踏み出そう<後編>
あれから結局、何もできないでいた。
京子に奪われたくない。
だけど今の関係も手放したくない。
我が儘な私。
傷付かずに欲しいものを手に入れたいと思うの。
勝手だよね。
手にした紙を見て、溜め息をつく。
『今日の15時の飛行機で帰ります。京子』
おそらく綱吉に、私の部屋を聞いたのだろう。
しかしこれはどういうことだろう。
見送りに来いとでも言うのだろうか。
時計は12時をさしている。
事務室で私は、ペンも持たずに悩んでいた。
彼女とは街案内以来会っていない。
だからそれほど親しいわけでもない、と思う。
それがなぜ私に、こんな手紙を残したのか。
しばらく唸っていたが、勢いよく紙を机に置いた。
◆◇◆◇◆◇
人があふれる空港のロビー。
さて、来たはいいけどどうしよっか。
何も考えずに来た私は、早速行き詰まっていた。
こんな人の群れの中から、一人を探すなんて不可能に近い。
放送で呼び出してもいいが、できれば目立ちたくない。
時計を見れば、まだ13時だ。
さすがに彼女も、ここにはいないだろう。
少し広いが、一つだけである出入口で探すことにした。
待つこと1時間。
タクシーから彼女らしき人が降りてきた。
キャリーバッグを引き、扉に向かって歩いている。
その直線上に立った。
彼女が気付いて立ち止まる。
「結さん、来てくれたんですね」
「ええ。迷ったんですけどね」
苦笑を零せば、彼女は笑顔を返してきた。
「私、ツっくんにフラれちゃいました。やっぱり駄目でしたね」
言葉の割に、彼女の笑顔は清々しい。
「…告白、したんですか」
彼女だって、綱吉と近い間柄だろうに。
何もできない私とは違って、彼女は、強い。
「はい。フラれましたけど、告白してよかった。すっきりしました」
そういう彼女の目が、少し赤い。
強がりだと気付いたが、私は何も言わなかった。
彼女は再び歩き出した。
すれ違い様に立ち止まる。
「結さんの髪、すごく素敵です。あなたは私を可愛いと言っていたけど、結さんこそ可愛らしいですよ。自信持って下さい」
それだけ言うと、彼女は歩いて行った。
次はあなたの番。
そう言われているような気がした。
私は立ち止まったまま、彼女の後ろ姿をただ見つめるだけだった。
◆◇◆◇◆◇
そろそろ、この曖昧な関係にケリをつけよう。
今までずっと、ただ見つめているだけでよかった。
見ているだけで幸せになれた。
それから少し、会いたくなるようになった。
会って話をしたかった。
人間って欲張りね。
今ではもう、そんなんじゃ足りない。
他の子より、私を見て。
もっと近くにいさせて。
仕事を終える時間を、彼に合わせる。
タイミングを見計らって、彼の前に立った。
「お話があります」
そう言えば、彼は笑った。
「待ってたよ。聞かせて?」
その言葉で、私の気持ちがバレていたことに気付く。
少し悔しいが、彼の無邪気な笑みに免じて、伝えてあげるとしよう。
「ねえ、だいすき!」
綱吉は私を抱き上げた。
驚きながらも、心の底から笑う。
なんだ、両想いだったんだ。
背中を押してくれた彼女のためにも、絶対幸せになってみせるよ。
「結、愛してる」
一番欲しい言葉を聞きながら、二人で頬をくっつけ、笑い合った。
fin
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