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雨脚はどんどん強くなる。今日の天気予報は完全に外れた。何が降水確率10%だ。
どんより鈍色の雲に覆われた空から梅雨の時よろしくじとじと、大きな粒が降ってきて地面を叩いていた。時間ももう夕方で、天気も相まって不気味に暗い。
適当にあてもなく散歩デートをしていたので周りに店すらないところでこの大雨に降られてしまい、仕方なく大きな橋の下へ避難した。どこの誰がしたんだか知らないが、壁がスプレーアートになっていた。なかな良いセンスっショ。
登の頭と肩がぐっしょり濡れてしまっていたので持っていたカーディガンを貸してやった。箱学の制服は空色なので、水に当たると目立つ。あと、俺の目の遣り場的な意味でも困ったし、なにより風邪を引いてはいけない。
しばらくここで雨宿りしてて、小雨になったら急いでバスなりタクシーなりに乗って家に向かおうと思ったがそれも難しいかもしれない。全く弱まる様子がない。これでは乗り物に有り付くまでにびっしょりになってしまうだろう。
幸い全く濡れていない地面に座り込んで、もう何分経つんだろう。登はというと、端のほうでうろうろしながら雨を眺めていた。

「なあ、登」

「どうかした?」

「いや、何もしてねぇけど。寒くないっショ?」

「寒く、な、な、」

はくしょん。否定するつもりだったんだろうが、そのくしゃみで台無しになっていた。立ち上がり、彼女の方へ寄って引き寄せると肌がひんやりしている。なるほど、落ち着かない様子だったのは寒いから身体を動かしていたらしい。

「風邪引いたらどうすんだ、くっついてろショ」

「えー、こんな外で恥ずかしいよ」

「心配してンだから、素直に言うこときいとけ」

せめて死角になりそうな、壁の真ん中辺りまできて腰を落ち着ける。突っ立っている登に手をのばすと、しぶしぶ腰を下ろす。冷えている地面に座ろうとしたので、俺の膝の上へ無理矢理乗せた。外でこんな密着は俺も不本意だが、登が病気になってしまうことを考えればなんてことはない。当の彼女はそうでもないらしくて、嫌そうに眉間に皺が寄っている。
無理矢理伸ばそうと額に触って左右に軽く引っ張ってみると、登はケラケラ笑い出す。

「そこまで嫌なわけじゃないよ、恥ずかしいだけで」

「恥ずかしさを堪えんのに眉間に皺寄せんな」

「怒ってるのかと思った?」

「っショ」

コンクリートの壁に背中をついて、止みそうにない雨の音と直ぐ側に流れる川の音が交じるのを聞いていると少し眠くなった。気温が低いわけでもないので寝ても死にはしないだろうが、俺がそうなると抱えている登まで眠ってしまいそうな気がしたので気を取り直した。案の定、彼女は眠たそうに俺の肩に頭を預ける。体温は元に戻ってきたようで、じんわり温かくなってきた。

「寝んなショ」

「はっ……寝てない寝てない」

慌てて顔を上げる登の口元に少しだけ涎がついていたので苦笑する。恥ずかしがっていた割に、俺と密着していて安心したんだろう。口元を指で拭ってやってから静かに唇を寄せると、拒否されなかった。
もう一度キスをしてから髪に触れる。随分乾いたようだ。

「後で俺のベッドで寝ればいいショ」

「ああうん、それは絶対寝る」

「じゃあ今は我慢しとけ」

ぽんぽんと頭に触れると、仕方ないなあと妥協した答えが返ってきた。
実のところ、携帯で車を呼べば良い話だった。しかし、こういう時間も悪くない。
登もどうやら同じ気持ちのようで、寧ろ雨宿りすることを提案すると嬉しそうだった。
彼女も雨は嫌いではないようだった。匂いが好きだと言っていた。
その話をしたのはいつだったかな。今日よりももっと強い雨の降る夜、布団に包まれてうとうとしながらゆっくり語っていた記憶がある。
「雨の日は音楽を聞かないの。雨の音が聞きたいから」「本を沢山読みたくなるのも、雨の日だよね」「雨の次の日、水はけのあまり良くない運動場にできた水たまりに、空が映ってるのが好き」「でも、一番好きなのは雨の匂い」
その後、未だ何か言っていたはずだが、なんだったかな。
ぼーっと思い出そうとしていたら頬を寄せられ、柔らかい温もりが伝わってくる。

「髪って、濡れるといい匂いするよね」

「登もいい匂いするっショ」

「そう?」

にっこり笑ってから、さっきは大分濡れに濡れていたがマシになってきていた俺の髪を手に取る登。こう長いとまとわりついてきて厄介なのだが、切るつもりはない。

「巻島くんから花の匂いする」

「シャンプーか服の匂いっショ」

「わかんないけど、わたしは巻島くんの匂いが大好き」

ああ、思い出した。あの時、「一番好きなのは雨の匂い。でも、巻島くんの匂いはもっと好きだよ」と、言っていたんだ。
それから、あの時と全く同じ次の言葉を、俺は言う。

「匂いだけっショ?」

笑いかけると、登はやれやれと肩を竦める。そっと耳に唇が寄せられて、熱い息がかかる。

「巻島くんが、大好きだよ」

なかなか正面を向いてくれない登の顔を無理矢理覗き込むとほっぺたが真っ赤になっていた。やっぱり雨の日は悪くないとしみじみ感じる。
それからずっと他愛無い話を続けて、結局俺達が此処を後にしたのは、雨がすっかり止んで星が見える頃だった。




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