踏み出そう<前編>




好き
好き
大好き




◆◇◆◇◆◇





書類のチェックをする彼の柔らかそうな髪を見つめる。
気付いたのはつい最近。

細く長い指が文章をなぞる。
背もたれに体を預け、彼は少し息をついた。



「うん、問題ないよ。お疲れ」



それに一礼し、口元を緩めた。
いや笑みはこの部屋に入ってからずっとかもしれない。

判の押された書類を受け取り、彼の目を見詰める。



「じゃあ、山本さんの所に持っていけばいいですか?」



「悪いね、助かるよ」



「いえいえ。行ってきますね」



部屋を出て、緩んだままの頬に気付いた。
口角を手で下げる。

好きな人が、できたみたい。
その人を見ると、話すと、幸せで仕方ないの。
近付きたい、触れたいと望んじゃう。
相手は直属の上司で、私達のトップなのに、ね。




◆◇◆◇◆◇





「あー、疲れた!!」



机に突っ伏したまま叫ぶ。
街の巡回の日に、書類整理も重なったのだ。

しかしそれもほとんど終わり、残すところ数枚となった。
頬杖をつきながら書類に目を走らせる。



トントン



ノックの音に顔を上げる。
こんな時間に誰だろう。
日付も変わるかという時間だ。



「はい、どうぞ」



言いながら椅子ごと少し下がる。
開いた扉から柔らかい茶髪が覗いた。



「結いる?」



反射的に立ち上がり姿勢を正す。
それに苦笑し、彼はゆっくりと部屋に入って来た。



「そんな硬くならなくていいよ」



「あ、そうですか?」



瞬間、緊張を解いてだらりと姿勢を崩した。
その豹変ぶりと速さに綱吉は吹き出す。



「君はほんとに……ははっ…相変わらずだね」



笑いをこらえきれないまま彼は言った。
その様子に思わず笑ってしまう。



「それどういう意味ですか!馬鹿にしてるでしょ、ボス!」



少し膨れて見せれば、彼はいたずらっぽく微笑んだ。
そんな顔も好きだ、なんて重症なんだろうな。

この瞬間が、空間が、空気が好き。
自惚れでもなんでもなく、たぶん彼と一番仲のいい部下は、幹部を除けば私だ。
だからこそ、これ以上踏み込めないというのもある。

告白なんてしたら、きっとこの心地好い空間が壊れてしまうんだろう。
なら別にこのままでもいい。
そう思ってしまうの。




◆◇◆◇◆◇





大きなため息をつく。
自然と視線が向くのは、いつも彼が入って来る扉。

いつも来る訳じゃない。
だけど来るかもしれないとドキドキするのが楽しいのだ。

彼はこの数日間、日本に行っている。
なんでも仕事のついでに懐かしい友人に会うのだとか。

つまりこの部屋に来る可能性はゼロ。



「はあ…」



仕事もとっくに終わってしまった。
来るはずのない人を待っている自分に、笑ってしまう。

会いたい。

一度頭に浮かんだ言葉は、そう簡単には消えてくれない。
いつも当たり前に会える人。
たった数日会えないだけで、こんなにも心が重い。

日本にいる間、連絡は取れるから。

彼の言葉を思い出し、気分が沈む。
連絡取りたいけど、用事なんてないじゃない。
携帯に彼の連絡先を出し、通話ボタンに触れては、電源ボタンを押す。
その繰り返しだ。



「………帰ろ」



ボンゴレ本拠地内にある自室に向かおうと、扉に向かった。



トントン



「うえっ?!はい?」



驚きのあまり、変な声が出てしまう。
だけど扉が開いた後の方が、驚きだった。
ぱくぱくと口を動かす。



「あ、やっぱりいた。…ってどうしたの?変な顔して」



「え、あ、っていうか何でここにボスが…」



綱吉は部屋に入ると、その辺の椅子に座った。



「結も座りなよ。電気ついてるのが見えたから、まだいるのかなって」



促されるままに、机を挟んで彼の前に座る。
綱吉は笑いながら結を見た。



「残業なんて珍しいね。俺がいないからってサボってた?」



「違いますよ!ぼーっとしてたらこんな時間で…。今から帰るとこです」



あなたのことを考えて、なんて言えないけど。



「そう?じゃあついでに連絡。明日昼ご飯持って来てくれない?食堂まで行く時間なさそうでさ」



「はーい。了解です」



ふざけて敬礼して見せ、立ち上がる。
つられるように綱吉も立ち上がった。



「じゃあ私、ここの戸締まりしておくので」



出ていく彼を見て、そっと微笑んだ








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