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ホワイトデーだな。
そうだね。
プレゼント送ったから、そのうち届くと思うショ。
え、ほんと? ありがとう。

そんなやりとりをSkypeでしてからもう一週間くらい経った気がしたが、まだ届いていない。別にいいんだけれど、途中で郵便の事故があったりしてないかということだけは少々気がかりだった。
巻島くんと話すのにも、なにせ9時間も時差があるから一苦労だった。うまくタイミングを合わせないと絶妙に難しい。
わたしももう、大学に行くために一人暮らしで学生用のお安めのマンションを確保し、そこからお話している。普段は大体音声だけなんだけど、たまにするテレビ電話でダンボールが写っていると彼に早く片付けておけと何故か叱られるので、今ではもうすっかり綺麗に整った部屋になった。
今日は午前中に入用で大学に行って、そのまま学食でご飯を食べていたらたまたまオープンキャンパスで友達になった子がいた。喋っていたらもう2時だ。彼女は凡そわたしの恋愛について興味があるらしく、外国に彼氏がいるなんて凄い! と目をキラキラさせていたが、こっちとしては溜まったものではない。どこかの山神も悲しんでいたけれど、傍に居ないというのは結構精神的にくるものがある。関係は違えど、それを話し合える尽八くんという存在は結構ありがたいものだった。正直巻島くんと話す時間よりも彼と愚痴り合っている時間の方が長いような気もするが、ばれると地味に妬かれるので黙っている。わたしとしては、男同士の友情で、ライバルで、仲がいいふたりに焦がれてしまうんだけれど。それを前に言ったら、それとこれとは全然違ェだろ、と至極困った顔をされてしまったので以来口にしたことはないけれど。それに、ふたりが競い合っている姿はとても格好がいいので、それはとても好きだ。
そう、その好きなものも身近で見られなくなってしまったので、そういう意味でも残念なのだ。こんなことを言い始めると、あれやこれやと出てきてキリはない。
もちろん、一番は恋愛的な意味で、恋人が傍に居ないのは単純明快に寂しかった。
でも、それはわたしだけではない。らしい。ので、我慢するしかないのである。ひょいと行ける距離でもない。全く、なんで外国になんて行くと決めてしまったんだろう。その辺がなんというか、お金持ちの思考だよな。どうせ一般家庭で育ったわたしにはわかりませんことよ。
まあ、そのうち向こうでビック・ベン(今はエリザベス・タワーに改名したんだっけ)を見るべく英語を頑張りますよ。通う科は理系だけど。
友人にまた学校でと別れを告げて立ち上がり、徒歩7分の自宅へ帰ることにする。
大学生協の不動産チラシに7分と書いてあったが、普通の女子の足だともう少しかかると思う。まあでもこういうのは、あらゆる手を使い尽くしてなるべく短い時間を叩きだしているそうなので仕方ないか。
どちらにせよ、寝坊しても走れば授業に間に合うような家に住めてよかったと思う。周りも女子ばかり住んでいるらしく、部屋も煙草の匂いなど一切なく快適だ。
もうすぐ桜が咲きそうな蕾を眺めながらマンションの玄関を鍵を回して潜り、すぐ帰ってくるつもりだったので鍵を掛けなかった自室のドアノブを捻る。短い廊下を抜けて、ワンルームの部屋へ続くもう一枚の扉を開く。
一人暮らしだから声が返ってくるはずもないのだけれども、つい言っちゃうんだよね。

「ただいまー」

「ヨォ、お帰り」

思わず扉を閉めた。
何か居た。寧ろ誰か居た。いや、どう考えても、あんな髪であんなファッションをしていてあの声の人間は一人しか知らない。でも、こんなところに居るはずがない。どうしたんだろう、幻想を見るほど疲れるようなことはしていない。
落ち着け。深呼吸をしてもう一度、勢いよく戸を開いた。
そして、見間違いではなかったことを確信した。
ひとの家のソファに勝手に横になってくつろいでいる、玉虫色の髪の細長い男。
巻島裕介、わたしの恋人が何故かそこには居た。

「ちょっ……なんでいるの……CG?」

「んなわけねェだろ……そんなに疑うなら触ってみろっショ」

喋り方も口癖も、どう考えても彼だった。コートを脱ぐのも忘れて、一応持っていた小さなトートバッグもその辺に落として、彼の腕のあたりをぺたぺた触る。当たり前だが触れた。
何がなんだかわからない。混乱している様子が見てとれるようで、巻島くんはゆっくり起き上がるとわたしの手を握った。

「どうして家に居るんだって?」

「うん」

「合鍵、お互いに交換したの憶えてろよ」

苦笑いしながら、ぎゅっぎゅっと、手の力を入れたり抜かれたり。彼の長い指がわたしの指に絡んで、更にぎゅうっと力が入る。

「なんで今居るかってのも、訊きたそうだな」

「うん」

「今はイースターホリデーっつって、学校が休みっショ」

わかってくれたか? と優しく尋ねる巻島くん。もう、なんていうか、嬉しいのにわけがわからなくて、首を縦に振ることしかできない。本当は目にした瞬間大喜びして、叫んで、駆け寄って抱き付きたいくらいの心持ちなのに、実際こう急に現れると何もできなかった。それでも彼はクハッと笑って、わたしの望み通りに抱きしめてくれる。久々で、本当に久々で、時間にすると半年近く会えていなかったのだ。
巻島くんの温もりが全身に伝わってくると当時に、流すつもりなんて毛頭なかった涙がぼろぼろと溢れ始める。

「驚かせて悪かったっショ」

「おど、おどろいたっていうかあ! もう、もおおお」

「そんな泣くなショ」

ぐずぐず鼻を啜り、何回か深く息を吐いて少し落ち着いたつもりになった。
なんで巻島くんはそんなに冷静なんだとどつきたくもなったが、わたしがこんな状態なので困ってしまってそれどころでもないのかもしれない。そうは思っていても、どうしようもなかった。
リズムよく背中を優しく叩かれて、だんだん涙は引っ込んできた。
そういえば、わたしが居なかったんでこういう状況になってしまったが、本当はチャイムを押して上がる気だったんじゃないだろうか。もう、この状況は色んなタイミングはこんがらがって訪れたものとしか思えない。

「てーか、入ってきた時に靴で気付けショ」

「下向いてなかったんだもん……わたし以外居るなんて想像もしてないし」

目元に残っていた涙を服の袖で拭って、後ろ向きに彼の足の間に座った。小さく笑う声がきこえて、再び腕が身体に巻き付いた。
急に、耳元に吐息がかかって肩が震える。巻島くんがわたしの耳に唇を寄せた。

「プレゼント、ちゃんと届いたっショ」

その言葉に振り向くと、真っ赤な顔が逸らされていた。なるほど、あの言葉はこれの伏線だったわけだ。
無理して気障な台詞を言ってくれて、とっても嬉しい。が、わたしもめちゃくちゃ恥ずかしい。お互いに上気した顔を合わせられずにいたが、巻島くんは目だけこちらに遣ってきた。

「……登」

「なあに」

「嬉しいっショ?」

「もちろん、最高に」

「なら、良かったっショ」

振り向いてそのままだった顔の向きで、顎を軽く持ち上げられた。そのまま、唇に柔らかいものが触れる。巻島くんの薄い唇の感覚も、もうどれくらいご無沙汰だったんだろう。
押し付けるだけ、でも長いキス。うっすら目を開けると、長い睫毛がぶつかりそうな程近く感じる。
ゆっくり顔が離れて、綺麗な瞳にわたししか映っていないのを目にすると、なんだか妙にドキドキする。
前を向いたわたしに、巻島くんは小さな声で囁く。聞き逃すなんてヘマはしない。

「登、大好きっショ」

「そんなこといってくれるなんて珍しい」

「たまにはいいっショ」

「うん、わたしも大好き」

お互い当たり前のように軽く言い合って、笑う。
それでも、またすぐこの体温を感じられなくなってしまうと思うと少し切なくなったけど、それは考えずにいよう。
一緒に居る今この時は、ここに居るプレゼントのことで頭をいっぱいにして、しあわせに満ち満ちていたいから。

「あ、登」

「どうしたの」

「冷蔵庫にケーキ、入ってるショ」

「わあ、食べる食べる!」





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