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ホワイトデーは卒業式の後なので、それまでは家でのんびりしていた。大学へ通うのに一人暮らしの準備やらなにやらあって面倒で、まだまだ空のダンボール箱の方が多い。
いい時間になって、今日も今日とて千葉へ向かう。先ほど母親に「今日は機嫌いいね。あ、彼氏に会いに行く日か」とからかわれたが、実際そうなので否定はしない。千葉に行ける日は何か意識しているわけでもないが、家族曰く、どうやらオーラが物語っているらしい。
大分日が長くなってきたな。前は片道で既に薄暗くなってきてしまっていたから。
もうすっかり、総北高校への行き方はマスターした。通いずくめてかれこれもうすぐ1年にもなれば慣れも生じてくる。それでも、これからはあんまり来れなくなるんだなあと思うとちょっとさびしい。
鞄をぶんぶん振り回しながら、もしかしてすれ違わないかなあ。と車道に目を遣る。このへんはもう、自転車競技部が練習で走っている道の一部だ。
どちらにせよ部活が終わるまで、ゆっくり待つ。総北の寒咲幹ちゃんとは大分仲が良くなって、彼女の自転車話を聞いているとあっという間に時間が経つこともしばしば。部室に入れてくれるようにもなったけれど、果たして部外者のわたしが入って大丈夫なのか未だにびくびくしている。おもいっきり、私服で来ているし。せめて制服でくるべきだったか。箱学のだけど。
なんでこんなところに学校を建てたんだろうと思いながら名物の坂をのぼって、校門をくぐると幹ちゃんが居た。

「登さん! こんにちは」

相変わらずかわいい幹ちゃん。てっきり彼氏がいると思ったけれど、どうやら彼女の恋人は自転車らしい。こちらに手を振ってくれるので、それに応じながら駆け寄る。

「鳴子くんたち、まだ走ってますよ」

「だよね。適当に時間潰すから大丈夫」

「なら、よかったら今日も話し相手になってくれると嬉しいです」

もちろん喜んで。答えて、導かれた部室の扉をくぐった。幹ちゃんのおかげで、自転車について結構詳しくなった。もともとちょっとは知識があったけれど、選手のタイプくらいしかわからなかった。自転車メーカーから、有名選手の名前から、いろいろ憶えて箱学の友人たちからはえらく驚かれていたものだ。
幹ちゃんに、ちょっと待っててくださいねと言われたので適当に座る。ぼーっと眺めていると、インターハイの輝かしい功績が目に入る。
ロッカーに貼られたTREK、TIME、SPECIALIZEDのステッカー。ここは元3年生が使っていたところだ。そういえば、金城くんとは同じ大学になるんだっけ。学科も同じだったはずだから、今から頼る気満々である。
やっぱり自転車はかっこいいなあ、と並んだマシンを見つめていると、乱暴にドアが開いた。何事かとそちらを振り向くと、真っ赤な頭の恋人が汗を拭きながら歩み寄ってくる。

「あれ、まだ練習じゃないの」

「大丈夫やで!」

「何が大丈夫なの」

咬み合わない会話に苦笑する。そして、なにやら少し、彼がそわそわしていることに気付く。しかし、開けっ放しのドアも気になる。
そんなわたしをよそに、章吉くんは自分のロッカーへずんずん歩いていって、開けたと思ったらすぐにバカン! と勢いよく閉めた。

「登ちゃん、登ちゃん」

「なーに」

「これなんやと思う!」

差し出されたのは小奇麗な箱だった。ギフト用に売っているのを前にどこかで見かけた気がする。彼がこんな女子力の迸るものを手に持っていることに少し笑いそうになるのだが、失礼なので堪えつつ、素直に首を傾げる。
なんといっても真っ赤な顔で小箱を手に持っている彼がどうしようもなく可愛らしいのが悪い。

「これ、あげるから! 開けてええよ!」

「ありがと。なんだろう」

本人はまだ口にしてくれていないが、まあホワイトデーのお返しなのだろう。おそらく、慌てて言うのを忘れているんだと思う。匂いからして甘いので、無難にクッキーとかだろうか。はやく開けないと、章吉くんの緊張感がこちらにも伝わって来そうなのでさっさと開封。
中には予想以上に可愛い物が入っていた。すこし不格好な、真っ白い丸いチョコレート。多分、トリュフチョコだろう。
なかなか美味しそうだなあとひとつ摘んでまじまじと見ていると、章吉くんは耳まで赤いままでわたしの隣に座った。どういうことかは大体察しはついている。わたしはそこまで鈍くはない。

「そ、それな!」

「もしかして手作り?」

「せやねん!」

さっきから、言葉が短くてやたらと勢いづいている。物凄くドキドキしているんだろう。わたしなんてバレンタインデーの時、他の総北メンバーへの義理チョコはしっかり持ってきたのに本命の章吉くんへのチョコを忘れてきてちょっと涙目にさせてしまったというのに。(そういえば3年生からのお返しも頂きたいのだけれど、金城くんはいいとして田所くんはパン屋さんに直接せびりにいけばいいんだろうか……)
そんなことを思い出していると、むむっと口を閉じてわたしの動向を伺っている章吉くん。空気を読んで、食べてあげないとダメである。
もうほんとに、やったことがないだろうチョコレート作りを一生懸命にしている姿を想像するだけでお腹いっぱいになりそうになるのだけれど、ここは彼の気持ちも受け取るべくしっかりいただくことにする。
指で摘んでいたチョコレートを口に放り込むと、甘味が一気に広がった。周りについているのはなんだろうなと思っていたが、ココナッツだ。良いセンスしてる。ちゃんと調べたのかな。それとも幹ちゃんに頼んで教えて貰ったのかな。どちらにせよ、いろんな意味でものすごく甘くて美味しい。

「ど、どお……?」

「すっごく美味しい。あと、すっごく嬉しい」

唇についたココナッツを舐め取りながら頭を撫でてあげると、目をキラキラさせている。むちゃくちゃかわいい。自転車に乗っているときはむちゃくちゃかっこいいのに。
ほっと息を吐いて、よかったほんまよかったわあ。と、胸を撫で下ろしている章吉くんを眺めていて、いいことを考えついてしまった。相変わらず部室のドアが全開なのが気になるけれど、ここはTPOより流れを大事にすべきだ。
わたしはもうひとつ、彼がくれたチョコレートを口に含んだ。

「ねえ、章吉くん」

「うん、なに?」

「よくがんばりました」

目をぱちくりする章吉くんの頬を手で包み込んで、チョコレート味のキスをする。
ドアの外からわーとかきゃーとか、いろいろ聞こえるが、気にしない。総北のみんな、仲がいいのはわかるけども、どうせなら堂々と覗いてくれた方がいっそ清々しいのに。
そういえば付き合った時も覗かれていた気がする。変わらないなあ、と唇と離すと、やっぱり真っ赤っ赤な章吉くんが言葉も失って固まっていた。




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