踏み出そう<中編>






食堂から定食を運ぶ。
少し仕事が長引いて、遅くなってしまった。



トントン



「どうぞ」



中からの声に扉を開く。



「ボス、昼食持って来……」



言いかけて言葉を止める。
部屋にはボスと、一人の女性。

その二人が同時にこちらを見た。
瞬時に思考を切り替える。



「来客中とは知らず、失礼しました。また時間を改めます」



一礼して部屋を出ようとして、呼び止められた。



「いいよ、結。そこに置いといて」



綱吉は自分の前の机を指した。
私は黙ってトレーを置く。



「ツっくん、お昼まだだったの?ごめんね忙しい時に来ちゃって」



女性が眉尻を下げながら言った。
それを聞きながら、一礼して部屋を出る。
扉を閉じてすぐ、自室に向かった。
午後はもう仕事はない。




私、ちゃんとできてた?
ともすれば指先が震えそうなほど、動揺してたの。

ツっくん。
私の知らない呼び方。
仲がいいのなんて誰にでも分かる。



「……っ…」



こぼれそうになる嗚咽を飲み込んだ。
胸が痛い。
痛いよ。

あの人は仕事相手?
日本の友達?
それとも…恋人?

いつまでも私が一番近い存在だと思ってた。
突然足場がなくなったみたい。
一気に不安が押し寄せるの。




苦しいよ。




◆◇◆◇◆◇





綱吉に呼び出され、彼の部屋に入る。
そこには彼女もいた。

一瞬息を止める。



「お呼びでしょうか?」



綱吉と彼女がこちらを見た。



「ああ結。任務じゃないんだけど、頼みがあるんだ」



そう言って彼女を示す。



「彼女はオレの古い友人でね。こっちに用事があってついでに顔を見せに来てくれたらしいんだ」



言ってる間も彼女は綱吉を見ている。
それを見てまた、胸が痛んだ。



「せっかくだから街を案内してあげてくれない?」



どうしてその役目に私を選んだの?
私の胸はこんなに痛むのに。
彼女を見たくなくて仕方ないのに。

その『頼み』を引き受けるのが、私のダメなところだよね。

笹川京子さん。

ごめんなさい。
話したこともないけれど、あなたのことを嫌いになりそうなの。




◆◇◆◇◆◇





「素敵なお店ですね!」




少し前を歩く京子が、満面の笑みで振り返る。
私はその姿に思わず目を細めた。

小柄な体つき。
気さくな性格。
明るい笑顔。

どれを取っても女の子らしくて。
少し、まぶしすぎるの。



「?どうしたんですか?」



黙ったままの私に、京子が首を傾げる。



「いえ。本当に京子さんは可愛らしいと思いまして」



「なんですか突然!」



驚き、次いで照れたように笑う。
しかしすぐにその笑顔が曇った。



「どれだけ自分を磨いても、私の方を見てくれることはないんですけどね」



突然の言葉に戸惑う。
京子に連れられ、近くのベンチに腰掛けた。



「結さんは、ツっくんのこと好きでしょ?」



「は…え?」



京子の指摘に彼女を凝視した。
彼女は膝の上に重ねた自分の指を見つめる。



「なんとなくだけど、そうかなって思ったんです」



今まで誰にも気付かれたことはない。
ない、はずだ。
それをあっさりと彼女に見抜かれた。

しかし今は焦る気持ちより、彼女が何を言いたいのかが気になった。



「…もしもそうだとしたら?」



京子は私の目を見る。
その顔は、緊張しながらも強い瞳を持っていて。



「ぐずぐずしてるなら、奪っちゃうから」



優しい京子から出た言葉とはとても思えない。
だからこそ、より一層心が揺れた。

再開した街の案内。
二人とも何事もなかったかのように進んでいた。

しかしその心に、わだかまりを抱えたまま。





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