おおかみさんと! | ナノ
おまえと月曜日


一週間が過ぎていくのはあっという間で、また月曜日がやってきた。そろそろ部活もIHに向けて本腰を入れる準備に入っていて、来週からは土日も部活のメニューが組まれている。
そうはいっても、俺含む一部メンバーは普段から休みの日も自主練をしているので、今に始まった話ではないんだが。
月曜日は、諸事情で始業する30分前くらいから教室に居る。今日も天気がいい。朝日が差し込んで机を温めている。誰も居ない教室は、静かで、聞こえるのは遠く微かな物音と、鳥の鳴き声だけだ。
ただ、俺はこんなポエミーな雰囲気に浸かるためにここに居るわけではない。ちゃんと理由がある。
段々近づいて来るその足音こそが、俺の理由だ。

「おはよう! ジャンプ買ってきたよ!」

「はよ。毎週、よくやってられるよなお前も」

「ここに居る荒北くんもね」

はっきり言って、これが俺の週初めの楽しみになっていることは間違いなかった。
佳月が買ってくる月曜に刊行される週刊雑誌を、ふたりだけで、教室で、話をしながら読む。いつから始めたんだっけ。なんか、いつだか昼休みに毎週ジャンプを読んでるんだ、とこいつに言われて、俺もって答えたのがきっかけになったはずだ。本の代金、買いに行くのは毎週交代で出している。佳月が担当の週はいつも一緒にお菓子を買ってくるもんだから、最近は俺もそうするようになってきていた。
俺の席に腰掛ける佳月。俺はというと、その前の席に座っている。何故自分の席にいないかといえば、そんなの愚問だ。なんとなく、他の奴の席に佳月が座るのが嫌だからだ。どうせなら、俺のところに居てほしい。
もう駄目だよな、こんなことを考える辺り、俺もう、完全にこいつのこと好きだよな。
それでもその気持ちをぐっと胸の内に押し込めて、椅子に後ろ向きに座って、自身の机へもたれ掛かる。佳月はコンビニの袋から、ガサガサといろいろなものを取り出していく。

「はい、ベプシもちゃんと買ってきてあげたよ」

「恩着せがましい言い方だな」

「恩着せてんの」

そんなことを冗談に言いながら、自分のカフェオレと、それからチョコ菓子の箱出すと、それを開けてこちらへ差し出した。一袋貰いつつ、こいつはこれが好きなのかな、なんて飲み物や食べ物に対して目ざとくチェックを怠らない俺。傍から聞くとストーカーみたいですごく気持ち悪い奴に見えるかもしれないが、まあ、こいつ以外の奴の評価なんてどうだっていい。
俺がベプシを飲んでいると、巻頭カラーの広告をぺらぺらと捲って菓子を頬張りながら、佳月は思い出したように膝を叩く。

「そういえばさ」

「なに」

「もうそろそろ朝練とか始まるんじゃないの。そしたらこれ、出来ないかな」

「あ、……ああー……」

すっかり失念していた。そうだ、朝練。
休日練習はもちろんだが、朝練もあるに決まっている。今までの早朝練習は、全部月曜日以外にやってきた。が、部活のメニューに組み込まれてしまうと従わないわけには行かない。もちろん、自分勝手に出来ないこともないが、福ちゃんに訝しい目を向けられるのは勘弁したい。
休日練習が始まるのが来週からだから、もしかすると来週からしばらく出来なくなるんじゃないだろうか。どうしよう、物凄く嫌だ。
俺の、1週間の始まりの憩いの時間だ。これを失くしたら、とてつもなく毎日がだるくなるんじゃなかろうか。もちろん、この時間以外にも佳月に会えないことはない。ただ、この時間は特別だ。唯一、俺がこいつの傍で独り占めできるーーーそこまで考えて、急に恥ずかしくなる。独り占めってなんだよ。俺、何こっぱずかしいこと考えてんだ。
本人の前ではそういうのは出さないでいようと思っていたのに、顔が急に熱くなるのを感じて焦る。ヤバイ、顔なんて赤くして、ほんとに何してんだ。
気付かれないよう、机に顔を伏してみたが、この体制は余計に怪しいんじゃあないだろうか。
そして予想通り、どうしたの? と佳月が覗き込んできたので撃沈した。ばっか、そんなことしたら、顔近ェだろうが!

「どっか痛いとか? 朝ごはん食べ過ぎた?」

「ちっげ、から。なんでもないヨ……」

否定しつつも顔を上げられない俺はなんともいえない姿。というか、この体勢じゃ漫画も読めないし、佳月はさぞ不思議そうな顔をしていることだろう。そちらを向けないので、詳細はわからないが。
どうやって誤魔化そうか。慌てふためく脳内では、いい案が浮かばない。
このまま心を落ち着けるのが一番いいだろうか。静かに深呼吸をして、目を閉じる。と、佳月の笑い声が微かに聞こえてきた。彼女は机にそっと頬杖をつく。

「眠い? 珍しく勉強でもしすぎたとか」

あ、そうか。その手があった。眠いということにしよう。
佳月の何気ない一言を、自分の状態として受け入れる。俺は眠い、眠いんだと自己暗示していると、本当に眠くなってきそうなものだが、今回に限ってはそんなこともなかった。昨日は(今日のために)早く寝てしまったし、なにより勝手に生まれた羞恥心がはちきれんばかりに膨らんでいる。

「今日の宿題忘れてたんでしょ」

「まァ、そんなところ……」

言葉を借りて嘘をでっちあげていくのはあまりよい気分ではないが、まあいいだろう。この状況を打開できるのなら、もうなんでもいい。
好きな奴の前でんのんびり寝られるわけもなくて、ただただ、じっと伏せている。
そういえば、ひとりで恥ずかしくなって話が途切れてしまったが、そうだ。来週からこの時間がなくなるかも、ということだった。思い出して落ち込み始める。
照れて困ったり、気分が沈んだり、俺も忙しい。それが、この眼の前のたったひとりの女子のせいだっていうんだから、恋なんてものは恐ろしい。
口を開かずに鼻からゆっくり空気を吐き出していると、もう寝ちゃった? と声をかけられたので首をわずかに横に振って否定の意を表す。

「じゃあさあ、来週からは、夜にしよっか。読まないで、練習終わるの待ってるからさ」

なんだか楽しげな声に、俺の胸も自然と踊った。
なくならないんだ、この時間が。夜となると談話室だろうから、教室で二人きりというわけにはいかないだろうけれど。何が嬉しいって、佳月もまた、この時間がなくなってしまうことが惜しいと思ってくれたことだった。
寝たフリを続ける俺の真ん前で、恋した相手はまた優しい言葉をかけてきて、俺を翻弄する。

「ちゃんと、教室にみんなが来る前には起こしてあげるから、寝てていいよ」

それから、嬉しい約束をそっと結ぶ。俺の右手の小指を、自身の小指で突っつきながら。

「朝読めなかったから、昼休みね。一緒にごはん食べよ」

断る理由なんてなくて頷く代わりに俺も彼女の小指を軽く突っつく。そのままこの指を絡めることはさすがに出来ないが、いつか小指だけじゃなくて手の指全てを絡め合うことができたらいいな、なんて柄にもないことをこっそり、願った。



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