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今日は卒業式だ。
式のあとにうちの部室に来てほしいって寿一が言ってたぞと手で拳銃ポーズ、バキュンと新開くんから唐突に告げられた。
もちろんはじめは何が何やらさっぱりで、寧ろ何かやらかしたんじゃないかと脳細胞を総動員して考えを巡らせたけれど結局わからなかった。そこで、新開くんがバレンタインのお返しと手紙の返事だってサと追い打ちを掛けてきたので膝から崩れ落ちそうになった。
まさかそんな、お返しを貰えるだなんて思っていなかったし、バレンタインデーにものを渡せてそれで満足だったし、そもそもまだホワイトデーになってすらいなかった。
なにより一番ダメージを負ったのは手紙の返事だ。完全にあれは告白の手紙だ。大好きですとか書いちゃった。
福富くんは、まさにアスリートというかんじでモロに好みのタイプだった。自転車競技部の部長さんらしく堂々としているけれど、意外と言葉が足りなかったり、たまに無意識にボケをかましている天然なところがあったりする。そして競技中の彼はもう、自ら「強い」と言い切っているだけあってそれはもうカッコイイのである。
単純にいうと惚れていた。でも、そういうのを煩わしく感じるタイプだろうと勝手にこちらで決めつけさせて貰って、想いは伝えずにいた。実際わたしも現役時(といっても去年までなんだけど)に他校の男子から言い寄られることもあったが競技の妨げになるからとバッサリ切落としていた。今思ってみると結構酷いことをしていた気がする。自分がこうして誰かを好きになると実感した。
で、インターハイも終わってシーズン的にも落ち着いているタイミングで製菓業界の思惑でチョコレートの祭典と化した2月14日がやってきたので、いい機会だとチョコレートと手紙を渡したのだ。といっても名前は書かなかったし、「福富くんのファンからだって言って」と同じクラスの新開くんにお願いした。その後彼にしつこいほど、わたしからだとばらしていないか確認させて貰ったが、ウサ吉に誓って言っていないよとウインクしていたのでやっぱりバラされてはいないと思う。
なのにどうしてわたしだと。そして、なぜまた卒業式に。というかここまで間が空いてからの返事って、それ絶対ダメなやつじゃないか。
いろいろなことが脳内で飛び交ってオーバーヒートしそうになっているところで、友達にはやく廊下行くよと促されたのでとりあえず卒業生として式に全力参加しようと思っていたが、漸く憶えた校歌の歌詞が全部飛んでしまう程度に落ち着くことはできなかった。


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「もうダメだ死にそう」

「生きろ登! そなたは」

「いっつも自分で美形って言ってるひとにいわれたくないそれ」

ずるずると、引き摺られるように部室に向かっていた。言わずもがな、わたしを無理矢理引っ張っているのは幼馴染のでこっぱち。最後の今日も女子に囲まれて騒がれていたのを目視したような気がする。制服のボタン下さいなんてせがまれていて、それは学ランでやらないと意味がないんじゃなかろうかとぼーっとしていたところを補足された。尽八くんが言うには、天に召されそうな表情をしていたから心配になった。まあ、あまりに緊張してばっくれようとタイミングを伺っていたので彼の行動はあながち間違ってはいなかったんじゃないかな。大好きな福富くんに呼び出されたのに行かないなんてという考えもあったが、それ以上になにかショッキングなことを憧れの彼の口から言われたらわたしは本気でしにそうだ。

「これでわたしが死んだら尽八くんのせいだかんね」

「なぜ死ぬんだ!」

「だってチョコレートがしぬほどまずかったとか、お腹壊したとか、そんなこと言われたら……考えただけで、おえっ、ショックで吐きそうになってきた」

「吐くな! というかどうしてそんなネガティブなんだよ!」

逆にどうして尽八くんはいつでもポジティブシンキングなのか、そっちのほうが疑問だった。むしろそれをすごくわけてほしい。
もう少しで部室についてしまうと思うと更に吐き気が襲ってきて、手で口を抑えるとほぼ同時に、尽八くんが衝撃の事実を暴露した。

「フクにバレンタインのアレが登からだと教えたのは俺だからな」

「はっ!?」

「誰からなのかとあいつが悩んで俺にもきいてきたからな。見覚えのある字だったしその時お前にノートを借りていたから確かめたが、やっぱり登の字だった」

「ちょっとまって、ええええええ」

お前かよ! と喉元まで出かかった言葉は自転車部の部室がドドンと目の前にあったことでとどまった。ここで大声を出すと絶対に待っているであろう福富くんに聞こえてしまう。
気持ちの方は全く落ち着かないが、もうどうにでもなーれという気分になってきた。これを人は自棄というんだろうが、いっその事当たって砕けろだ。高校生活最後にいい思い出ができるじゃないか、いっそおもいっきり男らしく、彼らしく振ってくれたらそれでいいじゃない。
必死に言い聞かせて、さあ行って来いと腕を離され背中を押され、ドアを開けるとなぜか予想外の人物が居た。

「あれ?」

「あァ、来た。福ちゃあん、来たヨ」

荒北くんが福富くんをそう呼ぶ度に、いいなあわたしも呼びたいなと思った回数いざ知れず。結局呼べないで終わってしまったなあ。しかし感傷に浸っている暇もなく、長身で金髪の彼が視界に飛び込んできた。ごゆっくりィといいながら退散する荒北くんをひっつかんでせめてここでわたしのしぬ姿を、介錯を、と呼び止めたかったが、それは敵わなかった。福富くんが手にしているものに、完全に視線を奪われてしまったから。

「ふ、福富くん、それ」

現れた彼が抱えていたのは綺麗な花束だった。優しいピンク色のラッピングが施されいて、正直少しアンバランスに見える。
わたしが口篭ってしまった理由のもうひとつは、福富くんの顔が真っ赤だったからである。もうなにがなにやらわからなくて硬直していると、いきなり彼の身長が縮んだ。
のではなく、まるで王子様のように片膝をついて、わたしに向かって花束を差し出したのだ。

「佳月、こんなもので申し訳ないのだが、チョコレートのお返しだ」

「へっ、あ、ありがとう」

なんとか受け取って腕に抱えたが、声がひっくり返ってしまった。こんなものって、不躾すぎるけどこの花束いくらだろう……いや、考えるのはやめたほうがいい。
いつもはわたしが見上げているのだけど、今は福富くんがわたしを見上げている。もう心臓が口から飛び出して縦横無尽に暴れそうだ。
花を貰ってまた固まってしまったわたしを見て深呼吸をひとつすると、彼はまた口を開いた。

「佳月」

「はっ、はい」

「手紙の返事をしたいんだが」

もう殺すならいっそ一思いにバッサリやってくれ、そう目をぎゅっと瞑ると、なぜか手が暖かくなった。おそるおそる瞼を開くと、わたしの手が福富くんの手に包まれていた。

「俺と、付き合ってくれ」

耳を疑った。夢かと思って即座に空いている手で自分に平手をかましたが、物凄く痛かった。それを見た福富くんからのぎょっとした視線を感じる。わたしが泣いているからだ。
痛いんじゃない。もちろん今自分で叩いのはけっこう痛かったけど、そうじゃない。

「う、う、嬉しい」

「ほ、本当か。お互い大学は違うが……」

「いい、いい! 大丈夫! 平気! ああ福富くん、大好き!!」

気付いたら彼の首元にがっしり抱きついていた。彼の制服が涙で濡れてしまうなあとか、そもそもめちゃくちゃ恥ずかしいことしてるなあとか、そんなことどうでもよくなってしまえるほど嬉しくてたまらなかった。どうしよう、本当に本当に、一生の運を全部使い果たしたかもしれない。
あ、もちろん彼から頂いたお花を潰したりはしていない。ちゃんと手に持ち替えた。
くっついたままおいおい泣いていると大きな手が頭に乗った。やっぱり、あったかい。

「ねえ、福富くん。わたしも福ちゃんって呼びたい」

「構わん。……が、」

「あ、嫌だった?」

「……できれば、名前で呼んで貰いたい」

俺も呼ぶ。小声でぼそっと付け足されたその言葉のせいで卒倒しそうになった。どうしよう、本当に本当に、想いが止まらない。

「寿一くん」

「なんだ、登」

お互い照れて呼び合って、お互いドキドキする心臓の音がきこえてきた。あまりに幸せすぎて、もうずっとこのまま時間が止まってしまえばいいのになんてありきたりなことを考えてしまった。





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