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「ねえ先輩、知ってます? ホワイトデーのお返しって意味があるそうですよ」
ふたりでゲームをするのにテレビのほうばかり見ていると、真波くんはそんなことを言い出した。ゲームについては彼が強いので、わたしは一向に勝てる気がしない。さっき変に手を抜いてこられたのでむっとして本気でやってよねと言うと、まあものすごく強い。単純なパズルゲームだから1回位偶然にも勝利できるだろうと高を括っていたが甘かった。
で、ホワイトデーのお返しがどうのとかいう話だった。
「へえ、そうなの」
「ちゃんときいてました? 正直興味ないんでしょ」
「まあ、貰えればそれでいいし」
優しそうな真波くんのお母さんが持ってきてくれたジュースを一口のんで、こざっぱりしたテーブルに戻す。一緒に運んできてくれたケーキはもう食べてしまった。美味しかったので、どこのお店のものかきいてから帰ろう。
わたしがそんな調子なので、真波くんはスタートボタンを押してゲームを中断すると、少しこちらへ寄ってきた。話をきいてほしいらしい。
「俺、調べたんですよ」
「うん、聞こう」
今度は目を見て頷くと、にこっと嬉しそうに笑う。真波くんはアイドルグループに入れそうなくらい、ルックスが整っていると思う。ただ今のままだと自由人すぎてダメか。
「マシュマロは嫌い、クッキーは友達でいたい、ですって」
「うわー、女子校時代、お返しにマシュマロめっちゃあげてた」
「まあ定番ですよね」
わたしからマシュマロをもらって人知れずショックを受けていたひとがいたらそれは申し訳ないけれど、考えてみれば意味を知らないひとのほうが多い気もする。いつからお菓子にそんな意味がついていたのは分かりかねるけれど、少なくともわたしが小学生くらいの頃にはそんなのはなかったはずだ。なので、出来たのも最近でしょう。と、過去に自分が大量に配ってしまったマシュマロについて体の良い言い訳。でもマシュマロおいしいじゃない。マシュマロを売っているところに失礼だ。
真波くんは相変わらず、ニコニコしている。
「じゃあ登先輩、俺があげたのは?」
「飴だったよね。カラフルなやつ」
彼がくれたのは、どこでこんなの見つけてきたんだろう、と思わず感心してしまうほど素敵な、女の子なら誰もが喜びそうな小瓶につまったキラキラの飴玉。
食べるのが勿体なくてまだ蓋を開けていない。しばらく飾って見飽きた日に食べようという計画だけれども、果たしてその日が来ることはあるんだろうか。飴って、悪くなるものでもないし。
「でね、先輩。飴にも意味があるんですよ」
「そうだった。その話をしてたんだった。なになに?」
「あなたのことが好きですって意味です」
右手をぎゅっと握って、綺麗な瞳いっぱいにわたしを写してくれる。
ここは多分照れどころなんだろうが、可愛げのないわたしはふふっと笑いを零しながら左手で握り返す。
「知ってるよそんなの今更言われなくても」
「登先輩にはそう言われると思いましたけど、たまには俺の空気にノッてくださいよ。あと、そんなのは酷いです」
「だって、ねえ。知ってるとしか」
「せめて、わたしも好きだよとか言って下さい」
散々苦情を言われるが、彼もくすくす笑っているのでよしとする。真波くんにきゃーきゃー言ってる女の子たちは彼にこんなことを言われた日には天にも昇る心地なのだろうけど、わたしはもう慣れてしまった。付き合うまで、学校で会う度に「好きです」と言われ続けていた日を思い返すと今でも吹き出しそうになる。どこがそんなによかったんだか知らないけれど、彼のお眼鏡にかなったらしい。
「こういうこときくとうざいとかいわれそうですけど」
「うざいのには慣れてるから大抵のことではびっくりしないよ」
「俺のこと、好きですよね」
「結構ふつーに大好き」
ぽんぽんと頭を優しく触ってみると、もっと撫でて下さいなんて甘えてくるのが可愛い。
むしろそれは、たまにわたしがききたくなるんだけどなあ、なんて絶対いえない。
だって、付き合う前はあんなに好きです好きですと連呼していたのに、付き合ってからは学校であまり話かけてこなくなって、わたしが手を振っても気付かない時があったりして、ちょっとさみしくなったりしているんだから。
でも照れたり拗ねたり落ち込んだりするところを真波くんには見せたくなかったので、黙っていた。先輩という謎のプライドがあったし。まあ、あとからなにげなしに聞けば付き合えて嬉しくて恥ずかしかったからなんて言い訳されたけれど、わかりにくいんだもん。
ただ、もう卒業してしまったから、あの渡り廊下で名前を呼び合うこともなくなるんだなあと、壁にかかったカレンダーを見てしみじみ実感してしまう。
「浮気しちゃいやですからね」
「それはこっちの台詞ですー」
「しませんよ、登先輩ひとすじですから」
「なにを気障なこといっちゃって」
未だにキスしかしてこない堅実な真面目さんのくせに。そう呟くと、大事にしてるんですよ。と微笑まれる。
のんびりした午後の時間はまだまだ長くて、さてもう一戦とコントローラーを手に取ると、彼も倣ってゲームを再開した。