おおかみさんと! | ナノ
きみと保健室


はっとして目を開けると、見知らぬ天井。奇しくもどこぞのアニメの主人公の気分を味わうことになった。見知らぬ天井の正体は、保健室だ。急に寮にワープするでもないし、自分が寝ているベッドの周りのカーテンを見る限りそうだろう。
どうしてこんなことになったのかと考えたが、いまいち覚えがない。とりあえず体育の授業だったことは覚えてるけど……え、まさか記憶障害?
なんて思っていたら、ベッド脇のテーブルにあったわたしの携帯電話が震えた。そこには畳まれた制服も置いてあって、そういえばまだ自分が体操着のままだということにも気付く。
起き上がろうとすると頭に鋭い痛みが走る。なんだこれ、と思って痛んだ箇所に触れるとタンコブになっている。なんだこれ?
携帯の方は、メールがきていた。内容を見てみれば、同じクラスの友達からだった。
「登、大丈夫? 頭変になってない?」という書き出しにはちょっと傷ついたが、どうやら直球すぎる失礼な文言ではないらしい。続きを読めばそれはわかった。
どうやらわたしは、体育の授業中に頭でバレー部のアタックを受け、それでふらついてネットを支えていた鉄のポールに頭を打ち、さらに倒れて頭を打ったらしい。なんだそのピタゴラスイッチ。自分じゃなくて他人がそうなっていたら、心配もするけれど笑ってしまいそうな勢いだ。そして今回そんなことになったのは自分なので、なんというか、おっちょこちょい加減に我ながらほとほと呆れた。道理で記憶がいまいちはっきりしないわけだ。それから、タンコブがあるのも納得した。どのタイミングで出来たものなのかはわからないけれど。
友人からメールが来たということは授業中ではない。時間を確かめれば、昼休みの時間だった。せっかく4時限目の体育で体力をめいっぱい使って、今日は学食で大盛りを食べようと思っていたのに計画が台無しだ。
お昼だということに気付いた途端に急激に空腹を感じるんだから、人間の身体は凄い。
頭はじんじん痛むし、お腹はくうくう鳴り始めたりでどうしようかなあと思っていたら、視界を遮るカーテンが遠慮がちに揺れる。風や何かで動くようなものではなくて、不自然に、誰かに引っ張られたように動いている。
何かと思っていると、その向こうに影。続いて声が聞こえてきた。

「佳月、か?」

「あれ、荒北くん? 佳月だよーいるよー」

今度はゆっくり、頭に響かないように起き上がりながら返事をすると、声の主は控えめにカーテンを押しのけて入ってきた。手にはビニール袋をぶら下げている。何が入ってるんだろう。というか、昼休みなのにお昼を食べに行かないで、どうしてここに来たんだろう。まさか、彼もどこか怪我したのかな。まだ痛む頭で考えていれば、側の壁に立ててあったパイプ椅子を開いて置いて、そこに腰掛ける荒北くん。

「どっか傷でも作ったの?」

「それは俺の台詞なんだけど。俺はなんともしてねェよ」

「ああ〜まあ、わたしは、ちょっとね」

「……新開から無駄に事細かに聞いたから、知ってんぞ」

目を逸らしながら苦笑いしてみたが、荒北くんはちょっと不機嫌そうにむっと口を噤んでいる。
全く新開くんってば、こんな詳細を伝えなくてもいいじゃないか。あの時男子は半分に区切られた体育館の向こう側でバスケをやっていたから、見られてるとは思わなかった。いやでも、わたしがあんなことになった時に何人かが叫んだかもしれないので、それなら先生も心配してかけよって来るだろうし、男子の注目も浴びてしまいそうだ。どうしよう、教室に戻るのがちょっと恥ずかしくなってきた。
それにしたって、どうしてまた荒北くんが。そう言うより先に、再び口を開いたのは荒北くんだった。

「お前、気をつけろよ。ドジだな……ったく」

「へへ、ごめんて。いやでも、今お昼でしょ? 食べに行かないの?」

どうやら心配してきてくれたらしい。それはちょっと嬉しい。
わたしの質問には答えず、代わりに手にぶら下げて来ていたビニール袋をどさっと布団越しのわたしの膝へ置いた。

「なにこれ」

「昼飯だよ。食わねーの」

「お腹は空いてるけど。いや、わたしじゃなくて、荒北くんは?」

「だから、一緒食おうと思って持ってきたんだって」

ぶっきらぼうに言い放ちながら、中からメロンパンを2つ出す。そういえば、荒北くんメロンパン好きだよな。何度か食べるところを見た。わたしもメロンパン好きだから、おそろいだな。
勿論メロンパンを出したところで膝からの重みは大して減っていない。色々入ってるんだろう。中身を覗きこもうとしたら、荒北くんが更にベプシを2本取り出す。

「ん。やる」

「ありがとう。いいの?」

「病人は気遣われてろ」

「わーい、荒北くん優しい」

優しくねェよ、と零しながらわたしの分もボトルを開けてくれる。そこまでして貰うほどの重病人ではないんだけど、好意に甘えさせて貰おう。
受け取って喉に流し込めば、ちょっと気分が落ち着いた。お腹も空いていたけど、喉も乾いていたらしい。
わたしがいそいそとメロンパンを開けるのを見ているばかりだった荒北くんに食べないいの? と問えば、なんだか慌てた様子で自分も袋を開けていた。



***



「お腹いっぱいたべた〜! もう昼休み終わっちゃうかな?」

「あと10分くらいか? でもまあ、お前は着替えもあるし俺はそろそろ行くかな」

そう言って荒北くんが立ち上がってパイプ椅子を元通りに戻しているところを眺めながら、わたしもそろそろ立ってみようと下を向いた途端に、タンコブがある後ろ頭が酷く強く痛んだ。
小さく声を上げて、反射的にそこを抑えたわたしの手に、上から更に自分よりも大きな手が重なった。何事かと顔を上げると、すぐ近くに荒北くんの顔。長い下睫が目に飛び込んできて、心臓が変な音を立てる。
なんだこの体勢。彼の息がかかる度に、胸の奥が痛い。髪に手が触れると、顔が熱い。

「おい、大丈夫か? 無理すんなよ」

「え、あ、うん。ちょっと痛くなっただけ、だから」

真剣に心配してくれていた荒北くんの顔は、動揺しているわたしの方を見るとあっという間にヤバイ、という表情になって一気に赤くなった。そのままパッと離れる。
行き場をなくした彼の手はしばらく宙を彷徨って、ポケットの中へと落ち着いたようだ。
もう一方の手でぎゅっと胸のあたりを掴みながら、荒北くん咳払いを一つ。

「わ、悪ィ。大丈夫なら、いいけど」

「う、うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがと。お昼ごはんも」

「別に気にすんな」

言い放って、そのままカーテンを潜ろうとする。じゃあ、と後ろ姿から聞こえてきたので、またね、と声をかける。
去っていった彼が居た場所をぼんやり見つめていたわたしは、我に返る。もう授業が始まってしまう時間だ。
慌てて着替えながら、さっき荒北くんが手を重ねた甲に触れる。なんで、どうしてこんなことになったんだろう。
そんなわけないのに、そこが妙に熱い気がして。思い出して温度を上げていく頬を両手で軽く叩いて、わたしは5時限目の授業へ向かった。



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