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尽八くんの実家に行くのは、実に1年ぶりといったところで大して久しぶりでもなかった。しかし、旅館には訪れていても彼の部屋に行くのは中学生以来かもしれない。高校は、寮に住んでいたし。
次から次へ、せっせと宛名書きをしている尽八くんを、部屋にあるクッションを抱きながら見守って1時間くらいが経った気がする。わたしも最初はひとりで携帯ゲーム機をいじっていたのだけど、彼がすらすらと綺麗な字を並べていくのが面白い。単純作業を眺めているのは意外に楽しい。
彼がしていることは、ホワイトデーのお返しの宛名書きである。まあ自分で美形とか散々言っていただけあって、大量に貰っていた。尽八くんのいいところは、些細なものでもそれにきちんとお返しをすることだろう。ホワイトデーが卒業式を過ぎてしまうので、自前にくれた女の子たちに住所を聞いていたようだ。可愛らしい色とりどりのハンカチが入った小袋が、大きな袋に入っているのを見ると、いくら掛かるんだろうなという本人にはきけない疑問が浮かぶが、お金はあるんだろう、お家が旅館だし。と、勝手に思っている。変に使い勝手の悪いものより、ハンカチなら貰っても使えるしありがたいよなあ。ひとつ、欠伸をしていると急に尽八くんが書くのをやめてこちらへ話しかけてきた。

「暇か? すまんな、明日までに終わらせないといかんくてな」

「いやあ、大変だね。気にしないからどうぞ続けて」

手のひらを向けて促すと、申し訳なさそうに苦笑いされた。本当に気にしてなんていないのにな。
彼は少しだけ考えてから、一人頷いて立ち上がった。そして、部屋の隅に置いてあった大きな紙袋から、ラッピングされている中くらいの何かを取り出してわたしの隣に座る。

「本当は当日に渡そうと思ったが、今日お返しを渡してもいいかな」

「え、わたし? やだなあ、あげてないよ」

「くれたじゃあないか、部屋のドアにかけておいてくれただろ」

てっきりお返しなんてもらえないと思っていたからしらを切ってみたが、バレていたようだ。こっそり、誰もいないであろう時間に袋をノブへ掛けて、中には手紙も入れなかったのに。
わたしが、どうにもやりにくくて後ろ頭を掻くと、にやにやと口角を上げ始めた。

「しらばっくれてもダメだぞ。ココアのマフィン。写真も撮ったし、それを巻ちゃんに送ったし」

「やめてよ恥ずかしいなあ! もう、バレてないと思ってたのに。いちファンからのプレゼントだと勘違いしてくれると思ってたのに」

「照れるということは、やはり登だったんだな」

少しほっとしたような表情。もしかして、カマをかけたな。まあ、確信できる要素がないように贈ったし、当然といえば当然かしら。それでも、自分の勘だけでわたしからのものだと確信してくれていたのはちょっと嬉しいかもしれない。本人にはいってあげないけれども。

「分からない訳なかったのね」

「もちろんわかるとも、登のことだ。来年は、きちんと手渡してくれよ」

「はいはい、そうします」

観念しましたと言わんばかりに両手を上げると、抱えていたクッションを避けられて、そこにすっぽりと包みを置かれた。オーガンジーのようなグラデーションがかかった水色の包装紙が綺麗だけど、中に何が入っているのか想像が付かない。思っていたより軽いし、そもそも結構大きいし。
首を捻っていると、開けてもいいぞと許可を貰ったので、結ばれていたリボンを解く。
中から出てきたのは、真っ白なくまのぬいぐるみだった。所謂、テディベアというやつ。耳にタグがついていて触り心地もとってもよく、いいものなのではないだろうか。
というかこれは、もしかして―――そう思い出すより先に、尽八くんが距離をもう少し縮めながら口を開く。

「それ、欲しがっていただろう」

「え、いや……覚えてたの」

「プレゼントしようとは決めていたけどタイミングが難しくてな、ちょうどホワイトデーだしいいと思ったんだが」

嬉しくないか? と問いかけてくるので、くまの頭に口を埋めながらもごもごと小声で答えると、尽八くんはにっこり笑った。黙ってれば本当にカッコイイのに。
このくまは、去年の秋くらいにわたしが談話室で見ていた雑誌に載っていたものだった。その雑誌に載っているものは往々にして女の子らしくてキラキラしていて可愛いけれど、値段が物凄く可愛くなかった。大学に入って、バイトしたら買うんだ! と彼に言うと、大学生にもなってぬいぐるみか。と少し笑われてしまったのは記憶している。こんななりでも女子だから、やっぱりそういうものにはこの歳になっても憧れる。柄に合わないと否定されそうであまり人には言っていないが、実は可愛い物が結構好きで、ぬいぐるみも実家にはたくさん置いてある。
彼もその時は意外そうにしていたが、こうしてプレゼントしてくれたのだから否定的に捉えてはいなんだろう。多分。
ふわふわのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめてみていると、わたしは尽八くんにぎゅっと抱きしめられた。

「登がそういう女の子らしいものを好きなのは意外だったが、可愛いぞ」

「くまが?」

「この状況でそれはないだろ、登が、だ」

わたしの冗談にくすくす笑いながら、おでこをこつんとぶつけられる。カチューシャで留めきれなかった髪が、微かに触れる。

「これからちょっと離れてしまうから、それを俺だと思って大学で頑張るんだぞ」

「じゃあくまの名前が必然的に尽八くんになっちゃうじゃない」

「俺も買って、それを登だと思うとするか。リボンがついたのもあったからな」

「女子力高いなあ、それ」

そんなことを口にするってことは、もう買ってあるんだろうな。なんて恥ずかしいことを考えるんだろう。貰った時にわたしもちょっとだけ同じことを考えてしまったけれど、絶対に秘密にしておこう。

「一緒に住んだ時には、隣同士に置いてやらねばならんな」

そう呟いてから、口付けられる。同意の言葉も飲み込んだけれど、彼には唇から伝わっただろうか。





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