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不連続世界6




いつもの公園のベンチで覚醒した。
横には幽くんがいた。

「いざやさん、おひさしぶりです。」

「あ、ひさしぶり、」

つい言葉を返したけど、そんなにこっちでは時間が経過していたんだろうか。
そういえば、肌寒かったはずの季節は、ファーコートが暑苦しいくらいに太陽が主張している。
幽くんは半そでのTシャツを着ていた。

「もう、夏なんだね」

「はい。いざやさんが、来なかったから、兄さん、寂しそうでした。」

「そう、か」

「はい」

それじゃあ、と言って幽くんはベンチから降りて、公園を出て行った。
まったく読めない。不思議な存在だ。
それはまぁシズちゃんもなんだけど。
幽くんと入れ替わるように、公園の前を新羅が通る。

「あ!いざやさん!おひさしぶりです!」

「あーひさしぶり。って感じもしないけど」

新羅にはさっきも会ったばっかりだったから久しぶりの感じがまったくしない。
そう言って笑うと、未来に戻ってたんだ、と感心されてしまった。

「シズちゃん、元気かな?」

「元気は極端になくなりましたね、いざやさんが来なくなってから。」

新羅はクイっとめがねを押し上げて言った。

「毎日毎日、雨の日も風の日もこの公園で1時間くらいは待ってましたよ。」

未来に帰っちゃったんだよって何度説得してもそれを止めなかったと言う。
俺は頭を抱えてしまった。
身悶える、とはこのことを言うのだ。
じたばたと足で地団駄を踏み出したいくらいだ。
そのくらい、かわいいのだ、俺にとって9歳のシズちゃんは。
急に屈みこんでしまった俺に新羅は、どうしたんですか?と尋ねる。

「いや、悪いことしたなと思ってね。シズちゃん、今日も来るかな?」

「どうですかねえ、まだ作業やってるんじゃないかな。」

「作業?」

「今、図工の時間に銀粘土をやってて、それで居残ってまで熱心にやってて。」

「銀粘土?」

「シルバーアクセサリーとかを簡単に作れるやつですよ。」

「シズちゃん、そういうのが好きなの?意外だなあ」

まさか!と新羅は笑う。

「静雄くんは最初真面目に取り組むんだけど、細かい作業にだんだんイライラしてきてつい折角造形したものを粉々にしちゃって、またやり直し、を繰り返してるんです。でもいつもなら、もうやめたって言って投げ出すんだけど、」

実にシズちゃんらしい行動を聞いて、笑みが漏れる。
にやにやが止まらず、新羅に気持ち悪いですよ、と言われた。
そのうち近況なんかの報告が済むと新羅は、愛するひとが待ってるので、と言い捨てて公園を出て行った。

9歳のシズちゃんはものすごくかわいい。
この感情には間違いがない。
打算も邪心もなにひとつない、まっさらな感情だ。
邪心、はもしかしたらあるかもしれない、とも思う。
けれど、少なくとも、このままシズちゃんを懐柔し続け、自分に依存させて、成長を影から操り東京を支配しようなんてことは思わない。
あの子は家族以外の社会から徹底的に疎外されていて、頼ったり甘えたり他人に心を預けたり寄り添わせたことがなく、それならひとりでいいと強がって、強がってるうちに真実を見失ったかわいそうなかわいい子だ。
ここまでならツンデレで済むのに、高校時代俺の登場でさらに傷は深くなる。
そして池袋の自動喧嘩人形が完成する。
また身悶える。
ごろごろと砂場でもんどりうちたいくらいだ。
うずうずとそんなことを考えてると、公園の入り口の方で「あ!」と声が聞こえる。

「いざや!!」

猛スピードで自分に駆け寄ってくるこども。

「シズちゃん」

「いざや!おまえ、おまえ!」

これは抱擁くらいしてやるべきだろうか、などと考えて、ベンチから下り、少し身を屈めて両手を広げる。
ゆるんだ口元を隠すことに専念していたせいだろうか、シズちゃんいつの間にか背中からランドセルを手に持ち替えて、振りかざしていたことに気がつかなかった。

べしん!
と頭蓋骨に衝撃。くらくらと目が回る。
シズちゃんはランドセルで俺の頭を殴ったのだった。

「また来るって言ったくせに!」

「き、来たじゃない!」

「遅い!」

ズキズキと鈍痛を訴える頭頂部を押さえながら反論する。
遅いと言われても、時間までコントロールできないのが夢だろう。
まぁこれも最早夢かどうかもわからない産物になってしまったわけだけど。
そんな言い訳をぐるぐると考えながら蹲っていると、

「ごめん、」

小さな声でシズちゃんが呟いて、そして小さな手のひらが俺の頭を撫でた。
ぎこちない動き、力の加減を考えてるのか、不器用な手つきだった。

「俺の方こそごめんね、不安にさせちゃったかな」

「・・・別に」

おどおどと俺の頭を撫でる手を捕まえて、ぎゅっと握った。
シズちゃんの顔はみるみる内に赤くなった。
意地悪心が首を擡げる。
手のひらを両手で握って、指先にくちびるを寄せる。
小さな音で、ちゅっとキスをすると、シズちゃんは渾身の力で俺の手を振りほどいた。
その動転ぶりと言ったら。
俺を振りほどいた力の反動で、どちんと後ろに尻もちをついたシズちゃん。

「かわいいなあ、シズちゃん」

「う、うるさい!へんなことするな!」

蒸気でも噴出しそうなくらい真っ赤に染まったシズちゃんを抱き起こして、ベンチに座る。

「未来とここと行き来するのコントロールできればいいんだけど、消えるのも現れるのも唐突で、ごめんね、」

ぶんぶんと、首を振る。
いざやが悪いんじゃないし、と細い声が聞こえる。
ミンミンとセミの声がやけにリアルだ。
額から一筋汗が伝った。

「いざや、」

「ん?」

「これ、やる。」

シズちゃんはそっぽを向いたまま、握った拳を突き出した。

「なに?」

開いた手の中を覗き込めば、そこには銀のリングが光る。

「今日やっと完成して、ちょっとイビツになっちゃったけど、」

「え、でもこれ、」

まさについさっき、新羅から聞いていたそれだった。
シズちゃんが作っては壊し作っては壊しやっとこ完成した代物だ。

「やる。いざやのために、作ったんだし」

ぽい、と無造作にリングを放るシズちゃん。
確かにぼこぼことイビツな指輪だったけど、それがなんともシズちゃんを醸し出してる。
今まで嵌ってたリングを外して、それをつける。
奇跡的にサイズはぴったりで、背筋がぞわりとした。
なんだこの歓喜。

「・・・ありがとう、シズちゃん。」

「ん」

お礼を言っても振り向いてくれないシズちゃんの耳元に顔を寄せて、とびきりのいい声で囁く。

「大事にするよ」

するとシズちゃんはびくっと跳ね上がって、耳を押さえた。

「こんなにいいものもらっちゃったら、何かお返し、しなくちゃね。」

「いらない。」

「そんなこと言わないで、俺もシズちゃんに喜んでもらいたいもの」

「・・・じゃあ、それ。」

「え?」

シズちゃんは、それ、と言って、さっき外した俺のリングを指差した。

「それ、くれよ。いざやの指輪」

「こんなのでいいの?」

「それがいい」

本人がそう言うのなら、とそのリングをシズちゃんの指に嵌める。
残念ながら、というか、当然のことながら、それはブカブカでくるくると回ってしまう。

「サイズが合わないねえ。大人になったら、ちょうどよくなるよ。それまで大事にして」

俺がそう言うとシズちゃんは俯いたまま、ぶかぶかの指輪をもてあそびながら、

「いざやが持ってて、」

と言った。
自分が持ってるといつ壊してしまうかわからないから、と。

「じゃあ、シズちゃんが大人になったら、これプレゼントするね。」

ここが夢なら、この9歳のシズちゃんは永遠に大人にはなれないだろうし、例えこれが過去の現実なのだとしても、大人になったシズちゃんは、俺からの贈り物なんて受け取ることはしないだろう。
どっちに転んでも、切ないなあ、なんて柄にもなく感傷的になる。
俺はシズちゃんにあげる約束をした指輪を受け取って、ぎゅっと握ってからコートのポケットにしまった。

「たのしみだな、」

シズちゃんは、そう言って笑った。
その笑顔は、現在もこの夢の中も全部ひっくるめて、俺の記憶の中にあるシズちゃん至上もっとも美しいものだった。







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