おおかみさんと! | ナノ
おまえと昼飯


学校が始まってしばらく経ったが、1年生が入ってきた初々しい雰囲気はまだまだ学校全体に広がっている。俺はそういうのがあまり好きでは無いが、部活に入っているのも相まってそういう空気は避けられない。
自分は3年で、高校生活最後の感慨などよりも先に受験の重圧がまとわりついてくるのも鬱陶しい。かといって、進学する気がないわけではないのでそちらも避けては通れなかった。
気だるいままに午前の授業を終え、今にも鳴り出しそうな腹を押さえながら学食に向かう途中、もう見慣れてしまった後ろ姿を見つけた。佳月だ。
東堂の幼馴染とかで春休み中から話す機会が多くなって、クラスは別だが結構姿を見かけることも多い。俺も普段はそんなに進んで女子と会話をする機会なんて無いが、誕生日にわざわざ祝ってくれたりするもんだから絡まざるを得ないところがあった。
あいつは転校してきたばかりのはずだが、廊下で見かける時には大体他の女子、若しくは仲良くなったらしい同じクラスの新開と居る。まあ、あの性格なら人も寄ってくるのかもしれない。俺とは違って。
だが、今日は珍しく一人で歩いていたので少しだけ足を早めてわざとらしく隣に並んでみる。何度か欠伸をしているところを見ると、授業中寝ていたのだろう。しばらく気づかれないまま並行して進んで、学食の手前まで来てようやくこちらにを向いた。

「あれ、荒北くんじゃん」

「おっせーな気付くの」

「え、そんな前から居た? ごめん、眠いしお腹空いててさー」

首を傾げているところを見ると、本気で認識されていなかったようだ。別にいいけど、どんだけ腹減ってんだよ。というかどっちかにしろよ。
俺が次の言葉を言う前に、佳月は勝手に話し始める。

「友達がさ、今日は彼氏とお昼ごはん食べるとか言ってさあ、ぼっちだよわたしは」

「だっせ」

「荒北くんも彼女いないじゃない!」

「別にいらねーし」

欲しくねーし。付け足してから適当に席に着くと、佳月はしかめっつらのまま向かい側に座った。お互いに一人だったからもともと気まぐれに昼を誘うつもりだったが、その手間ははぶけたようだ。
佳月がむっとした顔のままテーブルの上に手を出してきたので、俺も手を出した。

「じゃんけん、」

「しょい!」

「ゲッ!!」

「ひとの事ださいとか言うからだよ、天罰だよ」

腰に手を当て笑う。舌打ちをしたが、勝負はついたので仕方ない。奢ることになってしまったので、財布の中を確認する。
こいつと昼飯を食う時はコレをすることが結構あるが、7割くらいの確率で負けているような気がしている。先週も負けたぞ、確か。

「はい、じゃあカツ丼ね」

「またかヨ」

「だっておいしいもん」

クラスの女子の持ってくる小さすぎる弁当にはほとほと呆れるが、こいつの食い気にもなかなか驚く。男の俺たちが満足できるような量の設定のメニューが結構あるが、佳月がよく頼むカツ丼もその筆頭にあるようなボリュームだ。おまけに食後にジャムパンを食ってるいる時もあったりするから、そのうち太るんじゃないかと密かに思っている。が、朝と夕方に走りこみをしているらしいので、寧ろすらっとした体型である。
佳月が早く行けと言わんばかりの目で見てくるので、中を開いていた財布をポケットに突っ込んで、飯を頼みにいくことにした。

「飲み物は買っておいてあげるからさ」

「缶じゃないベプシな」

「しゃーないな」

この間任せっきりにしたら、まんまと缶を買ってこられたので今回は先に言っておいた。すぐなくなっちまうっつーの、缶のやつなんて。
席を後にしてトレーを手にして列に並ぶ。だるいが、敗者なので仕方がない。
あいつの欠伸が伝染ったのか、口を大きく開けていると肩を叩かれる。振り向くと、放課後嫌でも顔を合わせる奴が立っていた。

「奇遇だな、一人か?」

「いや……ちげーけど、なんだヨ」

こいつが近くに居ると、周りの一部の女子どもがざわざわするから面倒臭い。カチューシャを少し直してから、東堂もまたトレーを手にして俺の後ろへ並ぶ。

「フクか? それとも新開か? なんなら俺も一緒しようかな」

「いいヨこなくて。てか、どっちもちげえし」

口に出してからはっとして東堂の方を向くと、男にしては大きい目をぱちぱち瞬きさせてからわかりやすい程にやっと笑われた。最悪だ。余計なことを言わなきゃよかった。

「ほほーう? なるほどな。良かったなあ、今日も登と一緒か」

「っせーな! ほっとけ! つーか、てめえが思ってるようなこととちっげーし!」

「まあまあ落ち着け、顔が赤いぞ荒北」

それから周りが怖がってるぞ。言われて視線を泳がせると、確かにちょっと空気が固くなっていた。きゃいきゃい騒いでいた取り巻きもひそひそと耳打ち仕合っていて、どうやら俺がこいつに怒鳴り散らしたのが原因らしい。
というか、顔なんて赤くない。そんなわけはない。

「嘘言ってんじゃねーぞ」

「ワッハッハ、俺の幼馴染は可愛いから仕方ないな」

「ンの話だよ! 意味わっかんね」

ふん、とそっぽを向いても刺さるのは周りの視線と、東堂のにやついた笑み。言わずもがな後者の方がものすごく鬱陶しい。しかし、最近部活以外で会うとこんな調子でからかわれ、それを回避できた試しも今のところないので、この状況に甘んじるしかない。

「こんなにわかりやすい奴だとは思ってなかったぞ」

「ほっとけ」

「お前が面白いから、やはり昼は俺も一緒に食べるとしよう」

こういう時に来るなと言っても来る奴だ。それに、東堂が居ると佳月がよく喋るので、俺としては内心嫌ではなかった。
ああ、全く。あの日、アイツが俺の誕生日なんて祝いに来なきゃこんなことにはならなかったのに。内容がなんであれ、女子に誕生日プレゼントなんて貰ったのは初めてだったからせめて礼を言っておこうと追いかけたが、桜の木を眺めている姿に見惚れてしまったとはとてもじゃないけれど口には出せなかった。向けられた笑顔に戸惑うなんて、経験したことがない。妙に心臓がうるさかったのも、走って追いかけたからだと思い込もうとしたが、無理だった。
学校が始まってから休み時間、無意識にアイツを探している自分がいる。遠くに見つけると、目で追ってしまう。
眠る前にふと、取り留めもなく考えてしまう。何してんのかな、なんてどうでもいいことを。
このモヤモヤした感情に名前をつけるならなんだ。知っているが、認めたくない。
真っ先に東堂に気付かれてしまったのは災難だったが、それでもこいつ意外にはバレてはいない。むしろ、俺自身が確信を持てていない。だから、その事ばかり考えて他に支障が出ることはなかった。
まだ気持ちが育ちきっていないからか、普通に話しかけられるし、今日みたいに飯も一緒に食える。一人の友人みたいに扱える。
はずなのに、このチームメイトに煽られるとどうも調子が狂う。

「俺は応援してるぞ、荒北」

「なんっか勘違いしてんじゃナァイの」

悪態をついてみるが、東堂は全く平気そうに微笑んだままだった。
くそ。まだ、認めたくなんかない。
俺が佳月に、恋をしてしまったなんて。



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