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「巻ちゃんは、俺と登、どちらが大事なのだ!?」

「ハァ?」

トレードマークのカチューシャを僅かに直してから大声で問いかけてくる通称山神に、俺は至極嫌そうな態度で答える。

「つかもうちょっと静かに喋れっショ。登が起き……」

「ほらまた登、登って、やっぱり巻ちゃんは登のほうが大事なのか!? 」

「だーッ! もう、だから静かにしろ!!」

近くにあったクッションを掴んで投げると、むぎゅ、と変な声だして不満げな目で俺を睨む。
正直今のは俺の声もでかかったなあ、と寄りかかっているベッドで横になっている恋人の方におそるおそる振り返ると、心配したのが無駄に思えるほどにすやすやと眠っていた。
ホッとして改めて前を向くと、クッションを抱き締めた東堂がじっと見つめてくる。つーかなんで、登と家デートするはずだったのに東堂がここにいるんだよ。

「なんショ……あんまこっち見んな」

「……巻ちゃん今、すごーく優しい顔をしていたぞ」

そう言ってから、フッと笑う。嫌味なものじゃなくて、微笑ましいものを見た時のような笑み。それが逆に腹が立つ。
反応に対して首を傾げていると東堂は立ち上がり、ベッドに腰掛ける。スプリングが僅かに軋む音と共に視線が上へ移動するが、俺は登が起きてしまわないかとまた心配して彼女の方を確認する。
どうやら大丈夫のようだが、何故わざわざ他人が休息を取っている場所に邪魔をしにいくのか理解に苦しみ、何故かしたり顔で脚を組んでいるデコ出しを睨んだ。

「ったく……」

「はは、今も巻ちゃんは俺がここに座って登が起きないかって思ったんだろう? この子が起きると何か不都合でもあるのかね?」

「違う……単純に、登は勉強で疲れてるんショ……寝せといてやりたいだけだヨ」

「ほほう? では登が起きないのならその隣に俺が寝ても、巻ちゃんは怒らないのだな?」

「ハァ?」

本日二回目。
こいつは何を言っているんだ?
呆れている間に俺が止める隙も無く素早く登の隣に滑り込むと、ふふんとなんとも言えないドヤ顔で見下ろすようにしてきやがる。腹立つ。すげえ腹立つ。
眉間に皺を刻んでいると、よっこらしょ等と呟きながら、あろうことか登の頭を自分の腕の付け根に乗せる。これは所謂腕枕である。
多少動かされても、うんともすんとも起きない登に、この時ばかりはお願いだから起きて東堂を一発殴って欲しいと祈ってみるが、例え起きても殴らないだろうな。まあ、そもそも起きないのだが。

「登はいつでもいいにおいがするなあ。綺麗な髪を見ていると撫でたくなってしまうなあ」

「お前何がしたいんだよ」

「いやあ、俺がここまでしても、巻ちゃんはそこまで怒らないなあと」

「……まあ」

イラつきはしているが、それは登が起きたらどうしてくれるんだこのデコスケ野郎ということであって、東堂がここまで登の至近距離にいるということについてはそこまで気にしていなかった。
なぜかというと、

「俺は巻ちゃんに信用されているのだな! ワッハッハ!」

だから大声を出すなって……
頭を抱えるが、こいつの言っている通りで、東堂が俺の恋人をぶん取るような事はしないと思っているからだ。自信満々なのは腹立つけど。こいつらは幼馴染みだから登のことを俺より知っているのも気に食わないけど。
もしも見知らぬ男に登がこんなことされたら、そいつの身体の上をクライムして全身骨折させるレベルである。

「なぁ巻ちゃんよ。信頼されているのは嬉しいのだがな?」

何気に信用から信頼へ格上げされているが、突っ込むのも面倒なので黙って続きを聞く。

「俺が登に手を出さんとは限らんのだぞ? 気の迷いとか、勢いとか、……なあ巻ちゃん?」

「もしそうなったとしたら、俺はとりあえず登の気持ちを尊重するっショ」

「なんだ、冷静なのだな」

嘘でもなんでもなくて本音で、登がもし東堂の方がいいというならそれでいい。……と、思う。多分。……ヤベ、ちょっと目の奥が痛くなった。やっぱ今のナシ……というのも、格好がつかないような気がする。

「じゃあこうしても、巻ちゃんは怒らないのかね?」

悶々と悩んでいると、東堂が動く。
目を瞑った東堂の唇が登の唇と重なる、直前に、思わず身体が動く。

「っや、めろっ!」

「あいた!」

伸ばした手は東堂の肩を勢い良く押し、そのせいで東堂は壁に頭を打つが声の割に大して痛くなかったようで苦笑いしながらぶつかったところをさすっている。
落ち着こうと大きく深呼吸をひとつすると、くすくす笑うのが聞こえてきた。

「よかった、ちゃんと怒るんじゃないか巻ちゃん」

「ちゃんと?」

「俺を止めなかったら本当に手を出してしまうところだったのだぞ」

「知るかよ。というかホントにヤメロ」

「いやはや、すまなかったね。ただ、やはり巻ちゃんにとって登はとても大切な存在なのだと改めて確信したよ」

こいつ、試したな。
前々から俺の見えるところで態とらしく登に寄って行く様子は見て取れた。正直出会った当初は付き合っているのかとも思ったし、もしかするとこいつも未だに……とシリアスになりかけてギョッとする。もう先程手を出したか出さなかったかはどうでもいい。問題は今だ。今、東堂が登の太ももを撫でていることだ。

「出してんじゃねえか、手!!」

「嫌だなあ巻ちゃん。登はスカートの下にはいつもスパッツを履いているから大丈夫だぞ」

「大丈夫じゃねえショ!」

ぴらぴらとスカートをひらめかせられる。ごく短いスパッツが覗いて、思わず心臓が躍る。
って、そうじゃねえ。
慌ててぺしっと東堂の手を叩く。

「巻ちゃんはグラビアが好きなのだよなあ? こう見えて登も胸は大きいのだよ?」

「ふざけんなそっちはダメっショ!!!」

制服のシャツのボタン外そうとするのを阻止する為に思い切り怒鳴る。
ハッとしてから口を押さえたが遅かった。一方で、登を抱きしめる東堂の口角が上がる。
登がもぞもぞ動いて東堂の方を向くと、奴の服をぎゅっとにぎった。

「んー……巻島く……んっ!? 尽八くん!? あれっ!?」

「おや登、おはよう。久しぶりの俺の腕の中での目覚めはどうかね?」

「えっ、ちょ……ま、巻島くん!」

東堂の腕の中に収まっている登から俺を呼ぶ声が聞こえてきた瞬間に、猫を抱き上げるみたいに脇の下に手を入れて登をヒョイと抱き上げた。もちろん東堂を睨みながら。もうこいつと登を絶対二人きりにさせたくない。学校が違うのが恨めしい、誰か俺の代わりに見ててくれないだろうか。

「巻島くん……はーびっくりした」

「悪ィな登、東堂が暴走を……」

安心して俺の髪に顔を埋める登。床に下ろしてやり、その背をゆっくりとさする俺。そして、二人同時に大きくため息を吐く。

「なんなんショ、お前………」

「え? いやぁ、仲が良い二人を見て、悪戯したくなってしまっただけだよ」

「タチ悪すぎっショ死刑だ死刑」

「それは嫌だな!」

東堂と言い争っていると、耳元でからからと笑い声が聞こえてくる。何故か登が笑っていて、何故か東堂も笑い始めた。
(主に東堂の声に)イラっとして奥歯を噛み締めると、ギリリと嫌な音がする。そんな俺には御構い無しに二人は笑う。笑うとこか?ここ。

「ごめん巻島くん、ごめん。仲良いなって、笑えただけ」

「そうだろう、巻ちゃんは俺のことが大好きだからな!」

「何を根拠にお前はそんなこと言ってんのっていうか登も笑うなショ!」

東堂と、ねーっと声を合わせて小首を傾げている登の肩を小突くと、くるりとこちらを向く。どうせいつも通りにこにこしているんだろう、と思っていたのに。
その表情は俺の予想だにしていなかったもので、自分がゴクリと唾を飲み込む音がやけにうるさかった。

「ねえ巻島くん、わたしね。ふたりがあんまり仲良いと嫉妬しちゃうよ」

甘い笑顔の裏に隠された毒に、俺はとっくに侵されてるらしい。
ああ、こいつだって人間なんだ。嫉妬くらいしてもおかしくない。ただ、もっと、もっと、この危険な甘い笑顔に溺れたいなんて口元が緩む俺は、相当キてるのかもしれない。



(なあ巻ちゃん、ここまで全て登に頼まれた計画通りのやり取りだなんて、巻ちゃんは知らなくても良いのだよ)




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