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不連続世界8





ふわりと舞い降りるように、現れた。俺、参上。
9歳のシズちゃんはさして驚いた様子もない。
その代わり極上の笑みで迎えてくれる。

「いざや、」

「ただいま、シズちゃん」

シズちゃんは、にこにこしていた。
珍しい。
まるで今日が最後だってことを知ってるみたいじゃないか。

「俺は、俺は、意地っ張りだし、こういう、こんな性格だから、だからたぶん、何年経っても、言わないと思うから、その、」

「うん、」

いつか聞いたことのあるセリフだな、なんて思いながらシズちゃんの髪を撫でた。
脱色を繰り返していないはずの髪は、なぜか少しきしきしとした手触りをしている。

「ま、待って、待ってるから、」

シズちゃんは意を決したように顔を上げて、まっすぐに俺を見つめてそう言った。
そのひとみは、ゆらゆらと揺れている。

「ま、待ってても、いいかどうか、わかんないんだけど、だけど」

そうか、不安なんだ。
家族以外から与えられる無償の情に、縋ってもいいのかどうか、不安なんだね。
ふいに、シズちゃんの表情がゆがむ。
泣き出す一歩手前のような。

「それ、その、指輪、大事にしろよ!」

シズちゃんが、俺の左手を指差して言う。
指が向かう先に目線をやると、先の方からぼんやりと自分の体が霞んでいくのがわかった。
ああ、覚めてしまう。

「シズちゃん、」

俺は左手ごと指輪を抱きしめるように包む。
無意識に表情が緩んだ。
歪みきった俺がこんなふうに笑えるなんて思いもしなかった。

「待ってて、未来で。」

シズちゃんも笑った。
細められた目じりから一筋だけ涙が落ちた。

「今から、届けに行くよ。」

自分の体が霞んでいくのかと思ったら、霞んで見えなくなっていったのはシズちゃんの方だった。
ぼんやりと、輪郭しかわからなくなってしまった9歳のシズちゃんは、大きく手を振った。






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その後、完全に覚醒した俺は、新羅宅で結局もう1週間療養することになった。
体が本調子になるその間、シズちゃんが訪ねてくることは一度もなかった。

「やっと、出てってくれる気になったね」

「こっちこそ居たくて居たわけじゃないからね」

新羅と叩く軽口に、運び屋が笑う気配がした。

「まぁ、いろいろと迷惑かけたことは、悪かったと思うし、うん、ありがとう。」

「いいよ、君の弱ったところなんて金輪際拝めないかもしれないし、入院代は事務所の方に請求書をきっちり送らせてもらうから。」

強かな友人に見送られて、エントランスを出た。
2週間ぶりの直射日光に少しくらくらしながら、久しぶりの池袋をゆっくりとした足取りで歩いた。

もう、いくら眠っても15年前の世界へ行くことはなかった。

(ちょっと、さみしい気もするけどね)

そう思いながら、コートのポケットに手をつっこんだ。
風は、若干の春の気配を含んでいるが、まだ肌寒いことには変わりない。

「よぉ、」

こつん、と聞きなれた革靴の音がした。
見ると、前方にはきらきら光る金髪が揺れている。
自然と笑みがこぼれる。

「快気祝いとして今日は見逃してやる。」

ふう、とタバコの煙を吐き出して、だからさっさと池袋から出ていけ、とシズちゃんは言った。

「そうだね、俺もまだシズちゃんと追いかけっこをするほどには体力回復してないから。今日は大人しく退散するよ。」

ゆっくりと近づいて、シズちゃんとの間にひと一人分の間を残して立ち止まる。

「でも、これだけは言わせて」

ポケットにつっこんでた左手を出す。
その指には、ぼこぼこのイビツなリング。
シズちゃんが息をのむ。
右手は握ったまま、シズちゃんに差し出した。

「待たせてごめん。俺はシズちゃんが好きだ。」

一息にそう言うとシズちゃんは、一瞬、驚いたように目を見開いてから、ゆっくりとトレードマークのひとつであるサングラスをはずした。
そして、花がほころびるように笑う。
その笑顔には、遠慮も不安も、なにもない。ただ純粋なこどものような、上手な笑顔だった。

「だから言ったろ。おまえは俺を殺せないって。」

そう言ってシズちゃんは、俺の手から、指輪を受け取って、待ちくたびれた、と呟いた。






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