、片時片時も離れない、常にボディタッチを繰り返すことが重要だろう。 なんなら家にもついていってしまおう。 家族に取り入ってしまえば、家では迂闊に攻撃できまい。 と、そこまで考えて、これは意外といい案なのではないかと臨也は思った。 いかに無神経で鈍感な静雄でも、これだけ付き纏われては精神的に疲弊するのではないだろうか。 (精神疲労をきたすのは俺もだけど・・・) 黙り込んだままの臨也に痺れを切らしたのか、律儀に動き出すまでは手を出さず待っていた静雄が、オイ、と声をかけた。 「教えてやったんだから、これでフェアんなったんだよなあ?」 がぎ、と低い音がして、静雄がその辺にあった道路標識を地面から引っこ抜く準備をし始めた。 「これで、思う存分てめえを叩きのめしていいってことだよなあ?」 ぼこぼこと、アスファルトが割れる音を立てながら、標識が持ち上げられる。 思考世界から離脱した臨也は、ニィと笑みを作る。 「できるなら、どうぞ?」 そう言って、素早く静雄の懐にもぐりこむ。 「シズちゃん、弱点教えてくれてありがとう」 「な、」 静雄が標識を振り上げた隙間に入り込む。 鼻と鼻が触れ合いそうな距離だった。 「折角教えてもらったんだから、今後の活動に活かすことにするよ。」 それを言い終えると、さっと身を屈めて、静雄の視界から臨也は消えた。 とっさに目線で追いつこうとすると、臨也は静雄の肩をすりぬけて、脱兎のごとく走り去った。 捨て台詞に 「あした、たのしみにしててね!」 とだけ残して。 next or end ? back - - - - - - - - - - |