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「そういえば登は、昔は髪が長くなかったか?」

ふと思い出したのでそんなことをきいた。風呂上がりらしい登は肩にタオルをかけている。
こっそり部屋に来たら入れてくれたが、今日は授業中に一睡もできなかったとかで既に少し眠そうにしている。そもそも、授業中には寝るなという話なんだが。
ベッドの縁にふたりして腰掛けているが、登はそのまま後ろへ倒れて寝そうな顔をしている。

「髪? ああ、小学生の頃はポニーテールしてたかもね」

「そうそう。あれも可愛らしかったのになあ」

走るのが好きな登。動く度にぴょこぴょこと髪が跳ねていたのがぼんやり思い返された。つまり俺は、その時から後ろ姿を追っていたらしい。恋愛的な意味で好きだったかどうかは別にして、同世代の友人がいた事が嬉しかったんだろう。
登のお爺さんがうちのお爺さんと同級生だったとかで、彼女はよくうちの旅館に来ていた。客として泊まりに来た時もあれば、登の祖父が俺の祖父の旧友として会いに来た時もある。そんなこんなで、昔から仲良くさせて貰っている。幼馴染という奴だが、今ではその関係性が昇格して、めでたく恋人になった。
まさかこっちの高校に来るとは思っておらず、卒業してから告白しようと思っていたのだが、予定が狂ってしまった。まあ、了解をもらえてこうして付き合っているのだから何ら問題はないけれども。
欠伸をしている登の目はぱちぱちしばたかれ、どうやら本当に睡魔と戦っているようだ。

「眠いなら、寝るか? 俺に気を使ってるならいいんだぞ」

「いや、いや……まだ9時だよ」

「いいではないか、早寝早起きで」

「尽八くんが一緒に寝てくれるなら寝よっかな」

なんちゃって。そう付け足されて少しだけ気を落とした。本気にしたじゃねーか、全く。
といっても俺は眠くない。ああでも、先に眠っている登を眺めているのも悪くない。寧ろいい。

「本気にしたのか知らないけど、寝ないよ。一緒には」

「じゃあそれは今度うちに来た時の楽しみにしておくか」

「そういうことでいいよ」

半ば強引に約束を取り付け、浴衣だぞ浴衣。と俺が声を踊らすと、尽八くんのとこの浴衣なら飽きるほど着てるよ。と一蹴された。確かにそうなんだが、ちょっと冷たくはないか。
ちくしょう。今年は絶対祭りの約束を取り付けてやる。あ、でもそれだとうちのメンバーに出くわす可能性が高いな。荒北なんかに絡まれると厄介だ。
しかし、きちんと浴衣を着た登はさぞかし可愛いだろうなあ。なんなら俺が着つけてやろうかな。それでもって、巻ちゃんに写真を送って自慢をして……
思いを馳せていると、登がボキボキ首を鳴らすので我に返った。その音が不気味だからやめてくれと言ってはいるが、なかなかやめてくれない。
女子は男子よりも首と肩が凝るのもよくわかるが、それなら俺がいくらでもマッサージしてやるというのに。
そもそも、部屋着とはいえ短パンのあまりの短さにくらりとするのはもう何回目だろう。俺を歯の全部抜けた肉食動物だとでも見くびっているのだろうか。残念ながら見ないようにするので必死なレベルに獣だ。

「やっぱ眠いかもしんない」

「添い寝してやろうか」

「だぁから、一緒に寝ないって」

苦笑いされ、肩をぽんぽん叩かれる。ぷわぷわ幾度となく欠伸を繰り返している姿を見ると、やはり俺は部屋から出て行って寝せてやった方がいいような気がしてきた。立ち上がろうとすると、手を掴まれてそれを阻まれる。

「一緒に寝はしないけどもうちょいしゃべろ」

「素直に行っちゃ嫌だとか言えば、もっと可愛いぞ」

「そういうのいいから」

わかりやすく代弁してやったが、怒られた。といっても手は離してくれないので、ただの照れ隠しだろう。不意打ちで額に口付けると、そういうのもいいから! と更に顔が赤くなった。にやりと口角が上がる。こんな風に照れている登が見られるのは俺だけだろう。怒ったり恥ずかしがったりしていたせいか、先程よりもこころなしか眠気が飛んだように見える。顔をのぞき込むと、押し返された。

「さっき」

「ん? どうした」

「さっき、髪の話してたじゃない」

というのは、登の髪が昔は長かったという話でいいんだろうか。それ以外にしていないから多分そうだろう。
ほんの少しまだ濡れている自分の毛先をくるくるいじりながら、隣の彼女は俯く。

「切ったの、中学に入った時なんだけど」

「ああ、陸上を始めたからか」

「いや、そうじゃなくてね」

見当が外れてしまった。てっきりそうだと自信満々に声に出したのだが。登が陸上部に入って走りに走り始めたのはその時で、邪魔になるから切ったのだと、そう思ったのだが。
何故か下を向いて目を合わせてくれない。登は俺が居る方と逆の斜め横を向いている。

「……中学上がる前の春休みも、尽八くんとこ泊まりにいったの覚えてる?」

「覚えているぞ。あれ、そういえばその時も髪は長かった気がするんだが」

「うん、切ったのその後だからね」

まさかと思うが原因は俺なんだろうか。こちらを全く見てくれないあたり、悪い理由か?
今だから言うけど本当はこうこう、こういう理由だったんだから! と文句を言われるんだろうか。もしそうならそれはそれで構わない。腹の中はさらけ出してくれるに限る。

「なにか言いたいことがあるなら構わず言ってくれよ」

「いや……うん。あのさあ……憶えてないかもしれないけどさあ」

「なんだ」

「尽八くんが、女の子は髪が短い方が好き、みたいなこと言ってたから」

だから切ったんだ。呟く顔の見えない登の、髪の間から覗く耳の端が微かに赤くなっている。
俺の顔も赤くなっている。
いくらなんでもその暴露はずるすぎやしないか。お互い顔を見られずそっぽを向いて黙りこむ。いや、ここは男の俺がしっかりせねばならん!
腕をめいっぱい伸ばしてからぎゅうと抱きしめると、実は結構好きだったんだからね。と小声できこえてくる。
全く、こいつときたら。俺は登なら、髪が長かろうが短かろうが変わらず好きだというのに。




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