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!!注意!!
社会人パロディです。荒北が社畜です。Twitterのbotにもある設定を借りた三次創作になっているので十分注意して下さい。
OKならどうぞ。尚基本設定はそのままです。











死にそうになりながら給料の出ないサビ残の業務を終えて、帰るのも面倒だ今日も会社に泊まろうかなんてiPhoneの画面を見たら、金曜日だった。
帰れる。やっと家に帰れる。
この間久々に家に帰ったらまあ、また新開が居て。3万よこせとか言ってきたから、それやるからちょっと出てけって財布から適当に札を抜いて渡してから死んだように寝たのが一番新しい自分の家での記憶だ。先週は地獄のような休日出勤もあったから、前に帰ったのは、ええと、もうわからなくなってきた。なんで今週は休日出勤なしかって、さっき東堂が泣き喚いて倒れてしまったからだ。しばらくしてから意識を取り戻したようだったが、そのおかげで俺らも上がれることになった。
レッドブルの缶が積み重なった福ちゃんの机を見遣るともう居ない。先に帰ってしまったんだろうか。それとも、上司に呼び出しを食らっているか。後者だったらヤバい、助けないと……頭ではそう思うが足が勝手に職場の出口へ向かう。既に、もう夜の10時半だ。それでも今日は早く帰れる、なんて思っている俺の感覚はとうに狂いまくっている。
ふらつきながら会社を後にする。どうして俺はこんなブラックもブラックな会社に勤務することになってしまったんだろう。入社3日で姿をくらました真波みたいな度胸が欲しいが、そんなことをしたら親を悲しませてしまうのでできるはずもない。さっきぶっ倒れた東堂は、家が某有名グループに買収されてから大分精神を病んでる。特に変な色の観葉植物を巻チャン巻チャン呼ぶのは、こっちまで変な気分になってくるからやめてほしかった。紆余曲折あってここに入ったばかりは女子社員に人気があったみたいだが、最近の死んだ魚の目じゃあ寄ってくるのは仕事を渡しにくる上司くらいだ。せめて福ちゃんが居ることが俺の救いだった。よくパソコンの画面、真っ青にしてるけど。福ちゃんがいなかったら俺は今頃マジで首を吊ってるんじゃないかと思う。ああでも、今日は置いてきちゃった。ゴメンネ福ちゃん。
そんなことを頭の中でぐるぐるさせながら、会社を出てフラフラ歩く。自転車に乗る体力がないから、電車で帰ろう。今日口にしたものといえば、朝のウィダーと、レッドブルとそれから、―――糖の足りていない脳みそで必死に思い返すが、固形物を摂取した記憶がない。消化器官を痛めているわけでもないのに。というか、このままだと逆に胃を痛めそうだ。
考え事をしながら俯いて前に進んでいると、思い切り誰かにぶつかった。街灯の調子が悪いらしく、薄暗くて見えなかった。なんか、柔らかかったので女かな。体力のまるで残っていない俺の身体は情けなく地面に尻もちをつく。手を差し出してくれたのは、ぶつかった女の方だった。こいつもこの時間まで仕事とか、大変だな。ぼけっとしたまま手を取ると、ひときわライトの明るいトラックが横切る。
ぱっと照らされた相手の顔に、俺はぎょっとして深く隈取られた目を丸くする。

「はッ……? 佳月?」

「荒北くん! びっくりした。大丈夫?」

びっくりしたのはこっちだよ。言葉にならずに、とりあえず手を取った。立たせて貰うなんて格好悪すぎる。が、まさかの気心の知れた相手なのでそんなに気にする必要もないのかもしれない。
目の前に立っていたのは、高校・大学時代に同級生だった佳月登だった。確か東堂の幼馴染だが、最近はどうなんだろう。たまに東堂がうわ言のように「登に会いたい」と呟いているのを聴いたことがあるので、少なくとも会えてはいないんだと思う。

「めちゃくちゃ久しぶりだね! なんか痩せた?」

「あー……かも、しれね。マジ、久しぶり」

「みんな元気? 同じ会社に居るって、尽八くんからきいたよ」

歩きながら話し始めると意外な言葉が飛び出してくる。会えてはいないが、なんらかの形で話をしてはいるようだ。そういえば、休憩に行ってくると数分抜けた東堂が誰かと電話をしているところを見かけたことがあったが、こいつと電話していたんだろうか。

「連絡とってんの」

「まあ、たまに? 電話くるよ。平日は全然長くできないんだけどね」

「まァ、だよね」

ウチの会社に居る限り、平日の長電話は難しい。仕事が上がるのはド深夜だし、そもそも家に帰れるかどうかわからない。最悪、トイレで掛けるくらいしかないだろう。俺もあまりに耐えられなくなると、用もないのにトイレへ行って少し寝たり、アプリのゲームをしたりはする。今度東堂に提案してやろう。
そういえば、こいつはどこに務めているんだろう。濃すぎない化粧に、健康的な長さのスカート。そこまでかっちりした服装ではないが、かといってラフでもない。
大学までは同じだったが、佳月は卒業とともに就職ではなかったので何の職についているかは知らない。

「そいえば、今は何してんの」

「通訳の仕事してる。同時通訳の勉強も最近してるよ」

「え、すごいネ」

理系の学科だったので、そういう仕事をしているのかと思ったら全然違った、むしろ文系だった。資格とか色々とっていたが、そういうことだったのか。
となると、この時間にこんなところをほっつき歩いてるのは何故だろう。というか、今更だけど俺の家の方向こっちじゃねえ。つい、沿って歩いてきてしまった。まあいいか。今日はまだ電車も走っているし。

「今日はね、飲み会だったんだ。金曜日だしね」

「え、……へえ」

飲み会。……飲み会。
楽しかった思い出なんてない。新入社員の歓迎会から今まで。酒を飲むのは嫌いではないが、飲み会の席は仕事だ。上司に気を遣って、無理して酒を飲んで、後から吐く。おまけに次の日も仕事。そんな俺の知っている飲み会と、佳月が今日参加してきたものは違うんだろう。でなければ、こんな楽しげなテンションで飲み会だった、なんて言えるはずもない。
楽しい飲みか。そんなの、大学時代以来ないな。懐かしい。こいつとも飲んだ。楽しかった、なあ。二日酔いになって授業中寝てると、金城と二人してコピーしたノートを後からくれたりして。思い出されれば思い出されるほどに、今の俺は何をしているんだろいう気になる。毎日、朝から晩までろくに飯も食わずに働いて、楽しいことなんて何一つなくて、夢見てた大人の生活なんてまるで出来ていない。
俺が酷く落ち込んでいるのを見て、それまできょとんとしていた佳月はいきなりニヤッと笑った。本人は普通に笑ったのかもしれないが、俺にはそう見えたので怪訝な目で返すと、少しだけヒールの高い靴の音がカツカツと俺の前へ進み出る。

「荒北くん、ウチこない?」

急すぎるその誘いに断るか断らないか、選択する余地もなく手を引かれる。グズグズの身体が、軽快な足取りの相手に主導権を握られて膝がガクガクする。もしかしてこいつ酔ってるのか? いやでも、大学の時に一緒に飲んだ記憶があるが酒には強かったはずだ。
途中転けそうになりながらも、彼女があまりにもグイグイと引いてくるので体力が底をついている俺に反抗する術はなかった。
気がつけば普段乗らない地下鉄の駅のホームに居て、到着した電車に背中を押されながら乗っていた。


---


佳月の家は、地下鉄の駅から最寄りだった。結構いいところに住んでいる。マンションは入り口に暗証番号付きのロックがかかっているタイプだ。エレベーターに乗って、ぐんぐんと上る。地上15階。こういうのって、上の階だと高いんじゃあなかったっけ。すげえな。ぼーっと辺りを見回していると鍵を開けて部屋へ入るなり、佳月にスーツの首根っこを掴まれて洗面所を兼ねた脱衣スペースへ放り込まれた。

「とりあえずお風呂入っちゃいなよ」

口答えする間もなく、ドアが閉められる。ぽかんと口を開けている俺を他所に、間髪入れずちょっと開いたドアの隙間から着替えと大きさの違うタオルが数枚が投げ込まれた。せめて置いてくれよ。バラバラ崩れているそれらをかき集めながら、着れんのかよ、と確認すると男物のTシャツとスウェット。何故か新品の下着まである。Tシャツがなんだかやけに派手なのが気になるが、まあいい。せっかくだから数日ぶりの風呂を、借りる形でいただくことにする。
入れておいたら洗濯してくれんのかなあ、とワイシャツと下着を勝手に洗濯機に突っ込んで、浴室のドアを開けると湯が湧いていた。いちごミルクみたいな色は、入浴剤だろう。もしかすると、これは外に居てもスマートフォンでお湯を沸かしてくれるとかいうやつか。こいつ、どんだけいいとこ務めてこんなとこに住めてんの。
半ば呆れながらも蛇口を捻ると、ぱあっと暖かなお湯が降り注いでくる。思わず意識が遠のいてしまいそうなくらい、気持ちがいい。しばらく何もせずに当たっていたが、髪を洗うことにする。ふと見ると、ボトルが4本。シャンプーとリンスが二本ずつある。全部同じメーカーのではなく、違う組み合わせが2つ。なんでだよ。
気にはなるが訊く相手はここには居ないので、頭をがしがし指で擦りながらキラキラしていない方のシャンプーのボトルの頭を押した。まあ、どっちでもよかったんだが片方があまりにも女子力の高いパッケージなので引いてしまった。
2、3回髪を洗い流してからリンスを適当に髪になすりつけ、身体を洗う。いいのかな、佳月と同じスポンジ使っても。まあいいか。
そういや、髭もちょっと伸びている気がするがさすがに剃刀は―――あった。男のものの剃刀が、さも当然のように鎮座していた。なんだ、あいつ彼氏居んのかな。まあ、それもいいや。あとで訊けばいいだけだ。
心の端っこで遠慮しながらも、結局置いてあるものは勝手に使いまくってしまった。
全身を洗い流してから、いよいよ浴槽に入る。いつぶりだろう、湯船に入るのなんて。
手でぱしゃぱしゃと軽く温度を確かめると、ちょっと熱いが入れそうだ。そっとつま先からお湯につけて、そのまま引き摺りこまれるようにどぼん、と落ちる。
口から、いや、心の底から変な声が沸き上がってくる。なんとも情けない、気の抜けた声。

「あ゛ぁ、あ゛〜きもっちい……」

どっから出てる声なのか、自分でもよくわからないが勝手に飛び出してくるんだから仕方がない。このまま沈んでもう二度と浮き上がってきたくない。そしたらもう会社も行かなくていい。ああ、でも福ちゃんを一人残して俺だけが去るなんて、そんなことは出来ない……。そこまで考えて、鼻の上まで半分沈めた顔をお湯から遠ざけて軽く頭を振る。
風呂の中についている時計を確認すると、もうはや入ってから30分以上経っている。勝手にひとんちの風呂を満喫してしまった。
そろそろ上がろう。ざぱん、と勢い良く上がると、なんだか先ほどより身体が軽くなった気がする。肌が水分を吸い取ったみたいに、艶めいて見えるのは気のせいだろうか。
用意されていた着替えに袖を通し、短い髪をタオルで拭く。ドライヤーはまあ、いいだろう。換気扇は回っているが、蒸気の篭った洗面所のドアを開けると鼻をくすぐるのは腹の減るにおいだった。もしかしてこれは飯のにおいか。
廊下で立ち往生していると、佳月がいろいろ抱えてこちらへ駆けてくる。

「あ、お風呂上がった? じゃあちょっとわたし入ってくるね、10分で上がるから待ってて」

「へ? あ、ああ」

「テキトーに、テレビとか見てていいから。麦茶なら、テーブルにおいておいたから飲んでいいよ」

言い終わるか終わらないかで、さっきまで俺がいた洗面所のドアが閉まり、中でバタバタと音がする。相変わらず、落ち着きないんだなこいつ。
しかし、彼女が10分で風呂に入ってくるというので待っている他なかった。居間らしき部屋に入るといい匂いが強くなる。佳月が風呂から上がったら飯かな。だと嬉しい。
こざっぱりして見えた部屋の中は、隅の方にごちゃっといろいろ積み重なっているのが見える。多分、俺が風呂に入っている間に適当に片したんだな。
つけっぱなしのテレビの前にあるテーブルに、麦茶―――じゃねえ。これ、ビールじゃねえか。あいつ、余計な気回しやがって。
戸惑いながらもソファに身体を沈め、口を付ける。するすると流れこんでくる液体を、止めることはできない。気付けばコップの中身を飲み干してしまっていた。
タオルを首にかけたまま、何も考えずにテレビを眺める。身体がふわっと暖かくて、まるで夢の中のようだ。試しに頬を抓ったが、痛い。
ここにいると数時間前までの地獄のような会社での出来事を忘れてしまいそうだ。明日も休み。俺、ここに泊まっていいのかな。あ、でもさっき洗濯機に服を放り込んできたし、泊まる気満々だった。
夢見心地で、アルコールのせいもあってうつらうつらとしている後ろからバタバタと足音が響いてきた。佳月が風呂から上がったらしい。

「ごめん、待った?」

「いや……ちょっと寝そうになってた」

「ご飯たべないで寝るかい?」

「起きたし、飯は食う」

手早く乾かしてきたらしく、佳月の髪はぴょこぴょこ変にハネている。明日休みとはいえ、女がそれでいいのかよ。思ったが、数日まともに風呂にも入れないでいた俺の台詞でもないので言葉は飲み込んだ。
冷蔵庫を開けている佳月が俺に手招きをするので少々離れがたいソファから身体を持ち上げて側へ行く。さすがに風呂あがりの女はいい匂いがするが、そんなことはどうでもいい。

「おかず色々あるんだけど、タッパの蓋開けて好きなの選んでいいから」

「ホント? じゃあ見るわ」

作りおきをしているらしく、色とりどりの蓋のタッパにはこれまた色とりどりの惣菜が入っていた。作ったのかと問うと、ガス台に乗っている土鍋を手にしながら頷いていた。ふと、大学時代に飯作って貰ったことをなんとなく思いだした。別に付き合っているわけでもなかったが、俺が風邪引いて死にそうになった時に間違って電話をかけてしまって、それで飯を作って貰ったんだ。ヤバい、こいつといるとどんどん懐かしいことがリフレインする。
ぱかぱかととっかえひっかえに蓋を開けて、最終的に俺が選んだのは肉じゃがと、手羽元と卵の煮た奴と、ポテトサラダ。どれも美味そうで迷った。というか見ているだけで無意識に涎が垂れそうになって焦った。どれだけ飢えてんだ、俺は。
選んだタッパを佳月に渡すと、器に入れ替えてレンジに次から次へと突っ込んでいた。どこか大雑把な作業が、何故か見ていて安心した。完璧すぎないのがいい、みたいな。

「ご飯もっていくから向こう座ってて。お味噌汁は?」

「飲む」

短く答えて先ほど座っていたソファにまた戻った。思いっきり真ん中に倒れこんでから、あいつの座る場所がねえなと横にずれる。
すぐに、お盆を持った佳月がやってきて白米やらおかずやらを並べる。ご丁寧に、またビールもある。湯気を立てるそのどれもが、においだけでもう美味かった。
俺の隣へ腰掛けて、頂きますと手を合わせる佳月に習って俺もそうした。こんなことしてから飯を食うのはいつぶりだろう。最後に白米を食べたのは、営業の合間に車の中で無理やり食べたジップロック入りの飯だ。それも、レンチンのやつ。
どれから手を付けようか目を泳がせてから、味噌汁にする。お椀を手にして一口啜ると、ゆっくりと広がる旨味と温かみ。何故か、急に眼の奥が熱くなって、味噌汁がしょっぱく感じる。違う、涙がぼろぼろこぼれていた。
もちろん驚いた佳月がティッシュを何枚か引き抜いて渡してくる。

「荒北くん!? え、美味しくなかった?」

「ちが、……なんか、わっかんねえ」

ぐすっと鼻を鳴らしながら、俺は白米をかっ込む。なんか、すげえ美味い。
そういや土鍋が置いてあったが、もしかしてアレで炊いてくれたんだろうか。車の中で食べるアレとはわけが違う。もはや別の食べ物だ。
涙を流しっぱなしで次々と箸を伸ばす俺を心配そうに見つめながら、佳月は自分もゆっくりと箸を進めていた。もう12時になってしまうが、そんなことはお構いなしに大分食いまくった。全部美味い。こんなにちゃんと固形の食べ物を食べるのは久しぶりすぎて胃が暴れるかと思ったが、そんなことはなかった。結果飯を3杯、味噌汁も2杯飲んで、別のおかずも温めて貰ってしまった。佳月は途中から俺の様子を眺めつつニコニコ笑っていたが、今更ながら迷惑をかけている気しかしない。
それともアレだろうか、飢えた動物を拾った気分なんだろうか。だとしたら可哀想に思われてるんだろうな。ただ、それが実際偽善でも押し付けがましい親切でも、俺にとっては唯一の女神様みたいに見えた。嘘じゃない、結構本気で。
最終的にティッシュ箱ごと手渡され、大分紙を消費した。ビールを飲み干して相変わらず涙目でごちそう様を静かに呟いて、俺は遅い夕飯を終えた。
食器を片付けて戻って来た佳月は、紅茶の入ったカップを2つ手にしてこちらへ来る。それを貰ってゆっくり息を吐きながら、俺は何度目かわからないがティッシュで鼻をかむ。

「……な、佳月」

「どした」

「今度さあ、もし時間あったら福ちゃんと東堂も連れてきていいかな」

恐る恐る訊くと、佳月はもちろん、と微笑む。
なんだかほっとする。ここに来れば、楽しかったあの頃に、戻れないと思っていたあの時間に戻れる気がする。
次来られるのはちょっと、さすがにいつになるかはわからない。きっと、早くても1ヶ月後とかになってしまうだろう。それでも、またここに来られると思うとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ気が楽になる。

「おかず、いっつもストックしておかなきゃなあ。あ、新開くんは?」

「アイツここに連れてきたらここに住んじゃうから絶対ダメ」

ヒモと化した新開をこんなところに連れてきたら、あいつの巣窟になってしまう。佳月が搾取されるのは気に食わない。というかそもそもこいつ、彼氏いるっぽいし。兎にも角にも絶対にダメだ。
俺が難しい顔をしているのを見て首をかしげていたが、深くは訊いてこずに苦笑していた。東堂から多少は話いってんのかな。
腹がいっぱいになったら、なんだか急に眠くなってきた。テンプレ的な生理現象だが、そもそも最近こんなほわほわした気分で眠くなること自体がなかった。寝不足で血反吐が口から出そうになるのをこらえながら、睡眠時間は平均3時間か4時間だ。俺、よく生きてるな。
手にした紅茶を飲み干して、欠伸をしながら身体を伸ばす。このまま寝られそうだ。散々新開のことを悪く言っていてなんだが、佳月のヒモになれたらそれはもう、毎日単細胞生物の如くなにも考えずにぼーっとして過ごせそうだと思った。もちろん、ヒモになんかならないが。

「眠いなら寝ていいよ。ベッド、使っていいからさ」

「はっ? お前のやつ?」

「うん、いいよ。わたしまだ寝ないし」

落ちそうになっていた瞼が開く。柄にもなくドキッとしてしまった。もしかしてアレか、誘ってるのか? という幻想が頭に過ったがそんなはずもないだろう。こんなクタクタの童貞野郎に抱かれたい女なんていないよな。
促されるままに寝室に案内して貰う。佳月が一人で寝るには大きいだろうベッドがそこにはあって、これを俺一人で使っていいのかと思うと修学旅行生のようにテンションが上がった。どうぞ、とベッドをぽんぽん叩かれたので、もそもそと寝転がる。すうっと息を吸い込むと、いいにおいが鼻腔を擽る。佳月のにおいがする。
柔らかい枕に頭を沈めると、今にも寝てしまいそうだ。俺が早速寝落ちそうになっているのを佳月は端のほうで腰掛けて見ている。その表情は穏やかで、やっぱり天使かなんかなんじゃないかと思ってしまう程だった。それくらい、こういう人の優しさにちゃんと触れていなかった。

「明日休みだよね。ゆっくり寝てなよ」

「……ありがと、な」

言うタイミングを失っていたお礼の言葉を、漸く口に出来た。
佳月が部屋から出て行く。おやすみ、と遠くに聞こえて部屋の電気が消えると、ふかふかした布団に包まれて、すぐに視界は真っ暗になる。
暫くの間すっかり忘れていた幸せっていう感覚は、こういうものなのかもしれない。
仕事のことなんか全部忘れて、微睡みへ浸かっていく。明日起きたらまた何か美味いものが食えるのかなあ、なんて人並みな希望をぼんやり浮かべて、俺はそのまま深い眠りについた。





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