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いつもはファミレスなのに珍しく喫茶店なんかに誘うから別れ話でもされるかなんて冗談に思っていたけれど、よくよく考えてみたら今日は3月14日だった。
更に珍しいことで、今日の靖友くんは待ち合わせでわたしよりも先に来ていた。5分前には着いたのに。
そわそわして見える彼が片手を上げるので、それに応じて同じテーブルの向かいに着いた。
何か飲めよと促されたのでお水とお絞りを運んできてくれた店員さんにホットのキャラメルマキアートを頼む。思ったより、外が寒かったので冷えてしまった。もう寒くないだろうと薄手の服を着てきてしまったのが悪かった。
靖友くんはずっと片手で頬杖をついていて、時折足をかつかつ鳴らす。非常に落ち着きがない。どうかしたんだろうかと見守っていると、彼は唐突に口を開いた。

「なあ、今日さァ。ホワイトデーだよネ」

「そうだね」

「そうだねって、そんだけェ?」

何を期待されていたのかわからないが、少なくともホワイトデーはホワイトデーであってそれ以上でもそれ以下でもないだろう。確かにバレンタインデーにチョコレート(と言っていいのかわからないもの)はあげたが、お返しくれるの? なんて言うのは少々図々しいだろう。もしかしたらそういう返しを待っていたのかもしれないが、わたしがいくら慎み深くないと言ってもそういうものを催促する図太さは持ち合わせていない。
しかし、彼がちょっと不服そうにしているので問いかけることにする。

「ええと、なんで?」

「いや、……お前、チョコくれたじゃない」

「まあ……うん、そうだね」

渡したと言っても、わたしが彼に渡したのはチロルチョコの詰め合わせだ。というのも、あの時バレンタインデーだと気付いたのが当日の昼休みだったのである。友達とご飯を食べていて、「登は彼氏にどんなチョコあげるの?」と問われて初めて思い出したのである。本当に申し訳なかったがその日は前日に欲しかった漫画の新刊を買いまくって非常に金欠だった。結果、お昼ごはんをほっぽってコンビニまで走り、チロルを買える分だけ買って、寮へ走った。部屋にたまたまあった可愛い小箱に詰め込んで、小さなメッセージカードにひとこと書いて添え、その足で靖友くんを探し、チョコを押し付けて友達の元へ帰った。その日の夜に改めて会ったが、彼は箱の中身に突っ込むこともなく純粋に喜んでくれていたようで、そのせいでまた、何故かわたしが心にダメージを負った。柄にもなく嬉しそうにしていたので、まさかバレンタインを忘れていたとも言い出せず、代わりとしてはなんだけど、次の日のお昼ごはんを奢った。
そんなわたしがお返しを貰うというのは実におこがましいことである。靖友くんがごそごそと鞄を漁った中から出てきたパステルカラーの紙袋がテーブルに乗ると、痛烈に感じる。
わたしのそんな気を知るはずもない靖友くんは、ちょっとだけ赤い顔でそれをわたしの前へと押し滑らす。

「だから、さあ、……お返し、だよ」

「ごめん、意外に律儀だったんだね。ほんとごめん」

「何で謝るんだヨ」

理由は言えない。この状況で言うのもなんだし、もし彼がちょっとでもしょんぼりしてはいけない。この件については忘れた頃に話そう。ずるいわたしを許して欲しい。
靖友くんの自転車にも似た色の紙袋を受け取って中を覗こうとすると、開ければ? とちょっと遠回しに開けてほしい体なので、従って袋から取り出す。

「え、かわいい」

「そうかヨ」

「いいのこれ貰っちゃって、ほんとに」

「るっせーな、黙って貰っとけ」

びっくりした。クッキーでも入っているかと思ったら、中から出てきたのは袋と同じ色の小箱で、開くとピンクゴールドのネックレスが輝いていた。トップに揺れる小さなチャームが綺麗で、割にシンプルなのでどの服でも合わせやすそうだった。
いやいやそんな感想よりも、チロルチョコに対してこんなものを貰ってしまったことについて軽くパニックだった。まさかのまさかだ。やっぱりもっと早く言っておけばよかった。後悔してももう遅い、こうなったらやっぱり今伝えておこう―――息を吸い込むと同時に、靖友くんが何故か立ち上がってわたしの手にしているネックレスを取り上げた。

「え、なになに」

「じっとしてろ、つけてやっから」

「いや、えっとちょっと待って言わないといけないことがあって」

止めようがお構いなしに前を向いてろと肩を押され、仕方なくじっとする。金属がひやりと鎖骨の下に触れ、靖友くんの細い指も微かに後ろ首で感じる。
顔の見えない今の方がいいかもしれないとハッとした時には既に、いろいろ遅かった。靖友くんが薄く笑みを湛えて椅子へ戻り、再び頬杖をつく。

「俺が知らないとでも思ってンの?」

「な、なにが」

「急いで買ってきたんだろ、アレ」

水が入ったコップを少し傾けながら、こちらをしっかり見て笑う。怒っているようには見えなくて、でも心臓はばくばく音を立てる。ああ、全部バレてたなんて。
自業自得なんだけど、すごく情けなくなった。嘘を吐くにも等しいことを、1ヶ月もずっとしていた。でもそれは、全然隠せていなかった。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで再びごめんと一言残してから項垂れると、頭に手が乗っかる感覚。見上げると、靖友くんは口をへの字にひん曲げていた。ついでに、ちょっと顔が赤い。

「あの日、夜。俺がお前ンとこ行って嬉しいっつったの覚えてるだろ」

「ああ、うん、……その時言わなくてごめんね」

「いいんだよ。全部知ってて、登が俺のために全力疾走してくれたとか、……そういうのが嬉しかったんだヨ」

言わなきゃそんなこともわかんねェの? と髪を乱すように撫でられる。
靖友くんがいつもより数倍かっこよく見えて、ちょっと泣きそうになったがこんなところで涙を流すわけにもいかない。堪えて笑う。

「来年はちゃんと、がんばってケーキとか作っちゃおうかな」

「じゃー来年のホワイトデーはペアリングとかにすっかな」

お互い顔を赤くしたまま目を合わせないでいるところに店員さんがようやく飲み物を持ってきたので、それを無言で一口飲んでカップに置く。しばらく黙りこくっていたけれど、耐えられなくなって二人で同時にふっと吹き出した。




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