おおかみさんと! | ナノ
きみと自転車


最近なんだか、荒北くんと話す機会が増えたような気がする。
そう、気のせいのかもしれない。けれど、今もこうして話しているのでやっぱり気のせいではなないんじゃないかしら。
今は8時半過ぎで、先ほどまで寮の談話室に居たんだけれど、ちょっと夜の外の空気でも吸おうと外に出るついでに友達のお使いも兼ねて近くのコンビニへランニング。そこで、ばったり荒北くんに会ったのだ。適当に挨拶を済ませて、お目当てのものを買って、せっかくだから寮まで一緒に帰ることにした。彼の手に握られている袋には、やっぱり例の炭酸飲料が入っている。わたしは普段そんなに飲まないが、美味しいんだろうか。

「おめーよ、一応女なんだから夜にフラフラ外出んなよ」

「ええ、大丈夫だよ。荒北くんに一応とか言われる程度の女だし」

「そういう意味で言ったンじゃねえーよ、バァカ」

彼なりに心配してくれているらしいが、わかりにくいよなあと苦笑する。
幼馴染のカチューシャがフェミニストな所為も無きにしもあらず。まあ、口は悪くともそれに悪気は感じないので気にしないでおく。

「でも夜のコンビニってなんかいいよね」

「買うもんあるなら昼間に買っとけヨ」

「でも急にチョコ食べたくなったりするし」

「太んぞ」

前を向いたまま、会話が続く。
最近のわたしにとっての彼の立ち位置は、口うるさい友達といったところだろうか。何かにつけていろいろ心配してくれるが、そういう知り合いは男女関係なく他に幾人か居る。自分はそんなに危なかっかしいのだろうか。少なくとも健康管理もできているし、危機回避能力も学力も無い方ではないと自負しているんだが。
ぽつぽつとどうでもいい話を続けていると、前からライトをつけた自転車が来て、通り過ぎていく。ママチャリではなかった気がする。マウンテンバイクかな。
自転車といえば、隣でポケットに手を突っ込んでいる彼もまた、自転車競技部だ。実力はあるらしく、ただでさえレベルの高い箱学の自転車乗りたちの中でも速いらしい。尽八くん以外の箱学生徒のちゃんと走っているところを見たことがないから、今度見てみたい。邪魔にならないよう、こっそり忍び込んでみようかな。でも、主将さんに見つかると怒られそうだ。
そこまで考えてから、部内のひとに直接質問してみることにする。

「福富くんって怒ったら怖いかな」

「は? 福ちゃん? なんだよ急に」

「いやさ、今度走ってるとこ見てみたいと思うけど、忍び込んだら怒られるかなって」

「バァカチャンだな佳月はマジで。俺が言っといてやっから堂々と見に来いよ」

その言葉を理解するのに一瞬戸惑ったが、どうやら気を利かせてくれたらしい。度々思うけど、こう見えて優しいよな。面倒見がいいというか。妹がいると聞いたけど、そのせいなんだろうか。

「じゃあ今度見学にいこう」

「邪魔だけはすんなヨ」

「もちろん、迷惑はかけたくないし」

去年までは部活をやっていたから、その辺は心得ているつもりだ。わたしが通っていた高校の陸上部はそんなに有名ではなかったけれど、わたしたちがコツコツ実績を積み上げて段々人気が出て、見学させて下さいと練習風景を見に来る生徒も居た。正直練習風景をまじまじと見られるのは照れくさいのだが、騒がず静かに見ていてくれる分には集中しはじめれば気にもならないので問題ない。
わたしもそんな風に見学するつもりだ。箱学の自転車部は部員も多いしマネージャーさんも居るはずなので、それに混じってこそっと見に行こう。
のんびり歩いているけど、荒北くんもわたしの歩く早さに合わせてくれている。彼は細いが背が結構高いので、もちろんわたしより足も長い。普通に同じ速度で歩くとわたしが置いてけぼりになるはずだ。
わたしが彼に合わせて早足にすればいいだろうけど、言わずとも向こうが緩めてくれるので、我儘に歩かせて貰う。
そういえば、荒北くんはどうして自転車部に入ったんだろう。運動神経が良さそうだし、他のスポーツもあっただろうに。というか、ヤンキーだったらしいのに。そんな疑問が次々浮かんだが、横に本人がいるのだから直接訊いてみればいいだけの話。

「ねえ荒北くん。なんで自転車部に入ったの」

「いきなり何だヨ。どうだっていいだろ」

案の定というか、お前には関係ないと睨まれる。それはそうなんだろうけど、ここまで突っ慳貪にされると逆に気になるというものだ。

「わたしは走るのが好きで陸上部に入ってたけど。荒北くんも自転車が好きだったの?」

「……別に、好きじゃなかった」

「え、そうなの」

「いろいろあったンだよ。福ちゃんと……」

そういえば、荒北くんは福富くんと仲がいい。というか、荒北くんが福富くんをよく慕っているといったかんじだろうか。半ば主従関係にも見えるそれについて気になってはいたけけれど、もしかして何か一悶着あって、そういう関係になったのかもしれない。
すごく気になる。でも、彼の雰囲気的に、あまり詮索されたくなさそうだ。
わたしから話題を振っておいて悪い気もしたけれど、ふーん、と軽く相槌を打って話題を終わらせようとする。が、荒北くんがチラリと目線をこちらに寄越す。

「気になンの」

「え? まあ、ちょっとだけ」

「あっそ」

やっぱり粗雑に言葉を切られる。わたしからは深追いできない。
だから彼が続きを話すのを待つ。
しばらく無言で歩を進めていたが、荒北くんがポケットから手を出して頭を掻く。

「一個だけ教えてやるヨ」

「なになに」

「今の俺の自転車は、福ちゃんから貰った」

それだけ。スタスタと、少し歩みを早めて距離が開く。ぽかんと口を開けて何秒か踏みとどまったわたしは早足で追いつくが、掛ける言葉が何も浮かばない。
びっくりしてしまった。だって、彼らが乗っているロードレーサーははっきり言って高級品だ。その中でも、荒北くんのBianchiは有名なメーカー。とりあえず、ポンとひとにあげられるようなものではない。福富くんがすごくお金持ちなのかどうかが問題ではない。もしかすると、二人には過去に何か大きな確執があったのかもしれない。でも、やっぱりそこに深く突っ込んでいく勇気はないし、このひとつだけでも教えてくれただけでいいや、という気分だ。そもそも、わたしがした質問は「なんで自転車部に入ったか」で、「今の自転車はどこで買ったの」ではない。つまり、自転車部入った理由に福富くんが深く関わっているんだろう。全部予想だけれど、なるほど人に歴史ありだな、なんて勝手に関心する。つまるところ、荒北くんが部活を始めたきっかけは、福富くんというわけだ。

「ヤンキー改心するの巻ってか」

「おい佳月、てめーバカにしてんのか」

「してないよ、ひとりで納得してただけ」

気に食わなさそうな視線を感じるが、スルーする。そろそろ寮もはっきり目視できるくらいに近づいてきた。
ゆっくり歩いていたけれど、なんだかんだでかなり話していたらしい。
これも気のせいかな。荒北くんと喋るのはなんだか楽しかった。
尽八くんが「荒北は登と話しているときは妙に楽しそうだぞ」なんて言っていたけれど、本当だろうか。彼も楽しいと思ってくれているなら、いいなあ。
こんなこと考えるなんて、もしかしてわたしは荒北くんが好きなんだろうか。いや、そんなわけない。うん、多分。



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