MAIN | ナノ
「巻島くん、昔の写真とかないの?」
俺のベッドで端から端へ、ごろごろ転がっている登が急に止まったと思ったら、唐突にそう訊かれた。理由はなんだろう。そういえば、この間彼女が中学校の時の写真を見せて貰った。直接ではない、東堂にだが。
その話が登に行ったんだろうか。
「見たいっショ?」
「あるの? すっごい興味ある」
何故かやたら嬉しそうに起き上がり、縁に腰掛けていた俺の肩へ手を乗せる。
因みに、ベッドルームに居たが、別に何かしていたわけではない。登は俺のベッドが好きらしく、来るとよくこうして寝転がっている。そのまま寝てしまうことがあるのは、少し困りものなんだが。
「なんでそんなに見たいんだよ」
「え、だって、高校に入ってから髪染めたんでしょ? 黒髪の巻島くんって想像出来ないし」
隣に腰掛けて、ゆらゆら足を揺らす。妙に期待を込めた眼差しを向けられるので、見せてやることにする。面白くねえぞ、別に。
立ち上がるとニコニコした登が俺の後をついてきた。ドアを開けて、テレビやら机やらがある方の部屋へ戻る。本棚から適当に、薄いアルバムを取り出してテーブルへぽいぽいと投げるように乗せた。手当たり次第なので、中学のなのか高校に入ってからのなのか分からない。そもそも、こういうのをあまり自分で見返さない。記念だからと渡されて、捨てるのもなんだからとっておいただけだ。それでもまあ、楽しそうにアルバムを開いている恋人には需要があったようなのでよしとする。
「うわ、うわ、若い!」
「どういう意味ショ、それ」
今だって若いっつの。悪いが俺はお前と同い年だぞ。と、突っ込むのも面倒だが。
彼女の後ろから抱きかかえるようにして座るが、俺そっちのけで写真に夢中だ。
登が写真が好きだというのは聞いていたけれど、見るのも好きなのか。てっきり、撮るのが好きなんだと思っていた。
「かわいい、かわいいなあ〜」
「かわいくねえっショ」
「かわいいよ!」
指しているのは中学の俺だ。自分ではあまり見返したくないが、髪が黒くて短くて、背もまだ低くて頼りない感じだというのはなんとなく自覚している。今に比べると、なんというかまあ、こんなことを言うのもなんだがダサくてショボイ。
登がそんな俺を見て可愛い可愛いと指で頭のところを撫でているもんだから、ちょっと複雑な気分になる。
「あんまりおっきくなかったんだね。今も細いと思ってたけど、筋肉ついたんだあ」
「そりゃ、裏門坂で練習いっぱいしたしな」
「高校も、1年の時はこんなに髪の毛短かったんだあ。これもかわいいなあ」
女子はなんでもかんでもかわいいと言うらしいのはきいたことがあったが、自分の彼女もそうだとは思わなかった。何をどう見たら可愛いのかわからないものについても言うらしい。
登の昔の写真はというと、もちろん可愛かった。この言葉はああいうものに使うのが相応しいのだ。幼い登が慣れないドレスを着て頬をぷくっと膨らませながら照れている写真とか、運動会でリレーのアンカーをしている時の写真とか。中学の時の写真は髪が今くらいの短さで、ちょっとあどけなさを増したかんじだった。なんで東堂がそんな写真まで持っていたかは不明だが、幼馴染補正ということにしておく。あいつに妬くのはもう飽きた。不毛だし。
何が面白いのかわからないが、次から次へとアルバムを捲っている登。
俺はちょっと拗ねているのかもしれない。実物がここにいるのに、紙切れに写った方ばかりに夢中になられているから。
「わたしは2年生からの巻島くんしか知らないからなあー……って、どうしたの」
「なんもしてねえショ」
「機嫌悪そうなんだけど」
顔と態度に出るからすぐわかるよ。登は笑うが、そんなにわかりやすいだろうか。
アルバムをテーブルに置いて、俺に凭れ掛かってくる。真っ黒な髪からふわりとシャンプーの香りがした。
「どうしたのか教えてよ、謝るからさ」
「いい。俺が勝手に機嫌悪くなってるだけっショ」
「理由はなんとなく察してはいるけどね」
わかってんなら訊くなよ。言葉にはせずに、登の頬を突付いた。柔らかくて、つんつんと繰り返すうちに少し和んできた。
それにしても、見通されてるな。そんなに長く付き合っているわけでもないのに。俺は言葉もそんなに多くないし、わかりにくいはずなのに。登はいつも、考えていることを言い当ててくる。
俺は、登の考えていることがわからない。それはなんだか不公平だ。こんなに登のことが好きだってのに。
悩んでも仕方ないかと割り切ってはいるが、だからこそ登と幼馴染でツーカーな東堂にはモヤっとすることも多い。もう大分慣れたが。
いろいろ考えを巡らせていると、頬を突付いていた指に登の指が触れる。そのまま他の指も触れて、手と手が重なった。
「いいじゃん、巻島くんのこと知りたいんだから昔の巻島くんのことも気になって当然でしょ」
「今の俺を大事にしてほしいショ」
「してるって、大好きだもん」
あっけらかんと、恥ずかしいことを言ってくる。少しも照れずに、目を真っ直ぐに見て。嘘偽りないその言葉に気圧されるというか、力づくで身を引かされるというか、なんともいえない力を持っている気がする。嫌な感じはしない。
にかっと歯を見せて笑うのも、女らしくはないが可愛いことには変わりない。
ああ、そうか。どう考えても昔の俺なんかより可愛いはずの登に、写真を見てあんなかんじに感想を言われていたから腑に落ちなかったのか。
ひとりで勝手に納得していると、今度は登が不服そうな表情になった。
「巻島くんの自己解決のはやさといったら。さすがに理由がわかんない」
「わからなくていいっショ」
「まあ、なんでもわからなくてもいいよね。知りたいって思うのが、好きってことだし」
「そうだな」
重なっていた指同士が絡まって、ぎゅっと手を繋ぐ。
登の言ったとおり、もっともっと知りたいと思ってしまうのは、お前が好きだから、仕方ないんだ。